第66話 同盟解消
ぎゅっと唇を噛みしめて俯いたまま、私は決別の言葉を吐き出した。
「もう、終わりにしよう……」
その声はあまりに掠れていて、自分の声なのかって疑ってしまうほど弱弱しくて、それがかえって、心の迷いをどこかへ吹き飛ばしていく。
「もう意味ないんだよ……、だから、同盟を終わりにしよう。嫌々、付き合ってるふりなんてしなくていいんだよ……?」
なんだかんだ言って、翼は忠実に彼氏を演じてくれていた。まめにメールしてくれたり、送り迎えしてくれたり、デートに誘ってくれたり、こうやって今日だって迎えに来てくれて。
でも本当は嫌々だったのかもしれない。心の中では仕方ないって思ってて、だから時々、突然不機嫌になったのかもしれない。
いつも私にはわからないタイミングで不機嫌になっていたけど、本当はちゃんと理由があって、それは翼が嫌々、私の偽の彼氏をしていたからかもしれない。
そう思ったら、固く決意した心とはうらはらに、体の奥からいろんな気持ちが湧き上がって、涙が溢れそうになって、必死にそれを堪えて目をすがめる。
「ダンパのパートナーだって、もう誰かに申し込まれて決まってるんでしょ?」
だから、最近は翼を好きな女子からの嫌がらせがなくなったんだと考えれば納得がいく。だけど。
自分で言った言葉に酷く傷ついている自分がいて、やるせない。
それでも、もう終わりにするしかないんだって分かってるから、諦めるしかない。
「じゃ……、忘れ物を取りに道場にいくから」
一方的に話を終わらせて、踵を返して道場へ行こうとしたのだけど。
翼に背中をむけて一歩を踏み出した私は、後ろから強く腕を引かれてよろけて、強くなにかに抱きしめられた。
――――!?
一瞬、何が起きたのか理解できなくて頭が真っ白になって。ふわっと鼻先をかすめたいつか嗅いだ香りに、翼に抱きしめられているんだと気付いて慌てて抵抗する。必死にもがいて、強く体に回されている翼の腕をふりほどうこうとしたんだけどできなくて。
「なんだよ、それ!?」
ひどく感情的な声で叫ばれて、心臓を握りつぶされたような心地で瞳を細めた。
掻き抱くように私の体に回されている腕にぎゅっと力が込められて、問い詰めるような激しい眼差しで見つめられて、たまらなくなる。
もう、辛くなっちゃったよ、翼の側にいるのが……
私が望んだたった一つの願いだったのに、もうそれさえも望むことが出来なくなって。
その気持ちを飲み込んで、私は言葉を紡ぐ。わざと声を荒げて、ヒステリックに叫んだ。
「どちらかに好きな人ができたら同盟は終わりって約束だったじゃない!? はじめっから終わりが来ることはお互い承知だったじゃん!」
そうだよ、はじめっから分かっていた。
私と翼が背中合わせだったこと。決して、向き合うことがないことを……
気づいたら、ぽろぽろと涙が零れてた。
これはなんの涙だろう……
私は涙をぬぐわずに翼を見上げて、強く翼の胸を押して距離をとる。
さっきまでは私の力では振りほどけないほど強く抱きしめていた翼の腕が力なくだらりと降ろされて、解放された私はそのまま一歩二歩三歩とそのまま後ずさる。
きっとこれが、私と翼のいまの距離。
「なんだよ……、好きなヤツが出来たってことか……」
弱々しく乾いた笑いを漏らした翼が突き刺すように私を見た。その眼差しの激しさがあまりに鋭くて、刃物をつきつけられたようで。
「誰だよ、好きなやつって!?」
吐き出すような痛々しい叫びに、私は息もできないくらい苦しくなって。それでも言わなければならない。
キッと、翼に負けないくらい鋭い眼差しで翼を見上げる。
「そこまで言う必要ある? 私が誰を好きでも翼には関係ないじゃないっ!!」
そう言うと同時に私は走り出した。
翼から逃げるように。
翼への自分の気持ちから逃げるように。




