第11話 忘れていた「予算」の壁
暴走するカイト。パパは手綱を握れるのか。
執務室で書類仕事に追われていたアルベルトは、扉が勢いよく開く音に顔を上げた。
入ってきたのは、妙に気合の入った様子のゴドーとバルカスだった。
「旦那様! 準備は万端ですぜ! あとは村の野郎どもを動かす許可さえいただければ、今すぐ取りかかれます!」
「俺の方も、鉄輪の試作品は打ち終わった。これで問題なけりゃ、次の分もすぐ量産に取り掛かれるぜ!」
アルベルトはペンを握ったまま、ポカンと口を開けた。
「……待て。何の話だ? 準備? 許可? 二人とも、落ち着いてくれ」
「旦那様、冗談はやめてくだせえ!」
ゴドーが、中を綺麗にくり抜いた丸太の端材を机にドンと置いた。
「坊ちゃんに言われた通り、芯を一本道でブチ抜いてやりましたよ。これを繋いで、あの沼から村まで水を引くんだ!」
バルカスも分厚い鉄輪を机にドンと置き、ニヤリと笑う。
「いやいや、ご冗談を。旦那様が坊ちゃんに図面を持たせて『お使い』に出させたんでしょう? 浮き道の次は水路整備だ、現場への発注をやってこいってな具合にね!」
「……水を引く? カイトが発注……? 一体、何の話をしているんだ!?」
アルベルトは本気で困惑していた。
その顔を見た瞬間、バルカスはハッとした。
(……なんだ? 旦那様、本当に聞いてねえって顔だぞ。……いや、待てよ)
バルカスは持ち前の職人頭で、勝手に合点がいった。
(そうか! 旦那様は坊ちゃんに『技術』は教えたが、発注のゴーサインまでは出していなかったんだ。それを坊ちゃんが待ちきれずに、勝手に図面を持ち出して俺たちのところへ持ってきやがったんだな! ハハッ、いくら天才でも、そこはやっぱり四歳児ってわけだ!)
バルカスが一人で勝手に納得してニヤついている中、アルベルトは二人が差し出した『請求用の木札』を手に取り、その金額を見て目を見開いた。
「な、なんだこの金額は!? 鉄輪の量産費用に、職人の総動員手当……。これじゃ、小規模な橋を架ける以上の予算じゃないか!」
「当たり前でしょう。村の水をどうにかしようってんだ。……まさか旦那様、ここで尻込みするなんて言わねえでしょうな?」
ゴドーが食い下がるが、アルベルトは頭を抱えた。
「……分からん! ちょっと待ってくれ、一度頭を整理させてくれ! カイト! カイトを呼んでくれ! エレナとリーザもだ!」
* * *
しばらくして、何も知らないエレナに手を引かれたカイトが、リーザと一緒に執務室に入ってきた。
「パパ、よんだ?」
カイトは首を傾げ、いつもの「可愛い四歳児」を全力で演じたが、アルベルトの顔はかつてないほど引き攣っていた。
「カイト……。お前、丸太を繋いで村に水を引くつもりなのか? しかも、橋一つ架けられるほどの予算を勝手に動かそうとして……!」
「カイト……これ、あなたが指示したの?」
隣で報告書を見たエレナも絶句している。
(……おっと、これは「可愛い」で押し切れる限界を超えたか)
カイトは一瞬で「遊びの顔」を捨て、すっと背筋を伸ばした。
「どろぬまから、お水をくみに行くこと自体がたいへんなの。おもいし、どろどろになる。お水が村までくれば……みんな、うれしい。うちだって、おみずをくむのが楽になるよ」
それを聞いて、ゴドーがたまらず口を挟んだ。
「旦那様、坊ちゃんの言う通りですぜ! もしこの水道が通れば、村中の女子供が水汲みの地獄から解放される! 俺たち職人が、この知恵に加勢しねえ理由がありやせん!」
「俺もだ。坊ちゃんに『できる?』なんて聞かれりゃ、意地でも通してやりたくなる。……旦那様、これに金を渋るようなお方じゃねえだろ?」
バルカスも同調した。
アルベルトは怒るに怒れず、困惑と驚愕を混ぜたような声で言った。
「やっていることは素晴らしい。だがな、カイト。……物事には『予算』というものがあるんだ」
カイトは、ここで初めて雷に打たれたようにハッとした。
(……しまったァァァッ!! 前世のゼネコン時代なら、まずは施主(親父)に稟議を通して予算を確保してから、下請け(職人)に発注するのが絶対の筋じゃ! だが、前回浮き道を作った時は村人総出のボランティアだったから、そのノリで直接現場に指示を出してしもうた。材料費や人件費の決済ルートを完全にすっ飛ばしておったわ……!)
現場のノリで暴走した元現場監督は、冷や汗を流して俯いた。
「……ごめんなさい。むらのみんなで、やるものだと、おもってた。……パパにおねがいするの、わすれてた」
カイトが殊勝に謝ると、後ろで控えていたリーザがたまらず一歩前に出て、床に膝をついた。
「旦那様、奥様……! 鍛冶場へ案内したのは私です。どうか、坊ちゃまをお叱りにならないでください……!」
必死に頭を下げるリーザを見て、カイトはさらに申し訳なさに苛まれた。
(……おお、リーザ、すまん。お前さんにまで泥をかぶせてしもうたな)
アルベルトは、頭を下げるリーザとうなだれる息子を交互に見て、大きな溜息を吐き出した。
「……分かった。カイト、お前の言う通り、この『水の道』は今のこの村に必要だ。予算は私が責任を持って工面しよう。職人たちには私から正式に発注を出す」
アルベルトは机の上の予算書をまとめると、改めてカイトを真っ直ぐに見つめた。
「ただしカイト、お前が引き起こした騒動だ。現場で最後まで責任を持って見届けろ。分かったか!」
「……はい! パパ、ありがと!」
叱られて少し鼻を赤くしながらも、カイトは力強く返事をした。
その姿を見て、バルカスは独りごちた。
(……なるほどな。技術は教えても、金銭感覚はまだ四歳児。旦那様は、この騒動を通じて『予算の通し方』ってやつを実地で学ばせてるってわけだ。どこまでも隙のねえ英才教育だぜ……!)
こうして、水路整備は正式に領主の事業となった。
一人の四歳児の思いつきは、ついに村を挙げての公共工事へと変わったのだ。
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