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第60話 枯れ草が教える『温泉』の場所

湿地帯というものは、決して見渡す限りの沼だけで構成されているわけではない。


長い年月をかけて枯れた植物の根や泥が堆積し、こんもりとドーム状に盛り上がった「陸地」が至る所に点在している。


カイトの前世の知識で言えば『ハンモック』、あるいは日本の湿原で見られる『谷地坊主やちぼうず』と呼ばれる、草の生えた強固な土の小島がある。


朝靄あさもやが立ち込める『カラス大岩』の先にも、その巨大な飛び石のような陸地が無数に浮かんでいた。


「お待たせ、しましたぁ……ッ!」


若手工兵のガンタとサジが四人がかりで『ミスリルの大槍』を担ぎながら到着した。


その後ろからは、工兵隊員たちが枝束や砂利を満載した大八車を引いて続く。


「監督、この槍、いつ使うんすか? 早く見たいっす!」

ガンタが肩を回しながら期待の眼差しを向ける。


「まだ、つかわないよ。おたからを、さがしてからだよ」


「いやいや、もう魔石はいいっす」


「石じゃないよ。もっと いいもの!」


「えーっ、じゃあ早く探すっすよ」


(……ふん。魔法をぶっ放すのはまだ先じゃ。今ここで地盤を固めれば、源泉の出口まで塞いでしまう。まずは『栓』の場所を特定せにゃならん)


カイトは泥の浅瀬に足を踏み入れ、這いつくばるようにして観察を始めた。


「坊主……いや、坊ちゃん、何を探しているんだ?」

バッカスが不思議そうに覗き込む。


「……あそこ。あそこだけ、くさ(草)の色がへん」


カイトが指差したのは、カラス大岩の根元から十メル程、離れた小さな泥の盛り上がりだった。

周囲の植物が青々と茂っている中で、そこだけが不自然に茶色く変色し、一部は溶けたように枯れている。


(植物にとって温泉成分は毒にもなる。あの色の変わり方は、源泉が漏れ出しとる証拠じゃろうな)


「あそこまで、お道をつくって」


「カイト様、あっちへ行くんですか? 横道になりますけど」


工兵の一人が不思議そうに聞き返した。


「ここにね『ひろば』つくるの。あっちまで、すすむよ」


カイトの指示で、即席の道作りが始まった。

点在する「谷地坊主」の小島を足場にし、その隙間に枝束を詰め込んでいく。沈み込みやすい場所には粗朶マットを幾重にも重ね、その上から大八車の砂利や石を投入して踏み固める。


湿地特有の、沈む時のドプンという音が、石のぶつかる音に変わっていく。


「よしっ!、監督が言った所まで届いたぞ!」

サジが声を上げた。


カラス大岩から伸びた粗朶の道が、変色した草の塊まで数メルの位置に達した。カイトは慎重にその先端まで歩くと、躊躇なく、泥水の中に小さな腕を肩まで突っ込んだ。


「あったかーい!」

「なにっ!?」


アルベルトが驚いて身を乗り出す。


カイトの手首を動かすと、そこだけ泥の粘度が低く、ポコポコと規則正しい気泡が上がってきた。


(ビンゴじゃ。ここが湧出点。温度は……体感で五十度くらいか?。ちょっと熱いが、湯もみでもするか? まぁ温泉はこれくらいが最高じゃわい)


カイトは泥だらけの顔を上げ、勝利の笑みを浮かべた。


カイトはパッと立ち上がり、泥だらけの手で大八車の枝束を指差した。


「パパ、ガンタ、サジおじちゃん! ここ、まわりを『そだ(枝束)』でかこって!」


「囲う? 泥を固めるんじゃないのか?」


「だめ! かた(固)めたら、おゆ(湯)がでなくなっちゃう。まずは、おゆ(湯)とドロドロを、わ(分)けるの!」


カイトの指示に、バッカスが膝を打った。


「なるほどな! 温泉の通り道を確保したまま、その周りの軟弱地盤だけを固めようって魂胆か。……坊主…、坊ちゃん、お前本当に五歳かよ。土木作業の段取りがプロすぎるぜ」


カイトは内心で苦笑しつつ、工兵たちを急かした。

「ガンタ、サジおじちゃん! ここにマットを しいて!中にドロドロが入らないようにして!」


粗朶そだによる遮水と補強。


それは前世の日本でもいくつかの事例のある工法だ。枝束を網状に組み、その隙間に石を詰めれば、即席の源泉囲いが出来る。

後は、ゴドーの腕でその内側に木枠を組ませて塞いでやれば、泥と源泉は完全に分ける事が出来る。


「よし! カイト様の言う通りにやろう! ここを空けて、外側に粗朶を叩き込め!」


サジたちの手によって、次々と枝束が泥の中に沈められていく。


カラス大岩を背に、温泉の出口を守るようにして「粗朶の城壁」が築かれていった。


(よし。これで源泉は確保した。あとはこの外側の泥を、魔法で固めれば、沈まない土台の完成じゃ……!)


カイトは、作業する工兵たちと、その中央で静かに脈打つ温泉の泡を見つめた。


「バッカスおじちゃん。……じゅんび(準備)、いい?」


カイトの瞳に、五歳児には似つかわしくない、源泉より熱い現場監督の熱が宿った。


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