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第62話  恋の忘れ方



 私は俯いていた顔をあげて、カーテンの向こう側を見つめる。きっと、いま私の顔はとんでもなく戸惑っているに違いない。

 どうして翼が保健室に? とか。気づいてしまった想いを隠して友達として接するって決意したのに、まだ心の準備が出来てなくて、どんな顔したらいいんだろう、とか。ぐるぐると頭の中をいろんな思いが渦巻いて、呆けていると。


「寝てるのか? 開けるぞ……?」


 遠慮がちにかけられた翼の声が少し掠れていて、いつもの不遜な感じじゃなくてドギマギしてしまう。

カーテンの向こうの影が動いて、カーテンの端に手が伸びたのを見て、私はとっさに声をあげる。


「待ってっ」


 私は両方の手のひらで思いっきり頬を叩いた。ぱんっと小気味よい音を響かせて、じーんと痺れる頬に私はほんのわずか目を眇めて、それから一人頷く。

 うん、大丈夫。

 立てた人差し指で口角をぐっと持ち上げて、にこりと笑って見せる。

 こんな辛気臭い顔してたらダメ。俯いてばかりいないで、ちゃんと笑わないと。


「陽……?」


 戸惑うがちな翼の声が聞こえて、私は明るい口調で答える。


「入ってきていいよー」


 シャっという音を立ててわずかにカーテンが開き、その隙間から翼が中に滑り込んできて後ろ手でカーテンを閉めた。

 翼はいつもの険しい表情で、ベッドの上で膝を抱えて座っている私を見てわずかに眉根を寄せる。その表情をじぃーと見つめていた私は、こんな風に翼の顔を正面から見るのは久しぶりだなと気づいて、複雑な気持ちになる。

 最近はずっと無視されてたもんなぁ……

 最初は翼の不機嫌がまた始まったって思ってたけど、私のために冷たい態度をとってたんだって気づいちゃったから。翼のいままでの態度を責めようとかいう気持ちはないけど、どう接していいか困ってしまう。


「どうしたの、翼?」


 私はなるべくいつもどおり、なんでもないような口調で話しかける。


「ってか、なんで私が保健室にいるって知ってるの?」


 さっき目が覚めたばかりで、誰にも私が保健室にいるって連絡してないのに。

素朴に疑問に思っただけなのに、無言でギロリと威圧感たっぷりの視線で睨まれてしまって、肩をすくませる。


「もうホームルームも終わったから、帰るぞ」


 私の質問なんて投げうっちゃって、しかも帰るって疑問形じゃなくて肯定だし。

 翼があまりにも普通に帰るって言って当たり前のような態度でいるから、ついわかったと言いそうになった言葉を飲みこんで、私は戸惑いがちに問いかける。


「帰るって、一緒にってこと?」


 不安げに翼を見上げて尋ねれば、翼はなんでそんなこと聞くんだって感じで不機嫌な光を瞳に宿すから、私はまっすぐにその視線を受け止める。

 そんな風に睨んだりしたって怖くないんだから。

 訳わかんない態度とってるのは翼じゃん。


「だって、ずっと無視してたじゃんかっ」


 私は翼を睨み返すようにキッと翼を振り仰ぐ。ぐっと唇に力を入れて強く歯を食いしばっていないとなにかが決壊して溢れてきそうで、つい責めるような強い口調で言ってしまう。


「急に不機嫌になったり避けるようにされて、私が傷つかないとでも思う?」


 本当は翼が私を避けるような態度をとった理由を知ってるし、私のためなんだって分かってるけど、翼のころころ変わる態度にいつも振り回されて、詰らずにはいられなかった。

 翼は一瞬目を見張って、それから視線を横にそらし決まり悪そうにした。


「それは……悪かったと思ってる……」


 狼狽えるように翼が視線を動かして、私はその時になって自分が泣いていることに気づく。

 いつも不機嫌で自分勝手な翼が動揺している姿が珍しくて、悪いなんて謝られたのがはじめてで、驚きを通り越して、瞳を何回も瞬く。その度に、ぽろぽろと涙が目から溢れて頬をつたって落ちていく。


「避けてたのには理由があって……、彼女が倒れたって聞いたら心配するのは当たり前だろ……?」


 落ち込んだような声でそんなこと言われてしまったら、もうなんて答えたらいいか分からなくなる。

 当り前のように“彼女”って言われて、泣きそうなくらい嬉しい。

 もう泣いてるけど……、後から後から涙が溢れてきて、嗚咽を我慢できなくて私を顔を膝に埋めて声をあげて泣いてしまった。

 偽物でも、まだ翼の彼女でいられるんだって思ったら、幸せで胸がいっぱいで、でも切なくなる。

 杏樹と春馬が別れた今、翼が杏樹に気持ちを伝えるチャンスで、同盟なんか終わりにして翼を自由にしてあげたほうがいいって分かっているのに、薄っぺらい関係でも必死にしがみついて、自分からは終わりを切り出せないずるい自分がいて嫌になる。

 ひくひく言いながら泣いていたら、ぽんっと温かなぬくもりが頭に触れ、何度も優しく頭を撫でている。

 膝の上に顔を伏せたまま、壊れ物をあつかうようにそっと触れる手の心地よさに目をつむる。

 どのくらい泣いていたのか、目元をぬぐってから膝の上に埋めるようにしていた顔を少し上げれば、心配そうに こっちを伺っていた翼が、私に気づいてその瞳を揺らす。

 その表情から自分を責めているのが分かって、私があんなこと言ってしまったからだと後悔する。

 詰ってしまったけど、私のためを思ってしてくれたことを知ってる。心配して頭まで撫でてくれて、いまも伺うように見ている、翼の優しさにどうしていいか分からなくなる。

 私は翼のためにはなにもしてあげられないのに。

 同盟を終わりにすることもできないで……

 不安げに見つめていたからか、ふっと瞳を細めて安心させるような微笑みを浮かべる翼。その優しい笑みが心をつく。

 私の心をかき乱して、息もできないくらい苦しく締め付けて、胸を焦がすのは翼なんだよね―― 

 いつのまにこんなに好きになってしまったんだろうと自分自身に問いかけてみても、そんなの分からなくて。

 泣いてぐちゃぐちゃの酷い顔で、なんとか翼に笑い返す。

 私はこうやってずっと想いを隠していけるのかな……?

 恋の忘れ方がわかったら楽なのに――

 好きだって気づかなかったら、友達としてなんの苦労もしないで側にいられるのに。

 それでも、翼を想って切なく痛む胸を愛おしく思う。

 だから、私は翼に笑いかける。

 いつか翼の幸せを笑って受け止められるように。




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