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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者: 達
第2章 代行者たちの宴
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第5話 ギルドの受付嬢

 

 翡翠色の瞳を持つユピーは拭えない違和感を抱えていた。

 目の前に立つ赤髪の男。

 このギルドに居た冒険者らしいが、整った顔立ちからは魔物を殺している姿など想像できない。

 しかし今まで対峙してきた者たちとは違う『何か』をこの男から感じていた。


 ――確かめてみるだけだ!


 両手に握った長剣に力を入れる。

 相手も剣を持っているが、腕をブランと垂らしたままで構えようとしない。

 そもそも剣を持つ姿が馴染んでいなかった。


「格好つけて出て来るなんて、愚かだね!」


 まずは右手の長剣を振り降ろす。

 怪我をさせる気は無い。

 当たるかどうかギリギリで……


「まずはギルドの外に出てもらおうか」


 相手の男がそう言った。

 そう認識した時には、顔が目の前にあった。


「なっ」


 何をされたのか分からない。

 混乱する頭のまま、胸倉を掴まれギルドの外へ放り出される。

 空中で体勢を整えて外の大通りに着地した。


 顔を上げて先ほどまで自分が居た場所を見る。

 するとギルドの中から長剣が飛び出して来た。

 さっきまで赤髪の男が握っていた剣だ。


「くっ」


 飛んできた剣を斬りつける。

 カラン、カランと石造りの床に剣が落ちる音。

 しかしその音もすぐに聞こえなくなる。


 何故なら男の拳が眼前に迫っていたから。

 向かってくる拳に意識の全てが持っていかれる。


 やばい……やられる。


 防御は間に合わない。だから直感的にそう感じた。

 しかし固く握られた拳が鼻先で止まった。


「当たる気で攻撃しないとフェイントにもならないよ」


 拳を目の前で止める男が不敵な笑み。

 初手で行った脅しの攻撃をこの男は見切っていたらしい。

 何者かは知らないが、どうやらこの国の冒険者たちとは全く別次元のようだ。


「上等!!」


 相手の赤い瞳にそう返して、左手の剣を振りあげる。

 今度は当てるつもりで振り上げた剣を男が鼻先一枚で躱す。

 動いたどう変わらない程の僅かな後退。

 それは斬撃を完全に見切ったことを意味している。


 強い。この男は自分が想像したよりも遥かに。


 今度は右手の長剣を突きの形で繰り出す。

 胴体を狙った一撃が男が半身になったことで空を切る。


「いいね! お兄さん!」


 前進しながら両手の剣で攻撃するが、男は赤髪を揺らしながらすべて避けて見せる。

 当てる気で繰り出しているのに掠ることすら許してくれない。

 相手の底知れぬ強さにゾクっと悪寒が走る。


「暴れ馬だな」


 男が一旦バックステップで距離をとる。

 涼しい顔で「ふぅ」と息を吐く。

 呼吸が乱れていないくせになんの冗談だろうか。


 いつの間にか見物人として集まった人たちに囲まれていた。

 自分と男を応援する声は半々くらいだ。

 しかしその声も自分の意識から消す。

 見世物のつもりはない。

 今は目の前の男にだけ集中する。


「ねぇ。お兄さんの名前は?」


「ユーゴ。ただのしがない冒険者だよ」


「聞いたことない名前……こんなに動けるのに無名なんだね」









「聞いたことない名前……こんなに動けるのに無名なんだね」


 ユピーが再び両手の剣を構える。

 動きの違いは見せたつもりだったんだけど、闘志は萎えるどころか増しているようにも見えた。

 翡翠色の瞳を見ているとそう感じる。


「俺としては、これ以上は疲れるから嫌なんだけど」


「何を言っているのさ! これからが本番だよ!」


 ユピーの魔力が一気に高まる。

 どうやらまだ本気では無かったらしい。

 厄介な女の子と出会ってしまった。


 どうしようかな。


 頭の中で対策を考えていると、人混みを飛び越して一人の少年が間に降り立った。


「二人ともそこまでです!」


 大剣を手にそう叫んだのは、さっき城で出会ったヴォ―テオトル。

 竜聖騎士団の彼が来たと言うことは、噂は城まで届いたのか。


「えぇ~、やっと楽しくなってきたのに」


 ユピーが口を尖らせて抗議する。

 彼女の様子にヴォ―テオトルがため息。


「剣を収めてくれますか? ユピー・デーメテクトリ様。アナタのような大貴族を取り押さえるのは、色々と面倒なので」


 デーメテクトリ家?

 確か王女(ソプテスカ)の婚約を迫っている男も、同じ家系だったはず。

 ならば彼女はその男の姉か妹だろうか。


「僕を取り押さえられるの? デーメテクトリ家が武器の扱いに長けているのは、知っているでしょ?」


「ならアナタだって、アルパワシ家の名前をご存知でしょう? その気なら本気でお相手致しますが?」


 売り言葉には買い言葉。

 お互い竜の国の貴族同士、家の因縁もあるようだ。

 とりあえずヴォ―テオトルは相手が大貴族でも責務を果たす気満々らしい。

 真面目な子で一安心。


「……やめとくよ。ここで戦うのは惜しい気がするし。アルパワシ家の『破術』は見てみたいけれど、次の機会まで取っておくよ」


 ユピーがそう言って腰にぶら下げた鞘に長剣を戻す。

 どうやら彼女の腕試しはここまでらしい。


「そうだ! お兄さん!」


 ユピーが俺の方を指さす。

 そして二カッと無邪気な笑み。


「今度会った時は勝つからね!」


 手を振って駆け出す姿だけ見れば、とても元気な女の子に見える。

 宣戦布告って……追いかけられたりしないよな?

 考えるだけで恐ろしいから、思考を止めた。

 偶には何も知らないふりをしてもいいよな……


 はぁと小さくため息。

 いつの間にか人だかりが無くなって、大通りはいつもの様子を取り戻していた。

 しかし俺の姿を見たヴォ―テオトルがこちらに向かってくる。


「まさかアナタが喧嘩の相手とは思いませんでしたよ」


「別に喧嘩したつもりは無いんだけどな」


 やや苦笑気味にヴォ―テオトルへ言葉を返す。

 大剣を背中に背負った彼は険しい顔だ。


「アナタは何者ですか? 流星の女神の従者ならそれなりの腕の筈です。だけど噂なんて耳にしない」


「俺はただのユーゴだよ。お酒好きの冒険者さ」


 彼にそう返してギルドの中を覗く。

 負傷した冒険者たちは手当てを受けており、手の空いた者たちで壁の修理をどうしようか話し合っていた。

 具材なんかは外壁の補修をしている職人から貰えるだろう。


「ユーゴさん!」


 呼ばれて振り返ると猫耳をピコピコと動かすネイーマさん。

 ルフには無い胸元の膨らみに思わず視線を奪われた。


「あの、色々とありがとうございます。助かりました」


「いえいえ。彼のおかげですよ」


 俺がヴォ―テオトルを指さすと、ネイーマさんがニッコリと頬を緩めた。


「フォル(妹)がお世話になっています」


「とんでもないです。どちらかと言うとオレの方が……」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 まぁフォル(妹)の部下である男なら、何処かで接点もあるか。

 ヴォ―テオトルとフォルは同い年みたいだし。


「この前、あなたが家に来た時は驚きました。あの後、フォルと何所に行ったんですか?」


「ぶ、武器屋に行っただけですよ? あとは食事してそれから……」


 ヴォ―テオトルの声が徐々に小さくなる。

 先ほど城でルフに勢いよく迫っていた奴と同一人物とは思えない。

 それに聞き捨てならないセリフが聞こえた。


「おい少年。ネイーマさんたちの家に行ったとはどういうことだ?」


「た、偶々休日がフォル隊長と一緒だったんで遊びに誘っただけですよ! 最初は断られたんですけど……家に行けば会ってくれるかもって……それで……!」


 焦りながら言葉を並べるヴォ―テオトルが面白い。

 デートに誘った女性の家に行くなんて、なかなかの行動派だ。

 一歩間違えればストーカー行為だけど……


「あの時のフォルの驚いた顔は面白かったです」


 口元に手を当て、ネイーマさんが上品に笑う。

 何をしていても絵になる人だなぁ。


「青春だねぇ。俺は応援するぞ少年」


「姉としても、出来るだけのことはしますよ?」


「か、からかわないで下さい!!」


 耳まで赤くしたヴォ―テオトルの叫び。

 周りの人が「なんだまた喧嘩か?」と視線を向けた。

 それに気がついたヴォ―テオトルがコホンと咳払い。


「と、とにかく。オレと隊長は騎士団の仲間です。それ以上でも以下でもありません。変な疑いはやめて下さい。じゃあ、オレは用事があるので」


 俺とネイーマさんに一礼して、彼が踵を返す。

 人混みの中に消えていったヴォ―テオトルを見送った。


「で、実際のところあの少年は、合格基準に達しているのですか?」


「私はフォルが選ぶのであれば、誰でもいいですよ。家族ですけど反発する気はありません」


「意外ですね。てっきり合格基準が存在するのかと」


「相手は早く見つけませんとね……」


 ネイーマさんが遠くを見つめてため息。

 目に光が無いのは見なかったことにしよう。

 どうやらこの人は、まだ彼氏が居ないらしい。


「ネイーマさんのような美人なら、相手は選びたい放題でしょう? そんなに気にすることですかね?」


「むっ。ユーゴさんは私が誰でもいいと思っているような女だと?」


「まさか。誰でもよくないから、相手が居ないのでしょう?」


「結構心に響くことを言いますね……」


 ネイーマさんがシュンと肩を落とした。

 茶髪の中にある猫耳もペタンと伏せてしまう。

 合コンなんかしたら、一番人気でぶっちぎりそうなのに……色々と意外だなぁ。


「フォルのコネを使えば騎士団内とか、一部の貴族とも知り合えるのでは?」


「偶に貴族の社交界には、竜聖騎士団の隊長の血縁者と言うことで呼ばれますけど、どうにも馴染めなくて……今夜も社交界には招待されているのですが、ギルド職員と言う立場的にも行かないわけにもいかないのが現実です」


「その社交界、多分俺も呼ばれていますよ」


「ユーゴさんがですか!? まさか王都に帰って来たのって社交界に参加する為ですか?」


「いえ。王女様と国王様から依頼を受けまして……一介の冒険者と言う立場上、断ることも出来ないんですよ」


「そ、そうなんですか。お互い悲しい立場ですね」


「悲しいですねぇ」


 二人で「はぁ」とため息。

 しかし一般人の知り合いが居ると言うことは心強い。

 社交界(ああいう場)は、当然ながら圧倒的に不慣れだ。

 知り合いの人でも居れば、落ち着くことも出来るだろう。










 王都の夜がやってきた。

 城の前でルフと待ち合わせの予定だったが、一旦ネイーマさんと合流することにした。

 社交界に参加する為の服は、ソプテスカが用意してくれるとの話だが、赤い外套を着たままの冒険者の格好で城に近づくのも気が引ける。

 今頃城の入り口は、社交界に参加する貴族で溢れているだろうし。


「すいません! お待たせしました!」


 階段から降りて来たのはドレスアップしたネイーマさん。

 深い紺色のドレスに彼女の身体のラインが顕わになる。

 肩まで露出して、ちょっぴり見える谷間がセクシーだった。


「へ、変ですか?」


「とんでもない。もしもパートナーとして参加できるのなら、周りに自慢できますよ」


「あ、ありがとうございます」


 ニコリといつもと同じ、柔らかい笑顔。

 しかし少しだけぎこちなかった。

 なんだろうと一瞬頭に過ぎるが、考えても分かるわけないと自分に言い聞かせて城の方へと身体を向ける。


 王都の街から城まで伸びる階段に光の玉がポツポツと見える。

 今頃貴族たちが一生懸命昇っているのだろう。


「じゃあ俺たちも行きますか」


「はい。エスコートはよろしくお願いしますね」


 彼女が俺の左腕に手を通し、身体を近づけた。

 普段ギルドでネイーマさんの列に並ぶ冒険者が見たら、発狂しそうな場面だ。


「俺にあんまり期待しないで下さいよ」


「ユーゴさんは紳士だと信じています」


 また温かい笑顔。

 だけど今度は、心の底からの笑みだった。



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