第106話 村の総力戦とバッカスの内職
二百人もの大集団が一気に押し寄せた泥靴村は、かつてない規模の熱気と混乱に包まれていた。
裏方となる領主側も、目の回るような忙しさである。
特に領主邸の家事はパンク寸前だった。そこでエレナは今回、新たに工兵隊長ロバートの妻・アメリアに臨時のメイドとして屋敷で働いてもらう手はずを整えた。
当然、娘のマリーも一緒だ。アメリアの仕事中は、屋敷の一角を託児所代わりにして、マリーがミレーヌの遊び相手となって、その様子をアメリアが目の届く範囲で見守っている。
その完璧な連携のおかげで、専属メイドのリーザは、食事の支度や屋敷の掃除に専念することができていた。
アルベルト(パパ)は現場の衛生と安全を守るため、仮設トイレや水場の確保に走り回り、エレナ(ママ)は村の女性たちを総動員して炊き出しの手配を指揮。
さらに仕事終わりの職人たちに向けて、酒や軽食を出す『夜の屋台』のオープン準備までちゃっかりと進めている。
ハルバードから来た優秀な内政官クラークは、怒涛の勢いで消費される資材の「納品スケジュール管理」や進捗報告の確認に忙殺されていた。
そして、騎士たちは要人の護衛としてマンツーマンで張り付き、ベルノー子爵家から派遣されている隠密たちは、工兵隊と組んで村や現場の「見回り」にあたっている。
村の全員が各々の持ち場で限界まで動き回る、総力戦だった。
当然、現場監督であるカイトの目も、すべての現場に届くわけではない。
カイト自身は午前中の粗朶マット編みの状況を確認し終えた後、村から離れた『旧道の凸凹修復工事』の現場へと向かっていた。
――だからこそ、あの狂気の「粗朶マット猛ダッシュレース」が起きてしまったのだ。
もし、「安全第一」を掲げるカイトが、巨大で重い粗朶マットを六人で担いだまま全力疾走するバカどもを見たら、幼児の皮を被った現場監督の逆鱗に触れ、「労災起こす気かァーッ!!」と雷が落ちていただろう。
カイトの目が届かないのをいいことに、南北の男たちは白熱の競争を繰り広げていたのである。
だが、そんな無法地帯がいつまでも続くわけがなかった。
「おいお前ら! ストーップ!! なにマット担いだまま走ってんだ!!」
村内の見回りをしていた工兵隊のサジたちが、血走った目で爆走してくる南北の職人たちを見つけて血相を変えた。
「ああっ!? 邪魔すんな工兵隊! 今、北のモヤシどもを抜き返すところなんだよ!!」
「バカヤロウ! そんな重てぇもん担いで転んだら大ケガじゃ済まねぇぞ! お前ら、監督(カイト親方)にどやされてぇのか!!」
『カイト親方』という絶対的な名前に、ヒートアップしていた南北の職人たちが「ビクッ!」と肩を揺らし、慌ててピタリと足を止める。
「い、いや、別に俺たちは走ってたわけじゃ……」
「ちょっと競歩が早かっただけだ! なぁ?」
「親方が見たら『安全第一ヨシ!』って言いながらブチギレる事案だぞ! 次やったら即刻親方に報告するからな!」
工兵隊にこってりと絞られ、シュンとうなだれるガチムチの男たち。
こうして、カイトのあずかり知らぬところで勃発した狂気のレースは、工兵隊のファインプレーによって未然に労災を防がれ、現場は再び(安全歩行による)爆速の突貫工事へと戻っていくのだった。
***
一方、バッカスはカイトから言われていた無属性のクズ魔石に魔法陣を打つ作業にようやく目処が立ったところだった。
それが出来たとカイトに伝えると、「その魔石を持って門の前にきて欲しい」と言われたので、カイトがいる現場まで歩いて行った。
――時計の針は、ハルバードのエリート魔導師ゼノスが逃亡した、あの日に遡る。
「私は、パシリじゃないんだあぁぁぁぁぁぁっ!!」
遠ざかっていくゼノスの悲痛な叫びをBGMに、カイトはコテンと首を傾げていた。
(ふぉふぉふぉ。なんじゃあいつは、突然叫び出したと思ったら勝手に逃
げ帰ってしもうたぞ。まあよい、エリートの魔法使い様には泥臭い土木作業は退屈じゃったんじゃろうな。しゃーない、重機の心臓部は筋肉メガネに発注するまでじゃ)
カイトはクルッと振り返り、呆然とゼノスを見送っていたバッカスを見上げた。
「ねえねえ、バッカスのおじちゃん! まほうをながしたら、ピクッて うごく『ませき』って、つくれる?」
「あぁ? まあ、魔力を流したらピクッて一瞬跳ねるだけの単純な挙動なら、工房の隅に転がってるクズ魔石でも出来るが……それがどうした?」
「ほんと!? じゃあ、それ『百個』つくって!」
「ひゃっ……!?」
無邪気に放たれた百個という数字に、バッカスがギョッと目を見開く。
「お、おい待て坊主! いくら安いクズ魔石を使うとはいえ、魔法陣の複製はできねぇんだぞ。百個全部に一つ一つ『跳躍』の刻印を手作業で彫らなきゃならねぇんだ! しかもそんなにクズ魔石も持ってねぇ。すぐに取り寄せるったって何日かかるか……」
「だいじょうぶだよ! すぐじゃなくて、おじちゃんの ヒマな時で いいよ! 出来たら おしえてね〜!」
「……ヒマな時でいいのか?」
「うん。できたら、おしえてね。その『百個』の クズませきで おじちゃんが ビックリするような、すっごいのが つくれるんだよ!」
「……何だと?」
バッカスの職人としての、そして研究者としてのプライドと好奇心がピクリと反応する。
「……チッ。 まあ坊主が考えてることだ……面白ぇじゃねぇか。わかったよ、夜の晩酌の合間にでも、チマチマ彫り上げてやる!」
「わーい! ありがと、おじちゃん!」
こうして、エリート魔導師ゼノスが逃亡した泥沼の現場で、バッカスによるクズ魔石百個の内職タイムがひっそりと幕を開けたのだった。
それから伯爵の視察があり、ハルバードから二百人もの大集団が泥靴村に押し寄せるまでの間――バッカスは誰にも知られることなく、毎晩コツコツと魔石に『ピョン』と動くためだけの跳躍の刻印を打ち続けていたのである。
――そして、現在。
幾晩もの晩酌の時間を犠牲にして、ついに百個の刻印を打ち終えたバッカスは、ずっしり重い麻袋を担いでカイトの待つ門の前へと到着した。
「おい坊主! 頼まれてたクズ魔石百個、やっと全部彫り終わったぞ! ゲッソリしたぜ……」
「わーい! バッカスのおじちゃん、おつかれさま!」
黄色いヘルメットを被ったカイトが、パァッと顔を輝かせる。
「じゃあ、ローラー作りをはじめるよー! みんな、あつまってー!」
カイトの号令と共に、いよいよこの世界初となる『魔導振動ローラー』の工事が、その幕を開けようとしていた。
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