第158話 工期短縮の鍵!肉と安全第一
泥靴村の広場の片隅。
冷たい一月の風が吹き抜ける中、カイトは丸太の椅子にどっこいしょと座り、小さな手で木炭を握りしめていた。
膝の上に乗せた真新しい木板には、何やら数字と線が書き殴られている。
(……ロラン領の二百人まで合わせると、全部でおよそ九百人。一日で進める距離は、ざっくり二百メルちょいってところじゃな)
黄色いヘルメットの下で、カイトの目は完全に『ゼネコンの鬼監督』のそれになっていた。
(ハルバードの人足たちや、南部から来とるガチムチ衆の研修期限は二月末まで。今はもう一月七日……残された時間は、五十三日じゃ)
カイトはカリカリと木炭を走らせる。
(対する王都側の境界までの距離は……正確な測量はしておらんが、おおよそ八キロというところじゃな。待避所のロスを最小限に抑えれば、八千メルを一日進む距離で割って、計算上の工期は『三十数日』!)
「うんうん……」と頷きながら、カイトはさらに数字を書き足す。
しかし、カイトの顔は晴れない。木炭の先を指でこすり、さらに厳しい数字を弾き出す。
(じゃが、それは机上の空論じゃ! 現場には雨や雪、資材の遅れ、底なし沼……いろんな『魔物』が棲んどる。この『現場のリアル』を加味して工期を見積もると……)
木板の最後に書き出された答えは『五十日』。
(残された日数は五十三日。対するリアルな必要工期も約五十日。……完全に綱渡りじゃ! もし天候が荒れ続けたり、想定外の底なし沼にぶち当たって工程が遅れれば、道が繋がる前に契約期限が来て、あの屈強な労働力が綺麗サッパリ消え失せる!)
カイトはゴクリと生唾を飲み込んだ。
未完成のまま放置された道など、春の雪解け水や泥沼の侵食であっという間にダメになってしまう。絶対にこの期間内にブチ抜かなければならない。
(……ふぉふぉふぉ。じゃが、これくらいケツに火が点いとる方が、現場監督の血が騒ぐというもんじゃ!)
カイトは木板をパタンと裏返すと、立ち上がって黄色いヘルメットの顎紐をキュッと締めた。
(工期を力技で縮めるには、今のペースから作業効率をあと二割は引き上げねばならん。それには……アレじゃな。男の闘争心に火をつける『極上のニンジン』じゃ!)
***
翌朝の朝礼。
冷え込む温泉旅館広場の前に集まった男たちは、お立ち台に登った五歳児の言葉に耳を疑った。
「みんな、いつも おしごと がんばってくれて ありがとう! だからね、きょうから『きょうそう』をするよ!」
「き、競争……ですか親方?」
黄色(南部)、緑(北部)、迷彩ヘルメットを被った男たちがざわめく中、カイトは無邪気な笑顔を弾けさせ、背後の布をバサリと取った。
「一しゅうかんで、予定より一番 たくさん 進めた チームにはね……これ!」
そこに積まれていたのは、エール酒の樽。
そして、男たちの鼻腔を暴力的なまでに刺激する、焼けた肉と濃厚なソースの匂いだった。
「ガルスぼんち で 今年 出来たばかりの おいしいエールと! ピエールのおじちゃんが 作った『とくべつ・お肉ゴージャス定食』と、おんせん一番ふろだよ!」
ドヨッ……!! と、朝礼台を囲む男たちが息を呑んだ。
カイトはさらに、男たちの想像力を刺激する悪魔のプレゼンを畳み掛ける。
「ゴージャス定食はね、おっきな ほねつきお肉 の上に、『おんせん・たまご』が乗ってて……。それを プチって わると、黄色い トロトロが お肉に とろ〜って かかるの!そこに ピエールのおじちゃん とくせいソース が たっぷりかかるんだよ! あまーい ジャムの パンも つくよ!」
(美味そうすぎるだろうがァァッ!!)
朝食を食べたはずの男たちの胃袋が、一斉に悲鳴を上げた。
地元特産の飯も美味いが、王都の一流シェフが本気で作った『ジャンクでゴージャスな肉料理』と、今年出来たばかりの極上エール。それに一番風呂までつくとなれば、これはもう天国である。
「一ばん ビリだった チームは、お肉 なし だからね! みんな、がんばってねー!」
「「「うおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」
冬の冷たい空気を引き裂いて、男たちの雄叫びが爆発した。
「おい南部衆! 絶対に負けねえぞ! 今日から気合い入れ直せ!」
「上等だ! 粗朶沈床の元祖は俺たち北部衆だってこと、証明してやらぁ!」
「俺たち泥靴村の意地を見せてやる! 粗朶を運べぇ!!」
怒号のような歓声を上げ、猛ダッシュで現場へ駆け出そうとした男たちの背中に、カイトの笛が鳴り響いた。
――ピィィィィィィッ!!!
「はい、ルールを、よく きいてね!」
ピタッ、と大男たちの足が止まる。
カイトは黄色いヘルメットの顎紐をキュッと締めて、にっこりと笑って人差し指を立てた。
「ケガした チーム、手ぬきしたチームは、ぜーんぶ ボッシュート だからね! ズルしたり、あぶないことして ケガ人がでたら、そのチームは お肉も お酒も ぜったいに ナシ!」
ドクンッ、と男たちの心臓が大きく跳ねた。
(ふぉふぉふぉ。ただ競わせるだけでは、焦って雑な仕事をして重大事故を起こすバカが必ず出るからな。安全確認を怠らず、互いに注意し合いながら最速を目指す。それが本物の『プロの現場』というもんじゃ!)
お立ち台で無邪気に笑う五歳児の背後に、一瞬、巨大な『安全第一』の垂れ幕がドーンと降りてきた気がして、男たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして、彼らの目の色が、単なる欲望から『本気の職人』のそれへと変わる。
「……聞いたかお前ら! スピードだけじゃダメだ! 誰か一人でもケガしたら連帯責任で全部パーだぞ!」
「おうっ! 作業前の声掛け忘れんな!手抜きも無しだ!互いの背中を守り合って、安全第一でブッチギルぞォォッ!!」
「「「「「おおおおおッ!!ご安全にィィッ!!」」」」」
怒号のような歓声と共に、男たちはこれまでの倍近いスピードで、しかし決して焦ることなく、統率の取れた動きで現場へと散っていく。
(よしよし。これでスピードと品質、そして安全の両立は完璧じゃ。これなら五十日どころか、四十日でもブチ抜けるぞい!)
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