第84話 泥も磨けば光る!黄金の泥だんご
1ヶ月記念の本日四話目です。
バッカスに抱きかかえられ、カイトは屋敷へと帰還した。
「頭痛」を理由に早退してきた五歳の息子を見て、母であるエレナが黙っているはずがない。
「カイト! どうしたの、顔色が……熱はないかしら!?」
血相を変えて駆け寄ったエレナは、すぐさまカイトをソファに寝かせ、その小さな額に手を当てた。
(……いかん、心配をかけすぎたわい。ワシの頭が痛いのは物理的な病ではなく、五年後の絶望的なスケジュールのせいじゃ)
カイトは内心で冷や汗をかきながら、無邪気な笑顔を取り繕った。
「ママ、もう だいじょうぶだよ! ちょっと つかれた だけ!」
「だめよ、まだお顔が少し白いわ。ちゃんとベッドで横になっていないと」
「おへやで ねんね する!」
半ば強引にエレナの看病を振り切り、カイトは自室へと逃げ込んだ。
ベッドに突っ伏してため息をつきながら、ふと自室の窓枠に顎を乗せて外を眺める。窓の向こう、丘の中腹には、ロバート一家が暮らし始めたばかりの家が見えた。
ふと目を凝らすと、家の前の隅っこで、マリーがぽつんと一人でしゃがみ込んでいる。彼女は泥だらけの村の景色に戸惑っているのか、所在なげにじっと俯いている。
(……ここじゃあ、あのお嬢ちゃんくらいの子供は遊べんじゃろうな)
その小さな背中を見た瞬間、カイトの胸の奥で、何かがチリリと疼いた。
名前も顔も思い出せない。だが、前世の爺さんだった頃、自分のシワシワの手を握ってくれた小さな孫がいた気がする。ちょうど、あのマリーと同じくらいの年の頃だったかもしれない。
(……いかん。あんな寂しそうな顔をさせておいては、現場監督の名が廃るわい。よし、あれでも作るか)
カイトはエレナにバレないよう、隠れながらトテトテと庭へ出ると、以前バッカスと『地盤改良魔法』の実験で使った水槽から、キメの細かい粘土質の泥を掬い上げた。
***
しばらくして。
マリーが膝を抱えて地面を見つめていると、ペタペタという足音が近づいてきた。
「マリーちゃん! なにしてるの?」
ビクッと肩を揺らし、マリーが顔を上げる。そこには黄色いヘルメットを被ったカイトが立っていた。
「…………あ、あのね。お洋服が、汚れちゃうから……」
マリーはカイトと目を合わせることもできず、もじもじと小さな指先を弄っている。消え入りそうな声からは、不慣れな土地への警戒心が滲み出ていた。
カイトはニヤリと(内心で)爺さん臭く笑い、背中に隠していた「泥だらけの布」を差し出した。
「だいじょうぶ! ほら、これ、マリーちゃんに あげる!」
布をめくると、中から現れたのは、泥靴村の泥で作った卵ほどの大きさの「真っ黒な球体」が、二つ並んでいた。
「……泥、の塊?」
「ちがうよ! これはね、『まほうの いし』だよ! まだ まほうを かけてる とちゅうなの」
(……ふぉふぉふぉ。昔、誰かにせがまれて作った泥だんごのコツをちょっと使っただけじゃがの。表面仕上げの基本じゃのう)
「さらにね、これをつかうの!」
カイトはさらに、抱えてきた小さな木箱の中から、黄色の塗料が入った小瓶と、持ち手が欠けた古い陶器の瓶を取り出した。
(ふぉふぉふぉ。この前、ハルバードへ行ったモーガンに頼んで、安く大量に買い付けさせておいた顔料じゃ)
木箱の中には黄色の他にも、銅のサビから採れる『緑』、ベンガラ(酸化鉄)の『赤褐色』といった、この世界で安価に手に入る塗料が小瓶に入って並んでいる。
「えへへ、ぼくの『おぼうし』と おなじ いろ! これはね、『オーカ(黄土)』の ぽーしょん なんだよ! これをね、泥だんごに ぬって……」
カイトは泥だんごの表面に、鮮やかな黄色の塗料を薄く塗りつけた。そして、表面が少し乾いた絶妙なタイミングで、持ってきた陶器の瓶の口(縁)を泥だんごにパコンと押し当てた。
「この びんの クチの ところで、コロコロって するの!」
瓶の丸い縁に沿って、泥だんごを滑らせるようにキュッ、キュッと転がしていく。
『瓶の口を使った圧密・研磨』である。硬い陶器の縁で均等に圧力がかかることで、塗料と泥が密着し、驚くほどの艶が出るのだ。
「わぁ……!」
マリーの目が、ほんの少しだけ見開かれる。
「まりーちゃんも、コロコロ してみる?」
「…………うん」
マリーは恐る恐る手を伸ばし、陶器の瓶を握った。泥だらけになるのを恐れていたはずの少女が、小さな手で一生懸命に泥だんごを転がし始める。
瓶の縁で擦られるたび、泥の塊だったはずの表面が、まるで純金で作られた宝玉のように鮮やかな黄色の光を放ち始めた。
「……あ。光った……! カイトくん、ピカピカだよ!」
マリーの顔に、ついに年相応の、パッと花が咲いたような笑顔が浮かんだ。彼女は完成した黄色い泥だんごを、まるで本物の宝石でも扱うかのように、小さな両手で大切に包み込んでいる。
その汚れのない無邪気な笑顔を見て、カイトは目を細めた。
(……ふぉふぉふぉ。泥も磨けばちゃんと光る。この村も、お嬢ちゃんも同じじゃな)
前世で孫に向けたのと同じ、温かな感情が胸の奥にじんわりと広がるのを感じていた。
(よしよし。まずは第一段階クリアじゃ。この調子で、泥靴村を子供にとっても最高の遊び場に作り変えてやるわい)
黄色いヘルメットを被った小さな現場監督は、泥だらけになったマリーの小さな手を見て、誇らしげに頷く。
五年後の『貴族院行き』という絶望も忘れ、今はただ、目の前の小さな笑顔を引き出せたことに、職人としての確かな満足感を得ていたのだった。
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泥靴村の開拓工事はまだまだ続きます。
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