後編
ゆっくり目を開ける。
私はベットの上にいた。
海の音が聞こえる。
虫の音が聞こえる。
まるで昔に戻ってしまったような静けさを感じた。
私はゆっくり体を起こし、彼の姿を探すが見当たらない。
ふとテーブルの上に海風に吹かれなびいている一枚の紙を見つけた。
重い体を起こし、テーブルへと向かう。
テーブルの上には慣れない日本語で
「ちょっとでかけてくるよ、かならずもどるから」
とメモがあった。
私はメモを握りしめ、ただただ窓から見える夕日を眺めていた。
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彼女が倒れた。
あの魔力はいったいなんだったんだ。
彼女をベットへ運び、寝ている彼女の唇へキスをおとした。
「僕が君を助けるから・・・」
この世界では魔力を使えないと鯰は言っていたが、僕はこの5年間でこの世界にあう魔力の使い方を身に付けていた。
すぐさま僕は海へと飛び込んだ。
僕は岩のトンネルへと向かうため、魔術を展開する。
ゆっくりとすべての魔力を練りこみ発動させた。
バッサーン
大きな音を立て彼は海から消えてしまった。
真っ暗な視界の中僕は前に必死に前へ進む。
波が僕の行く手を阻むように襲いかかってきたが、
僕はその波を叩き潰し、前へ前へと突き進んでいった。
見覚えのある光が見えてきた。僕が異世界に渡ったときの光だ。
光と水全身浴び、押し戻されそうな波の中を意識を手放さないように耐え続けた。
やがて波が消え、視界が広がる・・・
ついに僕はトンネルへとたどりつくことができた。
暗い水の底で、ひっそりとたたずむ岩は最初にみた時と変わらず
まるで時間がとまっているような静けさだった。
異界の番人はどこだ・・・辺りを見渡すが見当たらない。
「異界の番人よ どこにいる!」
シーンと静まり返ったこの空間で、僕は拳を握りしめ立ち尽くした。
「呼んだかぁ」
突然目の前に鯰が現れた。
鯰は僕の顔を確認した後、驚いた様子をみせ
どうしてまだいきているんだ・・・
と小さく呟いた。
「今のはどうゆう意味だ!」
僕は鯰持ち上げて鯰の金色の眼を見据えた。
鯰は焦ったような顔をして僕の手から必死に逃れようとしたが、
僕はそれを許さず強く鯰を締め付けた。
観念した鯰は大人しくなったかと思うとゆっくりと語りだした。
実は・・・お前の国と異世界では時間の流れが違うんだ。
お前のいた世界での1年は異世界の半月。
単純に計算して・・・3年間、異世界でお前が生きると72年の生命力が必要だと言うことだ。
お前の寿命がいくつまでかは知らないが、3年もすれば普通生命力がつき死ぬはずなんだが・・・
どうしてお前はなぜいきているんだ?
どうやって死なずに・・・?
異界の番をしている俺が世界の流れを間違うはずがない。
おまえが5年も生きていられるはずがないんだ。
鯰は静かに俺の目をじっと見据えた。
鯰の金色の瞳が強く輝いた。
「お前・・・異界の者の生命力を吸収しているな。お前から感じる魔力にあきらかに異物が混じりこんでいる。」
僕が異界の生命力を?
何を言ってるんだ?
「あぁ、だからお前は5年も生きていられたのか」
目の前が真っ暗になる。
まさか・・まさか・・・そんな・・・
倒れる直前、彼女の周りに渦巻いていた魔力は僕のものだったのか。
僕が彼女の生きる力を吸収していたなんて、そんな
「これはまったくの想定外だな・・・」
鯰は困ったように水中をウロウロしブツブツと何かを言っていた。
(あの世界では魔術は使えないはずだったんだが、こいつは魔術を使ってここにきた。
いったい何が起こっているんだ・・・困った、困った・・・こんなはずじゃなかったんだが・・・約2年分、彼の世界での24年分の生命力を人間から奪ったことになる。きっと奪われた人間はそろそろ死んでしまうだろう・・)
「生命力何て物は簡単には吸収できないはずなんだがな・・・うーむ、可能性としては・・・ずっとお前のそばにいた人間から生命力を吸収し続けていたんだろう。只、お前の魔力に耐性があり、お前が一緒に居たいと望み相手も望んだ人間からならもしかしたら・・・」
その言葉を受けて鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・・・
僕がマリーの生命力を奪っていただなんて。
絶望の中鯰と目があった。
「表情をみる限りお前の側にずっといた、異世界人がいたのだな・・・」
鯰はまたウロウロと水中をさまよった後、砂の中へ消えていった。
そんな・・・嘘だといってくれ。
僕が強く側に居たいと、ずっと一緒に生きていたいと願ってしまったから?
どうすればいい、君の人生を奪ってしまった僕はどうすれば・・・
砂から出てきた鯰は金色の目を輝かせながら、僕の耳元へやってきて呟いた。
「その人間をお前の元の世界へ移すか・・・?」
僕は顔をあげ、鯰を見る。
そんなことができるのか?
「その異世界の者が今の世界で数年の生命力でもお前の世界に移れば数十年は生きられる。」
俺はその言葉を聞きすぐに思考を戻し考えた。
彼女が生きていられるなら、彼女が死なずに済むのなら・・・
僕は彼女を僕の生まれた世界へ送ろう。
こんなことを勝手に決める僕を彼女はきっと許さないだろう。
それでも僕は彼女には生きていてほしいと願う。
本当は僕の隣でずっと生きていてほしいが、それはもう叶わない願いだから。
移す前に彼女があの世界で無事に暮らせるようにしなければ、
鯰の言葉から希望が見えた僕は強い決意を胸に秘め、その希望の光へ縋りつくように僕は鯰を捕まえた。
「彼女が無事に安心して生活できるように体制を整えたい。一度僕を水の都へ戻してくれ」
「それはできないお願いだな、最初に話しただろう・・・一度渡ればもう戻ることはできないと。
それにな、戻れたとしてもお前は水の都に入った時点で消滅しちまう、よく考えろお前の世界では120年たっているんだぞ。お前の居場所はあの世界にはもうないんだ。」
僕はまた暗闇の中へと落ちていく・・・
ダメだ、異世界人など見たことがない彼らはきっと彼女を異端者と追い出すだろう。王宮に突然でてきた彼女が罪人になる可能性だってある。
彼女が安心し、生活の保障がなければ彼女を異界に送ることなんて無理だ・・・
僕は力なく腕を下し、鯰を開放した。
僕の周りをクルクルと鯰は回る。
「方法がないことはないが・・・」
鯰は難しい顔をしていた。
「教えてくれ」
「俺の力を一時的にお前に渡せばお前が生きていたい時間に戻せるが・・・
俺の力を渡すって事はお前が死んだ後、私の一部になるってことなんだ。わかりやすく言うとだな・・・死んだ後生まれ変われずここで一生を暮らすこととなる。」
僕はなんの問題もないと、すぐに鯰の魔力を僕に移すようにお願いした。
鯰は難しい顔のまま、契約の魔術を暗い砂の上に書いていった。
「本当にいいのか?」
僕は強くうなずく。
「早く!」
(我の魔力を移し、死後我の一部となる契約をここへ)
鯰がそうつぶやくと水が渦巻き僕を包んでいった。
水の渦に飲み込まれ、僕の意識が朦朧としてくる中、水の切れ間から鯰が飛び出してきた。
「砂時計を渡しておく、お前がいられる時間は多くない。
この砂が落ちきると時間切れだ。
お前は強制的にここへ戻ってくる。」
水に取り込まれるような感覚が僕を襲い、僕の意識は途切れた。
鯰の力の一部をもらい受け、
次に目がさめたとき、最初に落ちた池の庭に寝ていた。
あのとき拾った木刀はない。
懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込み、僕の目から涙がおちる。
魔力が僕の中を満たし、使い慣れた魔術を展開し現状を把握した。
どうやら僕は池に落ちてから5年後にきたようだった。
自分の姿を隠し、こっそりと王宮の通路を歩く。
懐かしいこの風景に、僕は自然と背筋を伸ばす。
僕はまっすぐ王宮の図書館ヘと向かった。
図書館のドアを開けると昔は毎日知っていたはずの
懐かしい本の香りが私の鼻をくすぐった。
入ってすぐにある本棚に私は特別な魔術を展開する。
外に出回っている複製全ての魔術書に記載するため、
ゆっくりと慎重に・・・
(異世界に戻ることは不可)
と魔力を込めながら記載していく。
彼女が元の世界へ戻ろうとしないように、戻ってしまえば死んでしまうから・・・
この世界での魔術書は絶対的な意味もつため、魔術書に書いてあることを覆そうとするものはかぎりなく少ない。なぜならこの魔術書に記載できるのは、王族だけだから。
まだ3分の2ほど砂が残る砂時計を確認し、私は急いで弟の部屋へと向かう。
思っていたより魔術に時間がかかってしまったな。
弟の部屋へと忍び込み、僕は姿を現した。
「兄上・・・・」
弟は成長していた。
あんなに小さかった弟が僕と同じ身長となっていった。
声も子供特有の高く響く声ではなく、低く大人の男の声が聞こえた。
視線を向けると弟の表情はあどけなさが抜け大人びていた。
「兄上!!!生きておられたんですね!!!」
微笑みを浮かべ答える。
「大きくなったな、お前に全ての重責をかけてしまい申し訳ない。黙っていなくなってすまなかった。」
「そんな事はいいのです兄上。戻ってきたその事実が私はとても嬉しい」
「すまない、戻ってきたわけではないのだ。お前に伝えたい事がある。」
私と視線があった弟は、何かをいいたそうにしながらも私の言葉に耳を傾けた。
「後何十年後、何百年後か後に異界の者が私の部屋の庭にある池からやってくる。
そこからきた人間を丁重におもてなししてくれ。
どんな理由をつけてもいい。
王族の伝承としてでも重要なことだと、
伝えていってくれ・・・頼む。
そして必ずその異世界の者に元の世界には戻れない旨を伝えるてほしい。」
「兄上・・・何を言ってるのですか」
俺は落ちていく砂時計を横目でみる。
「私には時間がないんだ、頼む誓約してくれ。」
「兄上!!!」
弟が私の腕を掴もうと手を伸ばしたが、
その手は私の腕をすり抜けた。
驚き、何かを察した弟は私に視線を向けた。
「頼む」
砂時計に視線を落とすと砂は3分の2まで落ちてしまっていた。
「わかりました。兄上・・・
僕はもう兄上に会うことはできないのでしょうか」
「すまない。お前ならきっと立派な王になるだろう、僕にはできなかったこの世界の繁栄を願う。王、ライトよ。」
弟は胸に手をあてきれいな礼をとった。
僕は弟を残し、急ぎ足で部屋を後にした。
今できそうな事は全てやった。
これで彼女が来ても受け入れられるだろう。
砂時計の砂は残り3分の1となっていた。
最後に私が訪れたのは・・・
「父上、母上」
「グラン・・・お前生きていたのか!」
「グラン!!!心配していたのですよ!」
両親は泣きながら僕を抱き締めようとこちらへ来るが
僕はそれを静止し、僕は最後の挨拶をする。
「父上、母上すみません。もうここには戻れない私を許して下さい。」
砂時計の砂が流れ落ちていく
「私は大事な人のために国を出ます。今までこんな私を育ててくれ、生んでくれてありがとうございました。」
王族の礼を取り母と父を見つめた。
自分の体が消えていく。
父と母は私に何かを言っているようだが、もう声も聞こえない。
泣きながら、僕に駆け寄ってくる両親の姿が霞んでいく。
さようなら 出ない声で僕はそうつぶやいた。
目を覚ましたとき僕はまた水の底にいた。
体が熱い・・・鯰の魔力が抜けて行くのを感じた。
「戻ったか、異界の者を世界に移すには色々と準備必要だ。待たせてしまって悪いが準備が、できたらこの鈴で合図を出す。鈴の音がなったら人間を海の中へ連れてこい」
手渡された鈴は彼女の瞳と同じ漆黒の色をしていた。
僕はそれを握りしめる。無くさないように。
「早く異界へ戻ってあげな、きっと寂しがっているぞ。」
「もし彼女が渡った後、異界を飛び越えようとしたら必ずここへ連れてきて止めてほしい。彼女に僕の魔力を渡すつもりだから追跡もしやすいだろう。」
鯰はわかった、と答えた。
水のうずが僕を包む。
次に会うときは俺の一部になっているな。
悲しそうに鯰は笑うと姿がかすんでいった。
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日本に戻ると1ヶ月たっていた。
彼女は僕の顔をみるなり泣きながら怒りだした。
どこに行ってたの?
あんな一言のメモで1ヶ月はない!!
どれだけ心配したと思ってるの!!!
バカァ!!!!
もう帰ってこないのかと思った・・・
怒っている彼女もかわいくて、愛しくて、俺は優しく彼女の目元にキスを落とした。
「ごめんね」
彼女は驚いた顔をした後、僕の顔をみてリンゴのように真っ赤になった。
彼女の手が僕を捕まえる。
「もうっ!ずるい・・・」
顔を胸に埋めながらそういった彼女を抱き締める。
漆黒の手触りの良い彼女の髪を僕は優しく撫でていた。
ずっと側に居たいのに
君の隣は僕の場所でありたいのに
君を誰よりも幸せにできるはずだったのに
ずっと一緒にいると、約束したのに
君はこんな僕を許してくれるだろうか。
ある蒸し暑い夏の日の夕日が沈む頃、
あの鈴の音が耳に響いた。
あぁとうとう来てしまったか・・・
僕はリビングで寛いでいた彼女へ声をかけた。
「マリー海に泳ぎに行かないか」
今から!?と彼女は驚いた顔をし少し考えた後、
水着を探してくると言って部屋を出ていった。
勝手な事をする僕を彼女は許してくれるだろうか。
僕はかけていく彼女の背中を見つめ続けた。
リンリンリン
海へでると鈴の音は大きくなった。
彼女には聞こえていないようだ。
別れの時間が刻一刻と迫ってくる。
僕は彼女の腕を引き寄せ、自分のの胸にとじ込めた。
離したくない、離れたくない、君と共に生きていたかった。
抱き締める彼女の背中に気づかれないように慎重に魔術を書いていく。
僕の魔力を君にあげる。
きっと向こうの世界で役にたつはずだから、
さようなら 僕の愛しい人。
最初で最後のわがままを、僕を忘れないで
「僕を・・・・」
彼女の後ろには大きな波がせまっていた。
僕は彼女を離し海へと押し出す。
彼女の驚いた顔が目にはいった。
バッサーン
さようなら、愛しい人。
幸せになって。
僕の体は夕陽が沈むのと同時に闇の中へと消えていった。
彼ら二人を飲み込んだ後の海は、ただただ静かに波打っていた。
読んでいただきありがとうございます。
次は異世界に行った彼女と魔導士の話を書こうと思います!