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賀茂光栄 時空を駆ける  作者: 屯田 水鏡
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一、賀茂光栄(かものみつよし)

一、賀茂光栄かものみつよし


賀茂光栄かものみつよしは平安の世を生きた陰陽師おんみょうじである。

「陰陽師」とは「陰陽五行説おんようごぎょうせつ」に基づき、吉と凶、あるいは災いと幸せの訪れを占い、場合によっては、修業によって体得した「陰陽道おんようどう」という最先端科学を駆使した秘術をもって人々の運命を切り開いて幸せをもたらし、超能力者として敬われ、且つ、恐れられた存在である。

「陰陽五行説」とは、「陰と陽」の二つの気が天と地を循環して万物を生じ、その結果、天に、日月星辰が生まれ、地上には木、火、土、金、水の五元素が生じて、森羅万象は、その循環、輪廻という作用で成り立っているとする考えである。

ところで、光栄は、何カ月も自分の部屋に閉じこもって、新しい技の工夫に余念がなく、まさに、寝食を忘れて没頭していた。

怨霊おんりょう魑魅魍魎ちみもうりょうへの対処については、これまで習得した陰陽道の技、具体的には、生霊いきりょうの強い遺恨や死霊しりょうによる執拗な「崇り」から身を守る、身固めの呪法や身に降りかかった邪気を人形に移して悪霊から逃れるため、形代かたしろを川に流す川祓かわはらえの法などの儀式を施して穢れや恨みを浄化した。

さらに、人の血を啜り、肉を食らうという、百鬼が夜の都の暗闇を闊歩する、いわゆる、百鬼夜行に運悪く出くわした時には、鬼どもから身を隠す、遁甲とんこうの方術をもって彼らをやり過ごして、依頼者の命を救ったことは数えきれない。

光栄に依頼するのは多くは皇族や公卿くぎょうなどの上級貴族であるが、彼らは常に政争に明け暮れ、競争相手を打ち滅ぼして権力を維持しているため、当然の帰結として多くのうらみを買った。

そして、それらの一つ一つが、根深く、晴らすことの難しい恨みであった。

政争において彼らが、相手を倒す方法は、非情かつ陰惨な手段であったため、敗者の怨霊おんりょうの恨みは殊のほか強く、勝利した貴族たちを悩ませ、怨霊に取り殺されることがしばしばあった。

例えば、右大臣にまで上り詰めた菅原道真の権勢が日々強くなることを脅威と感じた藤原氏は、左大臣、藤原時平を中心に画策し、遂には、醍醐天皇の廃位を企てたとして、突然、道真を大宰権帥として九州大宰府に左遷した。

それは、左遷というよりも流罪に等しかった。

道真は失意と貧困のうちに死んだ。

その場所が、今日の太宰府天満宮である。

暫くすると、道真の霊は怨霊となって京の都に災いをもたらした。

道真の左遷に関わった貴族が宮中で相次いで落雷によって横死した。

また、中心人物であった時平も間もなく病死した。

天皇も側近の貴族も菅原道真の怨霊の激しさに恐れおののき、ついには、都の北に天満宮を創建してその霊を慰めた。

北野天満宮がそれである。

このようなことから、貴族は先を争って、自らが行った行為の報いと怨霊の崇りから逃れるため、評判の良い陰陽師に祓の儀式を依頼した。

安倍清明あべのきよあきと伴に当代随一を争う陰陽師として評判の高い賀茂光栄は依頼の多くを引き受けて、悉く成功裏に治めた。

身に覚えのない恨みによって呪われる者の命を救ったのは勿論であるが、例え讒言ざんげんや悪巧みによって競争相手を陥れた卑怯極まりない貴族をも救った。

彼の名声はいよいよ高く、同時に、その謝礼も高額であった。

彼が蓄えた財は当分の間、加茂一族を養っていくには充分過ぎるほどであった。


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