第68話 狩人からの招待状
十二月二十五日、十五時三十分……
ダンスパーティーは十六時からで、終業式からダンパまでの時間は思い思いに過ごして、受付の時間が始まるとダンパの会場となる体育館へ向かう正装した生徒が渡り廊下に溢れる。
終業式後、千織ちゃんやクラスメイトの女子とコンビニでご飯を買って教室で食べて、おしゃべりしたりして時間をつぶして、女子更衣室になっている家庭科準備室へ向かって。
着替え用に家庭科準備室が女子更衣室になる徹底ぶりに苦笑しつつ、お母さんが準備してくれたドレスに袖を通す。
デコルテが花模様の透けるレースで、胸元に切り替えのリボンがついていてその下はフリルが何層にもなっている。ちょっと短めの丈だけど、淡いピンクが可愛らしい。その上に半袖のフェイクファーのボレロを羽織る。
だけど。
ドレスアップした千織ちゃんやクラスメイトの女子と、会場の体育館に続く渡り廊下まで来たけど、私はこれ以上進むことは出来ない。
会場の近くまでは来れても、パートナーがいなければ中には入れないのだ。
体育館入り口の受付あたりには、パートナーの着替えを待っている生徒でひしめき合っていた。
クラスメイトの女子は、すでに着替え終わって燕尾服を着た彼氏の元に駆け寄っていって。千織ちゃんまでパートナーがいるからと言って、受付の前の相方を待っている群れの中にまぎれていく。ちゃっかりというか、ドレスに着替えている時点でパートナーがいるって気づくべきだったのかもしれないけど動揺せずにはいられなくて、「先に行くね~」と言われて私は複雑な気持ちで苦笑しながら手を振り返した。
お先にって言われても、翼は来ないしなぁ……
ううん、来るかもしれないけど、それは私のパートナーとしてでは決してない。
回りの目も気にならず、はぁーっと盛大なため息をこぼして頭をかいてしまう。
こんなとこで落ち込んでても仕方ないし、折角着替えたけど、教室でも行ってダンパが終わるのを待つかなぁ~。
確か、教室とかも今日は解放されているって話だったよなぁと思い出しながら、踵を返して教室棟の方へ渡り廊下を戻りかけた時。
「お姫様、一人かい?」
艶やかな声音に顔をあげれば、そこにはタキシード姿の樹生先輩がほんの少したれ気味の瞳で甘い微笑みを浮かべていた。
「樹生先輩こそ、一人なんて珍しいじゃないですか……」
辺りを見回してから、ついそんな言葉がもれてしまった。
樹生先輩の交際関係は特別激しいわけではないけど。たれ目の甘い表情、女子には特に優しくて、言動はちゃらちゃらしてて軽い感じなのに、いざって時は頼りになる樹生先輩の恋愛関係の噂は、噂話に疎い私の耳にも入ってくるくらいだ。
最近は特定の子と付き合うってことはしてないみたいだけど、こんな日はしっかりちゃっかり本命の彼女を口説き落として――もとい陥落させて連れてきていると思ったのに、漆黒のタキシードに身を包んで凛々しい姿なのに一人でいるから、私は首をかしげた。
そういう私も、パートナーがいなくてもしっかりドレスアップしているんだけど。
パートナーがいない――翼が来ないって分かってるのに、未練がましいったらない。
内心、自分にため息をついて顔をあげると。
「陽、知ってるかい?」
にんまりと微笑んで、軽い口調でいった樹生先輩の言葉に、私は体ごと思いっきり後ろに遠ざけて、あからさまに不審そうな顔を向けた。
樹生先輩がそう言う時って、大抵よくないことを言うのだ。
次に続く言葉に身構えるようにしていると。
「ダンパはパートナーがいないと参加できないだろ。でもパートナーが見つからない人や見つけようとしない人もいるんだ。で、そんなパートナーのいない“おひとりさま”向けの救済パーティーが三年の教室で開かれているの、有志実行委員主催でね」
語尾にハートマークでもついていそうな口調で言って、ウインクする樹生先輩人私は胡散臭そうな眼差しを向ける。
おひとりさま救済パーティー……?
有志実行委員主催ということは、樹生先輩が主催のようなものじゃないか。
「樹生先輩、おひとりさまなんですか!?」
パートナーが見当たらないとは思っていたけど、おひとりさま決定じゃなければ、救済パーティーとか思いつかないでしょ!?
「いやいや、違うよ。って、まあ、おひとりさまなのは違くないんだけど……」
そういってなんだか複雑な苦笑をして、仕切りなおすように真面目な表情をした樹生先輩。
「救済パーティーってのはダンパの陰の恒例行事でもあるんだ。さっきも言ったけど、ダンパに参加できないって生徒もいるわけで。その仕切りも代々、有志実行委員がやってるってわけ。学友とわいわい騒いで楽しみましょうってコンセプト。まあ、有志だから、本物のダンパほど飾り付けも料理もそんな豪華じゃないけど。どう、一緒に来る?」
樹生先輩は苦笑して言って、それからおどけて腰を折って私の方へ手を差し伸べる。
まるで、騎士がお姫様の手を取るような恰好がおかしくて、でも心配して言ってくれてるんだって伝わってくるから、私はその手に自分の手を重ねた。
「では、どうぞお姫さま、舞踏会へまいりましょうか」
オペラの一節のような気取った口調で言って笑った樹生先輩に私も笑い返していた。




