第92話 人間探知機と東への大カーブ
カイトはトテトテと新しい粗朶道の上を進み、斜めに沈んだマットの手前で立ち止まった。
(ワシとしたことが、失敗じゃったわい。向こう側の岩盤が一段高く見えてるからと言って、一段下の岩盤まで同じなはずが無いんじゃ、地質コンサルタントもおらんしのぅ)
「監督、どうするっすか? また魔法で固めるんすか?」
「ちょっと、まって」
カイトはしゃがみ込んで黒い泥水の中をじっと覗き込み、それから顔を上げて、前方に広がる「一段せり上がった平地」を遠く見つめる。
そして近くに落ちていた検尺棒を拾い上げると、粗朶道のすぐ横の泥へ突き刺してみた。
左側を突く。「ガツンッ」と固い岩盤の手応えが返ってくる。
次に右側を突く。「ズブッ」と、棒は抵抗なく底なしの泥へと吸い込まれていった。
(ふむ。やはり『岩のテラス』は真っ直ぐ平地へ向かっておらん。この辺りから右側がごっそり崩れ落ちておるようじゃ……これは急がば回れ、じゃな)
状況を完全に把握したカイトは、棒を引き抜いて振り返った。
「みんな、こっちにきて!」
カイトの呼びかけに、呆然としていたロバートやマルコ、工兵隊の面々が、ぞろぞろと宿場町建設予定地の広い広場へと集まってきた。
カイトは手頃な木の枝を一本拾うと、広場の土の上にガリガリと簡単な地図を描き始めた。
「ここが、いま作ってる おみち。で、こっちが、あそこに見える ひろいところ」
カイトは、現在地から目的地である平地へ向かって直線を引いた後、さっきマットが沈んだ地点の先に、大きく『×』を描いた。
「おみちの こっちはカチカチだけど、はんたいはドロドロなんだ」
そしてカイトは、×印を避けるように、真っ直ぐなルートから大きく逸れて湾曲する『面』を土の上に描き足した。
「泥のしたの あさいところが、こうなってるかも」
土の上に描かれた図解を見て、迷彩ヘルメットを被ったロバートが顎を撫でた。
「若様。それって……目的地に向かって道を真っ直ぐ進めるんじゃなく、遠回りになっても『浅い所』を選んで進めってことですか?」
「うん! そのほうが はやいでしょ?」
カイトが無邪気に首を傾げると、ロバートはその絵と実際の現場を交互に見比べた。
「確かに、岩盤の上を通るなら、その方がマットも一枚で済みますし魔法もいらない。真っ直ぐ泥沼を突っ切るよりはるかに早いです。……ですが、泥水の下にある岩盤の『形』は目視できません。一歩でも縁から外れれば、また先ほどの二の舞になります」
ロバートの懸念に対し、カイトはニコッと笑って検尺棒を指差した。
「うん! だから、あの ぼう を さしながら、あさい所を 見つけるの」
「棒を刺しながら……つまり、岩盤の『ふち』を探れってことか」
「うん! ジョージおじちゃん、おねがい!」
「えっ、俺ですか!? なんか嫌な予感するんですけど……」
渋るジョージをよそに、ロバートがテキパキと指示を飛ばす。
「ガンタ、ジョージと二人で縁を探ってくれ。それと誰か、馬に乗れる奴は村まで戻って何か目印になるようなものを探してくるんだ」
「よし、俺が行く」
そう言ってマルコが走って行った。
「よし、それじゃマルコが来るまで、粗朶マットを一つ崩して、目印になるような枝を立てて行こう」
やり方が決まると、ジョージとガンタは検尺棒を突きながら泥沼に入っていった。
ジョージは検尺棒を手に、慎重に最前線へと進み出た。時折、空気を嗅ぐように鼻をひくつかせ、眉根を寄せる。
「……ここ、なんか嫌な感じがする。下がない気がするな」
ズブッ。
ジョージが棒を突き刺すと、そこは抵抗なく底なしの深淵へと吸い込まれた。
「お、おう……気をつけるっすよ」
ガンタは、慎重に検尺棒を刺しながら、安全な限界ラインに目印の木の枝を突き立てた。
「うん、こっちは……あ、ここは『大丈夫』な気がする!」
ガツン。一歩横を突けば、確かな岩盤の手応えが返ってくる。
ジョージは己の謎の直感に従い、「ここは嫌だ」「ここは平気だ」と、百発百中で岩盤の縁を探り当てていった。
「すげえぞジョージ! 突く前から当てやがる!」
「まさに人間探知機だな!」
ジョージはドヤ顔になりながら、検尺棒を持つ手で顎の紐を引っ張り、片手でヘルメットのスライダーをキュッと上に引き上げた。
「へへっ、プロの男はこれくらいやらな――」
一歩踏み出した瞬間。
そこは岩盤が大きく内側に抉れた「落とし穴」だった。
「うわああぁぁぁっ!?」
ジョージの体が、一瞬にして首の辺りまで泥に吸い込まれる。
「ジョージ!!」
その瞬間、ペアを組んでいたガンタが動く。
沈みゆくジョージが必死に握りしめていた検尺棒をむんずと掴み、大根でも引き抜くような馬鹿力で、ジョージを強引に引きずり上げた。
スポォォンッ!!
「ゲホッ、ガハッ……! ……し、死ぬかと思った……ッ!」
泥まみれでむせるジョージを、ガンタは呆れたように見下ろした。
「調子に乗りすぎっすよ、ジョージ。死にたいんすか」
(ホントに調子に乗りすぎじゃ、寿命が縮んだわい!現場の『野生の勘』は強力じゃが、過信すれば一瞬で命取りになる。基本の『指差し確認』が一番じゃな。……それにしても、あやつらが立てた枝の列を繋いでみると、えらい曲がっておるのぅ)
カイトは安全な場所から、泥まみれの二人が命懸けで突き立てた「目印の枝」の列を眺めた。
枝は、まっすぐ平地に向かうはずの線から、大きく東へ。まるで巨大なカーブを描くように湾曲していた。
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