プロローグ:木の眼差しに見送られて
#コメディ#和風ホラー #なろうホラー #サンバルテラシの奇跡
成田空港の出発ゲート。ヒロと光が振る手は、自動ドアの向こうへと消えていった。エド、愛子、朱里の三兄妹にとって、この一時的な別れは退屈な学生生活の延長線に過ぎないはずだった。しかし、母・光の表情には、隠しきれない不安の影が差していた。十五年もの間、足が遠のいていた故郷——四国・名頃の村へ、三人の子供たちを送り出すのだから。
「いい、おじいちゃんとおばあちゃんを困らせちゃだめよ」
インドネシアのカリマンタン島へ向かう直前、光は言い聞かせるように言った。
「お母さん、あの二人とは十五年も話していないの。これは、私たちの家族の絆を取り戻すチャンスなのよ」
愛機である一眼レフカメラを肩にかけた長男のエドが、不敵に笑った。彼はこの旅をすべて記録するつもりだった。
「心配しないで、母さん。今年一番の『最高の家族ドキュメンタリー』を撮ってみせるから」
名頃への道のりは、まるでタイムスリップしているかのような錯覚を抱かせた。村は静まり返り、わずかな老人たちと、道端や軒先、あるいは畑に佇む数千体もの等身大の「案山子」だけが彼らを迎えた。縫い合わされた歪な顔の案山子たちは、新参者の足跡をじっと監視しているかのように、物言わぬままそこに座っていた。
軋む音を立てる古い木造家屋。そこで三人を待っていたのは、「ナナ」と「ポップポップ」と名乗る老夫婦だった。二人は温かい茶を淹れ、深い皺を刻んだ顔で慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「家の中は好きに探検していいぞ」
ポップポップが、しゃがれた、しかし親しみのある声で言った。
「ただし、ルールが一つだけ」
震える手でクッキーの皿を置きながら、ナナが言葉を遮った。その青白い瞳は、壁に掛かった時計を鋭く射抜いている。
「夜の二十三時三十分を過ぎたら、絶対に部屋から出てはいけないよ。扉の隙間から何が聞こえても、何が見えても……日の出までは決して、外を覗いてはだめだよ」
その夜。エドのスマートフォンのデジタル時計は「23:31」を表示していた。
部屋の外から、木の壁を爪で引っかくような音が響き始める。それは、およそ人間とは思えない甲高い笑い声と混じり合っていた。カメラのレンズ越しに、エドは「そこにいてはいけないもの」を目撃する。
屋外で凍りついていた数千体の案山子たち。その中の一体が、窓に向かってゆっくりと動き出していた。
——その案山子の顔は、ナナと生き写しだった。




