13.異常事態
ローゼンクロイツァー帝国、某所、地方都市近郊の森。
現地に到着したディアブロとスターの探索は難航していた。
そもそも探索には向かない二人である。天稟と権能によるごり押しと火力特化の魔道士。それぞれ前衛と後衛として戦力としては頼もしいがそれだけである。どちらも基本方針は見敵必殺、器用さに欠けた。
「これさ、いたとしても見つかんなくね?」
「炙り出しができれば楽だったのですが、調査を専門とした狩人を連れてくるべきでしたか」
堪らず愚痴ったディアブロに、物騒なことを呟くスター。今まではなんだかんだとうまくいっており、ディアブロが民間人と接触するのを避けるため苦手への対策は疎かだった。
そもそも二人は『秘奥騎士』に登用された実力者だ。魔道士の基礎技術である霊感による魔力感知で、探索は事足りるのが通常なのである。先の鬼哭獅子の発見に手間取ったのは、魔力を隠蔽するほどの狡猾さがあったことと初の遭遇であったことに起因する。
今回は、まず、ただの飛竜であれば発見は容易だ。この森は『魔境』ではないので魔獣種の反応は目立つ。さらに、飛竜に魔力を隠蔽するような狡猾さはないのだから。
そして、妖竜であったとしても余程の技巧がなければ隠蔽しきることはできない。魔王階級の嗅覚と導師階級の視覚、格上である二人を同時に騙せるはずもない。できるとすれば、それはその個体が長く生きていることを示し、目撃情報があること自体がおかしくなる。
もちろん、範囲限界はある。運が悪ければ、広大な森での探索で目標を捕捉できないのは少なくない事態だ。想定外に時間が掛かっていることを愚痴っても、探索そのものをやめないのは時間が解決することだと認識しているからではあった。
二人にとって異常事態ではなく、偶発的な遅れに過ぎない。想定外ではあっても、想像外ではない。
だが状況というのは、第三者の手によって容易に変化するものだ。二人の認識が正しいのか否か、それが分かる前に異変は起こった。
「なんだこの匂い?」
「どうかしましたか?」
「匂わねぇのか?だが、魔力な感じは……ぐっ!?」
妙な匂いをディアブロだけが感じ取った。
それは、霊感が伝える魔力とは別もの、形而下のそれだったが、スターは感じ取れていなかった。
正体を探ろうと深く息を吸ったディアブロが、胸を両手で抑え込んだ。
「どうしたのです?毒ですか?」
「近寄るな!拘束しろ!早く俺を拘束しろ!」
「!……完全拘束!」
澄まし顔ながら気をつかうような言葉とともに近寄ろうとしたスターを、ディアブロは強く制止した。さらに、『貪食の縛鎖』の起動を自ら促した。
スターの宣言に従って縛めの秘宝は正常に起動した。
最悪の事態を免れたことに、スターが瞬きをする。
その一瞬で、彼女の視線の先に現れたのは、銀髪の青年だ。
「モース卿……貴方の仕業ですか」
「その通りだ、スター卿。その男が人狼であることは今しがた確認が取れた。邪魔立てするならば、容赦はしない」
モースは、既に歪な十字剣を握っていた。
「後学のために伺いたいのですが、これは毒ですか?」
顔を歪め言葉を発さないディアブロを指して、スターは問い掛けた。
「いや、魔寄せの香だ。苦しんでいるのは、その男が擬態ではなく抵抗しているからだろう。人間であるうちに介錯してるやることもまた慈悲だ」
「おいおい、勝手なこと言ってんじゃねぇよ。誰が殺されてなんぞやるか」
「その言葉は、本当に貴様のモノか?それともその内に巣食う悪魔のモノか?区別などつかないのだ。貴様の意思など関係ない」
「ちっ、狂人め」
自身の生死の話にディアブロが悪態を吐く。なれど、それは死神の名を与えられた男には届かない。
「この男の活用は皇帝陛下がお認めになった事由。貴方の行為は叛逆と見做されてもおかしくはないのですよ?」
「今の時勢で、帝国は私を手放せまい。それに魔寄せの香には興奮作用もある。最低限の言い訳は立つようにしてあるとも」
「はぁ、言葉での解決は困難ですか。戦力確保のためとはいえ、外部からの登用も考えものですね。まぁ、私の考えるべきことではありませんが」
淡々と忠誠心に問い掛けるスターだったが、モースという男は『聖夜会』からの出向者だ。利害が一致しているとはいえ、そのような説得では応じない。
「何故そこまで渋る?スター卿、貴女がその男を護る理由などないはずだが?」
「御自分で仰っているではないですか?今の時勢で、帝国は戦力を手放すことなどできないのです。そうでしょう?」
「なるほど。天晴れな忠誠心だ。しかし、私も引くわけにはいかない。一匹でも見逃せば同志たちと顔を合わせることも憚られるのだ」
睨み合う両者。いつ戦端が開かれたとしてもおかしくはない。
しかし、空が翳った。
「おやおや、お困りかな?可憐なお姉さん。僕が助けてあげようか?」
場に不釣り合いな幼い声が、ませた台詞を紡ぎ出す。
『秘奥騎士』たちの視線が一斉に空を見上げた。