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第67話  消せない想い



「これからよろしく」


 体ごと私に向き直った宇野君が、いつもの氷雪の瞳を不敵に微笑ませて言った。

 耳に息がかかるほど近くで甘く響くバリトンボイスで名前を呼ばれて、不覚にもドキっとしてしまって動揺して声が裏返ってしまった私を見て、勝気な笑みを浮かる宇野君は、ウサギを追い詰めて楽しんでいる猛獣のようで。あまりに妖艶な笑みに胸をつかれた。

 同盟はあくまで春馬と杏樹を安心させるもので、二人がいないところでは同盟関係はなし。個人のプライベートには踏み込まない。どちらかが恋を実らせるか、はたまた違う人を好きになった時点で同盟は終了――

 そういう決まりだった。



  ※



 チッチッチッチ……

 カーテンの隙間から差し込む太陽の日差しと小鳥のさえずり。

 清々しい朝のはずなのに、私はベッドの上で上半身だけを起こした格好でぼんやりとしていた。

 それはきっと、夢に見たせい。

 翼と同盟を結んだ日の夢を見て、現実と夢の境が分からなくなってしまったんだ。

 あの日。

 私から同盟を終わりにしようと言った日以来、翼と私の関係は最悪になっている。

 あんなふうに言ったらもう友達でもいられないって分かっていたけど、翼は近寄ったら切れてしまいそうなほど殺気立って不機嫌オーラ全開だし、目も合わせないし会話もしてないし。

 千織ちゃんは何かあったんだって察してるだろうけど、私から話すのを待っているのか、なにも言ってこないのが今は救いだった。とてもじゃないけど、まだ気持ちの整理がついていないっていうか、なんて説明したらいいか分からなくて……

 春馬も、私と翼がギクシャクしてるのに気づいているみたいで、時々心配そうな表情で声をかけてくれるけど、以前みたいに翼と一緒にいる時に声をかけてくることはなくなった。

 みんなに気を遣わせて申し訳ないとは思うけど、私自身、この状況にまだ戸惑っていてどうしていいかわからない。

 自分からこうしたっていうのに、ほんと、いやんなっちゃうな……

 そうこうしている間にあっという間に十二月になっちゃって期末試験がやってきて、もう終業式の朝、十二月二十五日。

 今年は天皇誕生日が日曜で月曜は振り替え休日で、三連休挟んで週明けの火曜日が終業式だから、みんな連休前に終業式だったらいいのにって愚痴ってた。

 違う高校へ進学した子の中には、三連休前の二十一日金曜が終業式だったって子もいるから、余計に愚痴りたくもなるのかも。だけど。今年はちょっと特別。

 四季ヶ丘高校創立以来の伝統行事、三年に一度、クリスマスの日に行われるダンスパーティーの開催年。

 そのダンパは終業式の夕方に行われるから、みんな文句を言いつつ顔はどこか待ち遠しそうだった。

 実際、会場となる体育館には朝から業者が入って慌ただしく準備が行われている。

 会場設備もパーティーで振舞われる調理も業者が入って本格的なパーティーになるから、もちろん参加者の服装は正装だし、パートナーがいないと会場に入れないというパートナー制度がある。

 それは、昔、男子校と女子校が合併して四季ヶ丘高校が出来た時に親睦を深めるためにクリスマスにダンスパーティーを行ったことの名残で、男女のペアでなければ会場に入ることができないという決まりだけはずっと受け継がれている。

 といっても、今は本当の恋人じゃなくてその場限りのパートナーでもいいし、そこはあまり厳しくはないらしい。もちろん恋人がいればその人がパートナーなんだろうけど、付き合ってる人が他校の場合とかもあるから、そこまで厳密ではない。

 でも、ダンパのパートナーになった恋人は幸せになるってジンクスもあるらしくて、ダンパを目前にした二学期になると、パートナー探しに必死になったり、いままでは言えなかったけど積極的に告白する人が増えるらしい。

 参加は強制ではないし、即席で一日だけのパートナーを見つけてでも参加する生徒が多いらしい。

 人それぞれって感じなんだろうけど。

 私は――……

 パートナー決まってないまま当日になってしまった。

 まあ、もともとあまりダンパに興味があったわけでもないし。行かないのはもったいない気がするけど、誰でもいいからってパートナーを見つける気にもなれなくて、ずるずる日が経って、気がついたら当日になっていた。

 どこで聞きつけたのか、お母さんったらちゃっかり私のドレスとか用意しちゃってるし、行かないとも言えなくなってしまって、私はお母さんが用意してくれたドレスの入ったキャリーケースを引いて学校へと向かった。

 終業式はつつがなく講堂で執り行われて、ホームルームも終わって二学期終了。

 本当は。

 講堂で数列前の席に座った翼が視界に入って、それだけで胸が締め付けられて泣いてしまいそうだった。

 言葉にできない私の想いは、行く先を失って、胸の奥でぎゅうぎゅう悲鳴を上げている。

 終わりにしたはずなのに、そんな簡単にはなかったことにはできなくて。消せない想いが渦巻いている。

 始めから私と翼は恋人でも友達でもなかったから、同盟を終わりにしたら会話すらできない。

 自分にはないものばかり求めて、結局、気づかないうちにすべてを失って、そうなってから初めて失った物の大切さに気づくのかもしれない。

 さらさらの黒髪、斜めに分けられた前髪の下の意志の強そうな切れ長の瞳。

 氷のように冷たくて、ナイフのように鋭くて。でも、あの瞳だけが私の心を焦がす。

 こんなにも、どうしようもないくらい好きなのに、離れていくしかできないのが辛くて悲しくて。この世界に一人ぼっちのような孤独感に背筋を震わせた。




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