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セレスティーヌの回想1

本日4話目の更新です。

 私が初めてレナート様を見た時、美しい神様か天使様が私を迎えに来てくださったのかと思った。魔術師団の拠点を襲って来たケルベロスの群れの一頭が、唸り声を上げて目の前で鋭い牙の覗く口を開いた時、私はもう駄目だと悟っていたから。


 死ぬ前には走馬灯が見えるというけれど、本当にそうなのだと私はその時初めて知った。優しい両親と過ごした幼少期の記憶や、侍女や友人と笑い合った時間の映像が妙にはっきりと色付いて、まるでスローモーションのように私の眼前に流れた。恐怖に竦む身体を動かせずに、これで最期なのだと瞳を閉じようとした時、冷たい風が頬を撫でたかと思うと、私は力強い腕に抱きとめられていた。


 腕の主を見上げると、神々しいほど美しい青年の顔が間近に見えた。もう私はあの世にいるのだろうかと、ぼんやりと思いながら視線を前に向けると、氷の刃に貫かれて地面に崩れ落ちていくケルベロスの姿が見えた。


(あのケルベロスは、この方の魔法で……?)


 彼が放った氷魔法がケルベロスを一撃で仕留めたのだということが、私にもようやく掴めてきた。目の前で見た彼の氷魔法は、とても鮮烈で。私は一瞬で、彼と彼の放った魔法に心を奪われていた。

 

 どうやら助かったようだと我に返った私が、身体に残る恐怖に小さく震え出した時、彼は私を腕に抱いたままで尋ねた。


「大丈夫か、セレスティーヌ?」


 淡々とした表情で紡がれた彼の言葉だったけれど、彼は私の名前を知っていたのかと、驚くほどに胸が跳ねた自分がいた。どこか夢見心地で彼を見上げた私は、頬に血が上るのを感じながら頷くことしかできなかった。


 水魔法を扱う第二魔術師団の中でも、一際優れた魔法の使い手で、氷魔法すら自在に操るというレナート様の名前は幾度も耳にしたことはあったけれど、彼と直接話すのはそれが初めてだった。

 それから、私は魔術師団の中でレナート様の姿を探すようになった。彼の姿を見付けると、つい目で追ってしまう。レナート様とは意外に目が合うことも多く、私はその度に天にも昇るような気持ちになった。


 どうしてももう一度レナート様とお話ししたくて、勇気を出してお礼がしたいと話し掛けたら、彼は天国のように美しい花畑に誘ってくださって。花畑で彼と過ごした時間は、言葉に言い表せないほどに幸せだった。

 それから、私は彼と一緒に過ごすことが増えるようになった。とりたてて優れた魔法の腕がある訳でもない私を、彼はどうやら彼の特別として扱ってくれているようだとわかり、私は自分の日常にそんな奇跡が起こったことが、信じられないような気持ちでいた。


 一見、冷たく見えるほどに表情が変わらないレナート様だったけれど、彼との時間を重ねるうちに、ほんの少しずつ、彼の感情の動きが、微かな彼の表情の変化からわかるようになってきた。その外観に反して、レナート様は心の温かい方だった。ふとした瞬間に感じられる気遣いが、とても優しい。

 私は彼と過ごすほどに、どうしようもないほど彼に惹かれていった。けれど、彼は時折、どこか寂しげな、心を閉ざしたような表情を浮かべることもあった。彼の不幸な生い立ちを耳にした私は、少しでも彼の心の傷を癒せたらと思うようにもなっていた。


 でも、レナート様はどこか、本当の意味で私に近付くことを避けているようにも見えた。彼と重ねた時間は次第に長くなってきているというのに、私に触れようともしなければ、愛称で呼んでもくださらない。女性に触れると発疹が出るという彼の体質のことは聞いていたし、愛称でなくとも名前を呼んでいただけるだけでも十分だと、私は自分にそう言い聞かせていた。


 彼が私へと贈ってくださったものは、私の宝物になった。初めて一緒に行った星祭りでは、アメジストのついた綺麗な星型の飾りを買ってくださって、私はいつもそれを鞄に付けていた。鞄に輝くその飾りを見る度、レナート様を思い出して私の胸は温まった。何かお返しがしたくて、私も彼にいくつか贈り物をしたけれど、それらはいずれも彼が使っている様子はなかった。

 彼が私の贈ったものを喜んでくれたのかもわからず、寂しいというのが本音ではあったけれど、自分から勝手に贈ったものなのだからと、私はそんな自分の寂しさに気付かないふりをした。レナート様は、私の命を助けてくださった方。そんな彼に私が多くを望むことなど、おこがましいと思っていた。


 けれど、一つだけ、彼が明らかに喜んでくれた様子だったものがあった。それは、私が聖水に回復魔法を込めて作った回復薬だった。


「俺は、温かな君の魔力が込められた回復魔法が一番好きだ。回復薬を作ってくれて、ありがとう」


(あ、今、レナート様の口角が少し上がったわ)


 私の魔力では完全な回復薬を作るのが難しくて、どうしても仄かに虹の七色のどれかに寄ってしまったのだけれど、それでも、私には、回復薬を受け取ったレナート様が嬉しそうにしてくださったように見えた。レナート様が魔物討伐の遠征に赴く度に、私は彼の無事を祈りながら作った回復薬を手渡すようになり、彼は、毎回それを受け取ってくれた。私にとって、回復薬を作るための魔力はかなり身を削るものだったけれど、少しでもレナート様のためになるならと思うと、それすら嬉しかった。


 レナート様が第二魔術師団の副団長に昇進して間もなく、彼は私に婚約を申し入れてくださって、私は涙が出るほど嬉しかった。彼の気持ちがどこにあるのか、不安になることも多かったけれど、私は彼に選んでいただけたのだと、まるで夢を見ているような心地だった。


 ……婚約したら、レナート様の距離ももっと縮まるのではないかと、そう期待していた。けれど、現実は何も変わらなかった。未だに私に触れることも、愛称で呼んでくださることもないレナート様の姿に、私の胸の中の不安は膨らんでいった。


――レナート様は、彼のことが大好きな私に同情してくださっただけなのではないかしら。私は、彼にとって本当はご迷惑なのでは?


 彼の気持ちが本当は私にないのなら、いっそ婚約の解消をお願いした方がよいのではないかと、そう思い詰めたことも幾度かあったけれど、結局できなかった。やっぱり彼が好きだったし、彼が時々見せる優しさに、つい期待してしまう自分もいたからだった。

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