12.夜魔狩り
ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、魔法街、狩人ギルド、応接室。
連日の仕事で、すっかりと新たな日常となったある日のこと。
いつものようにスターの姿があった。
「ディアブロ卿をお連れしました」
ノックの後に、ギルドマスターが入室した。ディアブロも後に続く。
「?あなたも忙しいでしょうに、本日は如何なされたので?」
ギルドマスターの登場に疑問を呈するスター。
初日以来、ギルドでの対応は職員が請け負っていた。独自の裁量権を有する皇帝直属の武力である『秘奥騎士』への対応は慎重に慎重を重ねる必要があるが、だからといって魔術結社の下部組織として実状は中間管理職の極みのようなギルドマスターは常に多忙である。礼を失する対応というわけでもなく、至極当然のことであり、独立機関故に御機嫌伺いをしたところで権勢には繋がらない。
「いえいえ、特別なことは何も。ただ、珍しく時間が空きましたので、停滞していた依頼の遂行に謝意を示そうと思いまして」
「なるほど?」
とはいえ、ギルドマスター当人はそのように答えた。義理堅い者ならば、そういうこともあるだろう。一先ずは、スターも言葉のままに受け取るほかにない。
「スター卿、ディアブロ卿の御協力に改めて感謝致します」
スターと向き合う位置に立ったギルドマスターは、そのように改まって頭を下げた。
「我々は、帝国の魔道士として当然のことをしたまでのこと。頭を下げる必要はありません。さぁ、お掛けになってください。仕事の話をしましょう」
「はい、では失礼します」
スターの淡々とした言葉に、ギルドマスターもあっさりと頭を上げて腰掛けた。
「さて、本日、お願いする依頼ですが、こちらは最近になっての代物です。依頼内容は、地方都市近くの森の探索、魔獣種を発見した場合の処理となっています」
「ふむ、停滞しているわけでもないのに、こちらに回すのにはそれなりの理由があるのですね?」
「はい、依頼のあった地方都市は、先日、お二人が討滅した妖竜の遭遇地に近く、また、依頼のきっかけとなった目撃情報が飛竜に似た影とのことで。連日のお二人のご活躍により、優先度の高いものは粗方、片づいた折のこの依頼。ただの飛竜であれば問題ありませんが、万が一があればと直感してしまった次第です」
「なるほど。間の良いときにあった不明瞭な依頼ですか」
飛竜とは、前肢が皮膜となった蜥蜴に似た魔獣種で、亜竜の一種だ。胴体だけであれば、人類種よりも僅かに大きい程度であるが、大きく広がる翼や長い尻尾により小屋ほどの大きさの印象を持つ。翼で実際に飛行することができるが、攻撃の手段は爪牙や尻尾のみで必ず接近してくるため、獣害指定の中でも中間程度の危険性とされている。
そんな飛竜は、妖竜の受肉元だ。そのため、遠目に見ればよく似ている。
ギルドマスターの危惧するところは、そこにあった。獣害指定を想定して狩人を派遣し、実際には受肉悪魔がいる。その場合、まず魔道士ではない狩人は生き残れない。
「どうでしょうか、いやはや、私の考え過ぎでしたかな」
「いえ、先日の妖竜も不意の遭遇でした。決して、低い可能性ではありません。こちらで対応致しましょう」
そう言ってスターが席を立つ。
ギルドマスターもまた立ち上がり、初日のように見送った。
「……御協力できるのはここまでです」
発着場に一人佇んでいるだけのはずのギルドマスターが言った。
「感謝する」
そこに現れたのは、銀髪の青年だった。黒衣を纏う佇まいは戦士のそれ。背には、十字架のような歪な形状の長剣がある。
「ディアブロ卿は問題を起こしておりません。踏み留まっては如何ですか?」
「笑止。人狼は害悪だ。即刻、首を断ち斬って浄化しなければならないものだ。誰もが健やかに過ごすことができる夜を目指すならば、我らは冷徹であらねばならない。夜魔狩りとはそう言うものだ。あれの振舞いが、抵抗か擬態かなど関係ない。悪であるならば、斬るのみだ」
柔和な笑みを浮かべて告げたギルドマスターに、青年は淡々とそう言った。
夜魔狩り。特に受肉した死霊や不死を求め死霊に成り果てた死霊派の禁術師、不死者の討伐、あるいは、その実行者を指す言葉だ。死霊は光を嫌い夜間に活動するため、夜魔とも呼ばれてきたことに由来する。
さらに、現在では悪魔術師なども、悪意の蠢動は夜間に活発化するという世間のイメージの元に含まれている。
青年は、その夜魔狩りを専門とする魔術結社の構成員だった。
ソロモン教聖霊派『聖夜会』。夜魔の被害に遭い、復讐鬼と化した武闘派魔道士が数多く所属する過激派魔術結社だ。
「そうですか。所詮、私は凡人です。あなたの正義が言葉で揺らがないというのなら、止める術などありません。しかし、善悪など所詮、個人の物差しです。あなたにとって何が悪なのか、今一度、自問自答することをお勧めしましょう」
「……私の悪は、人類種への害悪だ。そして、あれは禁術師。紛うことなき害悪だ。そうだろう?」
ギルドマスターは曖昧に微笑んだ。
「さて、『冥府の法には特例がある』とだけ言っておきましょう」
「……気は済んだか?制止したという事実が必要だったんだろう?」
「えぇ、お付き合い頂きありがとうございます。御武運を、モース卿」
「安心しろ。勝つのは常に正義の側だ」
そう言って、青年。『秘奥騎士』の一人、『死神』は背に魔術で蒼く輝く翼を喚び出して飛び去っていった。




