第64話 夢から覚めて
迷っているとか言いながら、本当は私の答えはずっと前から決まっていた――
私からはこの手を放したりしない――
そんなふうに思っていたから、きっと罰があたったんだ。
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いつもだったら、試験前は試験用に作ったまとめノートや問題集を見返したり、けっこう必死に試験勉強するのに、今回は折角作ったまとめノートもほとんど見返さなかった。
三日間中間試験もあっという間に終わってしまって、二学期になってから学祭、中間試験とばたばた行事が立て続けにあったけど、もう十二月まで特にイベントはない。
一時は廊下を歩くだけで、女子のまとわりつくような視線とひそひそと――声はあまり押さえていない子もいたけど――噂話をされて、女子にも何回か呼び出されたし、嫌がらせもいろいろされたけど。千織ちゃんやクラスメイトが心配して、なるべく一緒にいてくれるようになって、お祭りムードの学祭も終わったからか、噂されることもなくなった。
そういえば、また翼と一緒に登下校するようになったけど、翼のことを好きな女の子からの嫌がらせもなくなったな。
お昼休みにパックジュースを買いに行った私は、教室に戻りながらそんなことを考えてて、渡り廊下の角を曲がろうとしてぴたっと足を止めた。
パックジュースなら購買でも売ってるんだけど、今日はどうしてもメロン・オレを飲みたい気分で、メロン・オレは校門の側にある自販機室の自販機で売ってるから、わざわざそこまで買いに行ったというわけ。
距離があるし靴を履き替えなければならないから、一緒についていくって言ってくれた千織ちゃんの申し出を断って一人で行ってきた帰りの渡り廊下で私は動きを止めた。
私は身を隠すように校舎の壁に近づき、顔だけを角の向こうにのぞかせる。
視線の先には、楽しそうに笑い合って話す杏樹と翼の姿――
距離があって話し声までは聞こえないけど、翼が何か言って、杏樹がそれに答えてじゃれるように翼の胸を叩いていて。
普段の仏頂面からは想像もできないようなにこやかな笑みを浮かべる翼の姿に、胸がぐしゃっと押しつぶされて苦しくなる。
もうそれ以上、二人の姿を見ているだけでも辛くて、私は踵を返してその場から駆け出した。
どこをどうやって走ったのか、その後の記憶はなかった。
ただ、痛感させられた現実に、あまりに胸が苦しくて、瞳からぽろぽろと涙が溢れてきて止められなかった。
甘くて優しい夢から突然覚めてしまって、思考が追い付かない。
ずっと分かっていたことなのに。最近の翼があまりにも優しくて、当り前みたいに特別に接してくれているから、勘違いしていた。
翼が好きなのは杏樹なんだ――
はじめから分かりきってることじゃないか……
駆けながら、後からあとから溢れてくる涙をぐいっと乱暴に腕で拭い。
もう、終わりにするしかないんだ……
※
「…………っ」
定まらない焦点でぼぉーっとしながら、手は無意識に動いていた私。
「…………たっ、陽!」
呼ばれたのが自分の名前だと気付いて、緩慢な動きで振り返ると、床に袴を広げて畳んでいる道香ちゃんが私を仰ぎ見て、怪訝な顔をしていた。
「どーしたの? ぼんやりして。携帯なってるよ」
どこかのホームで流れているような高い機械音が室内に響いていて、今までぼんやりしていた思考がだんだんはっきりしてくる。
そっか、今日は日曜日で部活に来てて、さっき練習が終わって部室に戻ってきて着替えていたんだ……
私の足元には脱いだ袴が、腰から落ちたままの状態で広がっていて、その中央に立っている私の道着は紐だけが外れて前がはだけてる状態。
部活中もぼぉーっとしてて、何度、樹生先輩に怒られたか……
ぼんやりしている間に部活も終わっちゃって、着替えながらも心ここにあらずといった状態の自分に呆れたため息が漏れた。




