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第136話 新商品大ヒットと商会の暗躍

王都、フェルメール男爵家・別邸。


居間のテーブルの上で、コロンと可愛らしい音を立てて転がった「それ」を見て、アンナとセシリアは目を丸くした。


「マダム。……これは?」

アンナが不思議そうに尋ねる。


「フフッ。待たせたわね、二人とも。フェルミエールの新商品『クリスタルスフィア』よん!」


得意げに胸を張るマダム・ゴンザレスの前には、少し黄色味がかった、宝石のように光る玉が並んでいた。表面には美しく「F」のマークが刻印されている。


「これを……どう使うんですの? お湯に溶かすのかしら?」

セシリアが興味津々で身を乗り出す。


「大正解よん、継ぎ接ぎ縦ロール。今までの液体パックだと、瓶が重くて割れやすいって不満があったでしょ? その答えを、あの坊やたちが持ってたの。お湯に溶かすまではカッチカチの固形よ!」


「誰が継ぎ接ぎ縦ロールですの、筋肉黒ゴリラ。……ですが、固形の泥パックとは素晴らしいですわ! これなら長距離の輸送コストも大幅に削減できますし、今まで手が出せなかった地方の貴族たちへも強気で売り込めますわね!」


「そうよぉ! アタシが泥団子を固めるのに失敗して絶望してた時にね、あの坊やが『温泉の粉(湯の花)』をコーティングに使うって魔法みたいな方法を教えてくれたのよ! おかげで、輸送中の心配もなくなるし、お湯でスゥッと溶かすだけで極上のなめらかクリームになるってわけ!」


セシリアの瞳に、マダムと同じ『えげつない商売人の光($マーク)』がギラリと宿った。


その会話を聞いていたアンナの脳裏に、天啓のようにひとつのアイデアが閃く。


「お嬢様、マダム! 私、これをノルド辺境伯夫人へのお礼として持参します! 以前、馬車を貸していただいた恩返しにピッタリです!」


「あら、良いわね。あそこの奥方様はもうすぐ北の領地へ帰られるはずだから、長旅でも割れない固形パックは最高のお土産になるわよ!」


「ええ、それに……あの方のマウントの取り方――いえ、素晴らしい『発信力』をもってすれば、王都中の奥様方にこの新商品の噂があっという間に広まりますわ! オホホホホ!」


セシリアは扇子で口元を隠し、悪魔のように高らかに笑った。


***


数日後。王都の貴族街で開かれた、ノルド辺境伯夫人のお茶会。


「皆様、これ、なんだかお分かりになるかしら?」


ノルド辺境伯夫人は、扇の陰で優越感に満ちた笑みを浮かべながら、テーブルの中央に小箱を置いた。


中には、白く輝く宝石のような玉が鎮座している。


「あら……? 美しい光る石ですこと」


「ふふっ。実はこれ、あの『フェルミエール』の新商品、『フェルミエール・ミラクルマッド・クリスタルスフィア』固形の美容泥パックなんですのよ」


「「「えっ!?」」」


夫人たちの目の色が変わった。


「以前の瓶入りは、領地に持ち帰る途中で馬車の揺れで割れてしまうのが心配で持ち帰るのに悩んだのですけれど……これなら安心ですわ。溶かすと、それはもうお肌がツヤツヤで……オーホッホッホ!」


ノルド辺境伯夫人の見事な「マウント」は、王都の社交界に強烈な爆発を引き起こした。


数日後。王都・高級商業区「白銀通り」。


今までの泥パックの利益で一等地に店を構えたマダム・ゴンザレスの店舗には、貴族の使いの者や夫人たちが殺到していた。


「これが……フェルミエールの新商品『クリスタルスフィア』……!」


「私も欲しい! 明日、領地に帰る時に絶対に持って帰るわ! 五箱包んでちょうだい!」


店員が慌ただしくFのロゴが入ったスライダー巾着袋に商品を包んでいく。彼女たちは全員、元情報屋であるマダムのツテで雇われた、極めて口の堅いプロフェッショナルたちだ。


客がどれだけ探りを入れても、決して愛想笑い以上の情報は漏らさない。

その狂騒を、通りの向かいから苦々しい顔で睨みつけている男たちがいた。


***


「……またフェルミエールか。あのブランド、最近異常な勢いで伸びてるな」


王都商業ギルドの奥、重厚な会合室。


王都の流通を牛耳るルキウス商会の代表をはじめ、美容部門を主力とする有力商人たちが円卓を囲んでいた。


「問題は、得体の知れないフェルミエールが、今度は『固形パック』などという画期的な商品を出してきたという事だ。あれで輸送コストは大幅に下がる筈だが、値段はむしろ高くなっている」


「それでいて、あの客の騒ぎようか。背後に相当な開発力を持った錬金工房でもついているのか?」


ルキウスがテーブルをトントンと叩きながら、忌々しげに息を吐く。


「そして、最近マダム・ゴンザレスがフェルメール領の宿屋の『女将』に就任する契約を結んだという情報が入った。またマダムは、王都にくる時、フェルメール家の別宅に入っていったという目撃情報もある」


「あの没落令嬢のセシリアとそのメイドのアンナも、実際はフェルミエールのエージェントとして動いているようだ。フェルメール家の小さな小汚い家に住んでカモフラージュしているようだがな」


「フェルメールが、フェルミエールではないのか?頭文字も同じ『F』だろう?」


「いや、確かフェルメールのスペルは(Vermeer)。フェルミエールは、(Fermière)だったはずだ……」


もう一人の商人が声を低くした。


「ああ、分からんな。以前マダムの身辺調査もさせたが、さすがは元情報屋だ。完璧な隠蔽で尻尾を掴めなかった」


「ならば直接、フェルメール領に草(隠密)を放つのはどうだ? ……その領地の情報が掴めれば、フェルミエールの正体も分かるはずだ」


ルキウスが口角を歪め、冷酷な商人の顔を見せた。


「もし単なる田舎の泥を利用した小賢しい工房なら、製造法レシピごと安値で買い叩くか、我々の力で潰して市場を独占するまでだ」


「仮にどこかの中堅商会が裏にいたとしても、王都の流通網を盾に強引に『一枚噛ませて』もらおうじゃないか。もちろん、利益の大半はこちらがいただくがな」


有力商人たちが、獲物を前にした獣のように下卑た笑い声を上げる。


「違いありませんな。フェルミエールがどれほどの規模か……まずは我々の支配下に置くため、その腹の底を探りましょう」

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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