第97話 勘違いエリートと大量虐殺!?
エイプリルフールに合わせて勘違いネタ投入です。
翌朝。フェルメール領、泥靴村。
ドドドドドドッ!
突如、長閑な朝の空気を切り裂いて、一頭の早馬が猛烈な勢いで広場に飛び込んできた。
そして、完全に体力が尽きた馬から転げ落ちるように、寝巻きの上に上着を羽織っただけのゼノスが泥の上にダイブした。
門番が後ろから行き先を教える。
「バッカス殿の工房は、その丘を上がった屋敷の隣にある石の建物です!」
「はぁっ……はぁっ……!あ、ありがとうございます! 師匠ッ!! ご無事ですか師匠ォォーッ!! 今、助けに……!?」
そこでゼノスは思い返した。こんな僻地の村なのに物々しい塀が立ち、その下には堀が巡らされていた。そして騎士までも、門の前で警戒していた。
(……どういうことだ!? 師匠はあの男爵家の坊っちゃんへの「お詫び」のために、この泥靴領へ出向いたと言っていたはずだ! だが、なんだあの異様なジグザグの防壁は! おまけに堀まで巡らされ、屈強な騎士が門を固めていたじゃないか!)
ゼノスの優秀な頭脳が、猛烈な勢いで一つの推論を組み立てていく。
(まさか師匠……お詫びというのは建前で、本当はこの辺境の要塞基地で、極秘の開発をさせられているのでは……!? だからあんな殺気立った隠密を使って、私を急いで呼び寄せたのか!)
徹夜の乗馬で髪はボサボサ、顔は土埃と涙でドロドロ。血走った目で周囲の『見えない敵』を警戒しながら、ゼノスは這い蹲るようにバッカスの工房へと雪崩れ込んだ。
小屋の中では、バッカスが血走った目で、一心不乱に『土の魔石』に刻印を打っている最中だった。
「おお? ゼノス、早かったじゃねえか。ちょうどいい、急ぎでこの刻印を打ってくれ!」
バッカスは振り返るなり、挨拶もそこそこに分厚い仕様書の束(木板)をゼノスに叩きつけた。
「こ、これは……ッ!?」
息も絶え絶えのゼノスが仕様に目を落とすと、そこには恐るべき魔法陣の仕様が描かれていた。
極小に圧縮され、指向性を持たせた超高回転の風の竜巻。それを、傍らに置かれたミスリルの大槍を通して一点に放つという、とんでもない代物だ。
(なんだこの馬鹿げたミスリルの使い方は!しかもミスリルで出来た大槍の先端から竜巻を放つだと!?この長さで風を加速させるのか? こ、これはどう見ても、重装甲の騎士すらミンチにする一撃必殺の攻撃魔法じゃないか!!)
ゼノスの脳内で、昨夜の「抜き身の刀を持った隠密」と、目の前の「殺戮兵器(大槍)」が完全にリンクした。
(やはり師匠は、極秘の軍事開発をさせられているんだ。こんな大量のミスリルまで使って。そして何かと戦うための決戦兵器を急ピッチで開発しているんだ……! だからこそ「ヤバいことになる」と……ッ!!)
迫り来る見えない敵への恐怖と、師匠を救わねばという使命感で、ゼノスの中から眠気が完全に吹き飛んだ。
「わ、わかりました! 急いで作りますッ!!」
「おう、任せた。そのテーブル使ってくれ、魔石の固定台は棚のところに置いてあるからな」
「はいッ! 直ちにッ!!」
ゼノスは持参した風の魔石を固定台にセットすると、寝巻き姿のままルーペを目に当て、狂ったような速度で魔導彫刻刀を走らせ始めた。
(……急げ! 一刻も早くこの兵器を完成させないと、師匠が殺される……!!)
しかし、ハルバードでの激務からの、不眠不休での早馬ダッシュ。そこからぶっ通しで行われる刻印作業。
(……死ぬ! このままだと過労で死ぬ……! いや、彫らなければ物理的に殺される……ッ!)
「おいゼノス! 手ェ止まってんぞ!」
「ハッ!? て、敵襲!? い、いえ、起きてます!やります!!」
気絶するようにテーブルへぶっ倒れては、師匠の怒声でビクッ! と跳ね起き、よだれを拭う暇もなく再び狂ったように魔石を彫る。
倒れる。起きる。彫る。倒れる。起きる。彫る。
文字通り命を削るデスマーチの中、ゼノスの指先は「意地」と「死の恐怖」によって、限界を超えた動きを見せていた。
――そして、ゼノスが泥靴村に来てから二日後。
「よし、土の『魔法』の回路は組み終わったぞ。そっちの『竜巻』はどうだ?」
「あと少しですッ! 出力を極限まで高めつつ、魔力暴走を防ぐリミッターの位置を変えています!!」
「おう、いいぞ! 容赦はいらねえ、最高出力で回せるようにしとけ!」
「了解ですっ!!」
悲壮な覚悟で兵器開発に命を燃やすゼノスと、ただ純粋に最高のミキサー(重機)を作りたいバッカス。
二人の間に致命的なすれ違いが生じたまま、魔石刻印は凄まじいスピードで進行していく。
「……完成、しました!! 竜巻の魔石、大槍のソケット部分にマウント出来るようにしてあります!!」
「おおっ、よくやったゼノス! よし、急いで表に出るぞ! もう時間がねえ!!」
バッカスが大槍を担ぎ上げて小屋を飛び出す。
ゼノスもまた「ついに敵が来たのか!?」と、決死の覚悟でその後を追った。
しかし、広場へ飛び出した彼らを待っていたのは、重武装の敵兵でも恐ろしい暗殺者でもなかった。
「あ! バッカスおじちゃん、できた!?」
「おう坊主! 待たせたな、準備完了だ!」
「わーい! じゃあ、すぐにお宿のところにレッツゴー!」
黄色いヘルメットを被った五歳児が、満面の笑みでバッカスを出迎えていた。
その背後では、変な色の帽子を被った男たち(工兵隊)が、なぜか白い粉の入った袋を大量に抱えて待機している。
「…………え?」
決戦の地へ赴くはずだったゼノスは、あまりにも場違いな光景を前に、寝巻き姿のまま広場でポツンと立ち尽くした。
(こんな子供まで戦場に……? いや、待て。あの顔は……)
ゼノスは目を細め、カイトの顔を見てハッとした。
(はっ、あの子は男爵家の天才少年! あの日、規格外の魔力で工房の絨毯を油の海に沈めた、あのバケモノ幼児か!!)
ゼノスの脳内で、またもや最悪のパズルが完成していく。
(あの時のような異常な魔法圧で、私が今リミッターを外した圧縮竜巻を全力で放ったら……。魔石は粉々になるが、街の門くらいなら平気で吹き飛ばせる!?)
ゼノスの顔面から、スッと血の気が引いた。
そして、その震える視線は、背後の屈強な男たちが抱えている大量の白い粉の袋(生石灰)へと向けられる。
(あの大量の白い粉はなんだ……? 触媒か!? それとも、魔法の威力をさらに引き上げるための爆発物か!? ハッ、風魔法!そうかあれは何かの薬、それを竜巻魔法で遠くに飛ばす!?)
「おいゼノス、何ボーッとしてんだ! お前も来い、今からこいつの試運転だ!」
「……は、はい! え、いや……?」
ガクガクと膝を震わせるゼノスに、カイトは満面の笑みをこぼした。
「いいお天気になってよかったね。みんな、おしごとの前に、ぬので、お口とおはなをふさいでね!」
カイトが工兵隊に向かって呼びかけると、男たちは一斉に用意していた布で口と鼻を厳重に覆い始めた。
もちろんカイトにとっては、生石灰の粉塵を吸い込まないための『安全第一の防塵対策』でしかないのだが――。
「…………ッ!!」
ゼノスには、それが『毒の粉散布前の、防毒布着用の号令』にしか聞こえなかった。
(……私は今、歴史に残る大量虐殺の共犯者になったのか?
やっぱり、毒なんだぁぁーっ!! 風魔法で毒の粉を広範囲に散布する気なんだ!! だから天気を気にしたし、師匠たちは本気でこの世界を終わらせる大量虐殺を企てているんだぁぁーっ!!)
ゼノスは声にならない悲鳴を上げながら、寝巻き姿のまま、両手で必死に自分の口と鼻を塞いだ。
「ほらゼノス、何やってんだ。置いてくぞ!」
「んー? ゼノスおじちゃん、どうしたのー?」
バッカスとカイトは、謎の白い粉(猛毒?)を担いだ男たちと共に、ズンズンと泥沼の奥へ進んでいく。
(なんでこの子はあんなに平然としていられるんだ!
あんな可愛い顔をしながら平気で毒の粉を撒くのか!
狂ってる!狂ってるぞ……!)
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!!」
泥靴村の空に、全てを深読みしすぎたエリート刻印師の、狂乱の絶叫が木霊するのだった。
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