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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第4話 翡翠色の二刀使い

 

 見慣れた王都のギルドの看板。

 中に入ると田舎のギルドよりも遥かに大きい構造にどこか懐かしさを感じた。

 三つに大きく分かれた造り。

 右では若い冒険者たちが飲み食いをしており、左ではギルド職員たちが事務作業をしている。

 真ん中には依頼を受ける為のカウンターが並び、一列だけ異様に人が並んでいた。


「今日もネイーマさんは人気ね」


「美人だからな」


 ルフに脇腹をキュと摘ままれた。

 長蛇の列の先には、茶髪の獣人の美女が受付を行っている。

 揺れる猫耳、整った顔立ちと芸術的な腰の曲線。

 ルフには無い胸のふくらみは男を惑わす。

 その証拠に一番前の男の子の顔がだらしなく緩んでいる。


「イマイチあの人がフォルちゃんの姉だって実感湧かないのよね」


 ルフの言葉に黙って頷く。

 彼女の名前はネイーマ。

 この竜の国の王都のギルド一番人気の受付嬢で、さっき会った騎士団隊長のフォルの姉だ。


「しっかり者の姉とヤンチャな妹でまさに正反対の姉妹だもんなぁ。両方とも美人だけど」


 またルフに脇腹を摘ままれた。

 美人が好きなのは男の性だ。

 寛大な心で許して欲しい。


「でも、フォルちゃんも隊長らしくなっていたし、しっかりしてきたんじゃない?」


「どうだろうな」


 ルフの言葉に短くそう返す。

 俺にはフィルが背伸びをしているようにしか見えない。

 三年前はただの騎士団員だった彼女も、今や責任を負う立場になったのだ。

 心境の変化もあるだろう。


「さてっと、俺も受付に行くかね」


 フォルのことは頭にすみに置き、受付のカウンターに近づく。

 悩みなんてものは、相談するかどうかは本人の意志だ。

 俺に出来るのは彼女が言ってきた時、黙って話を聞くだけ。

 そう思ったからだ。


 頭の中でぼんやりとそんなことを思いながら、誰も並んでいない受付へと近づく。

 このギルドで最も人気のない受付が俺の定位置だ。

 人が並ばない理由は、一目で分かる。


「ようダサリス。久しぶり」


 俺の言葉に受付のカウンターに座った四十くらいのオッサンが反応する。

 茶色のノースリーブスから見える逞しい二の腕は、相変わらずだった。

 きっといつでも動けるよう、鍛えているのだろう。

 俺と目が合ったダサリスの眉間に皺が寄る。


「……チッ」


 威圧感タップリの舌打ちだった。


「お得意様にヒドイな」


「てめぇが来るとロクなことがねぇんだよ」


 厄病神扱いするダサリスの言葉に肩を竦めた。


「飲み仲間を大切しないと罰が当たるぞ」


「安心しろ。この状況が最大の罰だ」


 そう、ダサリスは俺の大切な飲み仲間だ。

 最初は魔物との戦闘経験がありそうな彼の元に並んだのが切っ掛けだった。

 話をするついでに飲みに出かけている内に、王都に寄った際は必ず飲みに行く習慣になってしまった。

 後悔はしてない。むしろ誇りに思っているくらいだ。


「ダサリスさん、久しぶり」


 ルフが俺の後ろからヒョコっと顔を出した。

 彼女を見たダサリスの頬が僅かに緩む。


「おう。嬢ちゃんも大変だな」


「あたしの苦労を分かってくれるのはダサリスさんだけよ」


「苦労しているなら、もう少し胸が大きくなってもいいだろうに……」


 ドスッと脇腹にルフの拳が突き刺さる。

 一瞬息に詰まり、殴られた個所を抑えた。


「何か言った?」


 笑顔が逆に怖い。

 心なしか今日はいつもよりあたりがキツイ。

 どうやら流星の女神様は、機嫌が悪いらしい。

 その理由が分かってしまうから、ため息しか出なかった。


「お前の苦労が負担になってるんじゃねぇか?」


「おいダサリス。人聞きの悪いこと言うな。俺は別にささやかな胸が嫌いなわけじゃ無い。ただの願望だ」


「ちょ、ちょっとくらいあるわよ!」


 顔を赤くして叫ぶルフが面白い。

 あんまり身体のことを言うと怒られそうだからそろそろやめておく。

 過度な性的発言は一応処罰の対象らしい。


「お前はこれをもらいに来たんだろ?」


 ダサリスが白い封筒を手に取る。

 表にはソプテスカの字が書かれおり、どうやら彼女が渡した物らしい。


「流石ダサリス。話が早くて助かる」


「内容は知らんが、また王女様に呼ばれたのか?」


「偽の! 婚約者としてね」


 封筒を受け取った俺をルフがそう言って指さす。

 やけに『偽の』と言う部分を強調してくる。

 俺としても同意のないまま、婚約者にされても困る。


 封筒の端を破って、中から三つ折りになった手紙を取り出す。

 どうやらソプテスカは、俺がギルドに居るダサリスの元へ行くことを予測していたらしい。

 俺の困ったときはダサリス率の高さを考えれば当然と言えた。


 彼とソプテスカは面識も多いし、王都に帰って来た時は必ず寄るから、連絡役を頼むなら一番確実な手かもしれない。

 中から出てきた手紙を広げて内容を読む。


「あ、あの! もしかして流星の女神様ですか!?」


 女の子の声。

 振り返ると駆け出しの冒険者がルフに話しかけていた。

 大きな街に行くと今回みたいことが偶に起こる。

 それほどまでに『流星の女神』の名は広く知られている。


「そうですけど……?」


「あ、あの! よかったら私たちと一緒に依頼を受けてくれませんか!?」


 そう言って女の子が少し離れた場所に居る冒険者たちを指さす。

 彼女のパーティメンバーらしい。

 運搬系の依頼の多い竜の国でパーティを組むのは比較的珍しい。


 ただし後々他国で討伐系の依頼を受ける予定であれば、練習にはうってつけかもしれない。

 魔物絡みの依頼の数は少ないけど他国に比べれば魔物は弱い。

 大きな怪我になることも少ないだろう。


「あたし? でも邪魔になるんじゃ……」


「そんなこと言わず行ってやれよ。折角なんだし」


 そう言ってルフの背中をトンと押した。

 よろめいた彼女が冒険者の女の子に腕を掴まれる。


「さぁこっちですよ!」


 満面の笑みを浮かべる女の子がルフの腕をグイグイ引っ張っていく。

 まぁ若い冒険者の育成も上位冒険者の仕事ってことで許してもらおう。


「ルフ! 夜は城に来いよ!」


 一応夜の集合場所を伝える。

 返事は無かったが、無言で右手を挙げてくれた。

 ギルドを出て行く彼女の背中を見送り、再び手紙に視線を戻す。


「面倒事か?」


「まぁな。とりあえず今夜開かれる貴族たちの社交界に参加して欲しいってさ」


「最高に面倒なことだな」


「全くだ」


 ダサリスと二人で深いため息。

 他にも手紙には色々と不穏なことが書かれていた。

 今回の呼び寄せた理由は大体把握できた。


 手紙を三つ折りにして腰に付けたポーチにしまう。

 ルフも居なくなったしどうしようか。

 そんなことを考えていると突然ギルドに悲鳴が響いた。


「うわぁぁぁあ!!!」


 ギルドの壁を破壊して冒険者が室内へ飛び込んできた。

 突然の事態にざわつく駆け出し冒険者たち。

 受付のカウンターに並んでいた者たちも流石に固まっている。


「弱すぎて話にならないよ」


 女性の声だ。

 壊れた壁の外から入って来たのは、両手に長剣を握る女の子。

 歳は十代後半くらい。


 肩で切り揃えた橙色の髪と透き通るような翡翠色の瞳。

 上下を白い服で着ているが、造りがしっかりしている。

 それに汚れが少なく、冒険者らしく見えない。


「ダサリス。これどうするの?」


「さぁな。ただの喧嘩だろ」


 ダサリスはそう言って手元の資料を手に取る。

 狼の国出身の性か、こういう喧騒事には慣れているらしい。

 大慌ての他のギルド職員とは全く異なる様子だ。


「ねぇ! ここに居る冒険者で一番強い人誰!?」


 女の声がギルドに響く。

 周りを見渡して誰が名乗り出るか待っている。

 道場破り的な何かだろうか?

 だとしたら駆け出し冒険者が多い竜の国は不適切だろうに。


「待ってください! 武器の使用はギルド内で許可されていません!」


 受付のカウンターからネイーマさんが飛び出した。

 ギルド職員の証である蒼いブレザーと赤いリボン。

 それ見た女の子が小さくため息。


「王都のギルドには、獣人の看板受付嬢が居るって聞いたけど……今求めているのは冒険者だよ」


 女の子の両手に力が入る。


 本気で武器を向ける気か?


 即座に床を蹴り、ネイーマさんとの距離を詰める。

 彼女の腕を掴み、自分の後ろに隠すと他の冒険者たちが飛び出した。

 屈強な男たちが華奢な女の子に向かって武器を向ける。

 少数とは言え、魔物との戦闘経験を持つ冒険者は存在する。

 ここは彼らに任せよう。


「ユ、ユーゴさん!? いつから!?」


「さっきから隣に居ましたよ。ダサリスと一緒に」


 驚いたネイーマさんにそう返して、冒険者たちと女の子に視線を集中する。

 長剣の二刀流はたまに見るけど、問題は二本ともから魔力を感じることだ。

 ただの道場破りにしては、過ぎた武器にも思える。

 一体何者だろうな。


「おじさんたち、ボクを満足させてくれるのかな?」


 二刀流の女の子が剣を構える。


「あの人、一人称が『ボク』なんですね」


「珍しいですね」


 俺の言葉にネイーマさんが同調する。

 ネイーマさんとどうでもいいことに関心を向けてしまった。

 あの女、ボクっ子だったか。


「かかれ!」


 一人の男の合図で周りの冒険者たちが一斉に女の子に襲い掛かる。

 十人に満たない数だが、一人を取り押さえるくらいわけないだろう。


「動きが雑だなぁ」


 それは見事な動きだった。

 振り降ろされる剣や斧を巧みに避けて、武器を持つ相手の腕を浅く切り付ける。

 倒すのではなく無効化する動き。


 必要最小限の動きで瞬く間に男たちを無効化した。

 腕を斬られた男たちは、傷口を抑えて蹲る。

 圧倒的だ。何者だ……この子?


「ユーゴさん、どうしましょう?」


「騒ぎを聞きつけた衛兵が来るとは思いますが……これ以上はマズいですね」


 あんまり目立つのは嫌なんだけど……そうも言っていられないか。

 ルフが居れば簡単に取り押さえてくれそうなのに。


「とりあえず俺が行きますね」


 ネイーマさんにそう返して、道場破りの女の子に近づく。

 俺に気がついたのか、翡翠色の瞳がこちらに向けられた。


「次はお兄さん?」


「まぁね。これ以上暴れられると困る」


「ふーん……武器は?」


 女の子にそう言われ、足元に落ちていた長剣を手に取る。

 あんまり剣は使わないせいか、ズシッとした重さに違和感を覚えた。

 だけど特に敵対する理由のない女の子を殴ると言うのも気が引ける。

 彼女は強い相手を求めているだけで、ギルドを襲いに来たわけじゃないし。


「そんな適当な武器でいいの?」


「もちろん。あと君の名前は?」


「ユピー。それがボクの名前だよ」


 ユピーと名乗る少女が両手剣を構える。

 結構隙の無い構えだ。

 さっきの立ち回りもそうだったけど、ちゃんと訓練を受けた者の動きだ。


  目の前の少女の足に力が入る。

 どうやら先ほどとは違い、向こうから仕掛けてくる気らしい。


「じゃあ……行くよ!」


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