④三島由紀夫コンテスト
パニック状態で「切腹します!」と言い出した伊藤くんを先輩の女性スタッフと二人がかりで1時間ほどなだめて店を出た。東京のど真ん中の美容室で泣きながら謝っている金髪の青年をなだめる小柄な女性とパンチパーマの女という構図を外から目にした通行人は何を思ったことだろう。
先輩がご厚意でくれたALANDの白いコットンキャップを被って家路を急いだ。本当はいきつけのバーで推しのバーテンを相手に一杯やろうかと思っていたけれど、状況が大きく変わってしまった。
「先生ただいま帰りました」
「おぉ、早かったな。ん、なんだその髪型は?」三島先生は私があげたお古のスマートフォンをいじっていた。
「入隊希望か?」
と言って先生はニヤついた。このエセボディビルダーめ。追い出してやろうか。
「残念ながら盾の会は女人禁制だ」
「そんなんじゃないですよ。話せば長くなるんですが、要約するとしばらく帽子の欠かせない生活になりました」
「私に『外を出る時にはしっかり変装をしろ』だなんて口酸っぱく言ってきた罰だろうな。まぁでも、家に籠もって執筆に集中できるいい機会じゃないか」
「そうとも言えますね」
うん。確かにその通りだ。
「ところで先生は何をしていたんですか?」
「私か?私はだな、君がくれたこの『スマートフォン』を使ってSNSというのをやっていたんだけどね」
そう言って先生は私にスマホの画面を見せた。
そこにはリングにダウンした相手ボクサー…ではなくて某SNS内に作られたアカウントが映し出されていた。
私はそこに書かれていたアカウント名をなぞるように読んだ
「命…売ります?」
それは先生が書いた小説のタイトルと同じであった。自殺に失敗した青年が「命売ります」という求人を出して次々と来る依頼人に命がけの仕事を依頼されるもなかなか死ねず、逆に依頼人が死んでいってしまうというブラックコメディ。(私の地元もちょこっと出てくるから未読の人は読んでみてね)
「切腹をしたのに生きている私にピッタリじゃないかと思ってね」先生は楽しそうに、まるで出来上がった工作を親に見せる子どものような無邪気な笑顔で私に言った。ヤニで黄ばんだ犬歯が昔近所にいた死にかけのトイプードルを思い出させた
「いいですね。何か飯能はありましたか?」
「ないと思ったらあるんだなそれが」
先生は私からスマホを取ると慣れた手つきでメッセージ画面を開いた。
「全く、暇な人間が多いもんだ。この、SNSというものに書かれているのはどれもこれも横文字ばかりでどうも胡散臭く感じるのだが。まぁ、それはともかく、来るメッセージとしては「一緒に死んで下さい」だの「馬鹿なことを言うな」だの、そんなものばかりでね、なんだか自分の作品が現実になってしまったようだよ」
先生はやれやれと言った様子で必要以上に仕上げられた上腕二頭筋を使って肩をすくめた。
「確かに先生の作品の主人公のところにも似たような便りが届いてましたね」
「時代が変わっても人間というものはあまり変わらんということだな。まぁ、それはともかく、私の元ネタが何なのか気付いた人間からこんな誘いを受けた」
先生はメッセージ画面をスクロールしてあるサイトを開いた
「【三島由紀夫コンテスト】?なんですかこれは」
「なんでも【私のファン】が催した企画らしく、私に関する雑学や問題なんかを出し合っておおいに私の55回忌を楽しもうという集いのようだ」先生は自分のファンが未だにたくさんいることを誇らしげな様子で私に話した。
「しかもこれ明日じゃないですか。面白そうですね。私も行ってみようかな」「そう言ってくれると助かるよ。道案内を頼もうと思っていたんだ。」
「え?」
私は思わずスマホを落としそうになった
「先生、何言ってるんですか?まさか行く気じゃないですよね?」「誘いを受けたんだから行くしかないだろう。それにもう承諾してしまった」
「ちょっと、ちょっとちょっと」私は驚きのあまり、双子の人気お笑い芸人のようなツッコミを入れてしまった。
「ジョーダンはマイケルだけにして下さいよ。普通に考えて下さい、先生のファンイベントに先生本人が出てきたら会場中がパニックになりますよ?それだけじゃない、日本中、いや世界中が大変なことになります。大体、三島由紀夫コンテストに三島由紀夫本人が出るってどういうことですか?鳥人間コンテストに鳥人間が出るようなもんですよ」私はそこまで言ってからこのツッコミはちょっと違うかなと自分で言ってから思った。『ワールドカップに宇宙人が出るようなもんですよ』とかの方がいいかな、いやよくないよくない。むしろ余計分かりづらくなってる。
「なんだいその『鳥人間コンテスト』ってのは?」先生は私の小説を添削していた時の仕事モードの声色で私に言ってきた。
「令和の時代にも見世物小屋があるのか?」
「違いますよ。地上波ゴールデンで2時間も見世物小屋の番組をやるわけないじゃないですか。とにかく、先生がそのイベントに行くのは絶対ダメですって」
「ダメと言われて引き下がるのは男じゃない」
先生は一度簡単には決めたら曲がらない頑固な人間だった。やれやれ。
「それにこれは君のためでもあるんだ。コンテストの詳細を見てみたまへ」
私は言われるがまま画面を下へとスクロールしていった。
「ゆ…優勝賞金100万円!」
「うむ。どうやら出版社のお偉いさん達が絡んでいるらしくてな、君だって生活苦なんだし、これは願ってもないチャンスだろう。私が出れば優勝間違いなしだ。なんといったって私は三島由紀夫本人なんだからね」
先生は右手をグーにして鉄板のように引き締まった胸板をポンと叩いた。
確かに、そろそろ貯金も底をつきそうだったし、ここは一つ先生に出場してもらって生活費を稼いでもらおう。
「分かりました先生。ただし一つ条件が」
「ん?なんだね?」




