089 手島祐治の脱出⑤
「この島を脱出したいと思わないか?」
41日目。
安岡たちが死んだ2日後となるこの日、手島は人柱計画第2弾を始めた。
今回は8人の男子が脱出に挑む。
船は前回と同じ高級クルーザーだ。
(このクルーザーに目を付けるとは、やはり藤堂はよく考えている)
船の操縦は非常に難しい。
理想は巨大客船だが、人柱の中に操縦できる者はいない。
その場合、次善の選択肢となるのが高級クルーザーだった。
「これはかつて藤堂が発案した計画をベースに、安岡たちの犠牲で得られた情報を加えた最新の脱出計画だ。治験で喩えるなら第3段階――医薬品として承認される直前の段階になるだろう。だからまず確実に成功するはずだ。安心して臨んでほしい」
この手島の説明に対し、男子の一人が反対意見を表明した。
安岡の時と同じで、怖いから乗りたくない、と言い出したのだ。
ただ、前回とは違い、今回は安岡がいない。
仕方がないので、手島は自らの言葉で脅すことにした。
「断ってくれてもいいけど、そうなると今日からお前は野宿になるぞ。付近の拠点は俺が押さえているし、他の拠点は今さら受け入れないだろう。この島で独り寂しく生きていきたいなら好きにするといいが、そうでないなら船に乗ることだな」
「やっぱり船に乗ります……」
こうして、8人の男子を乗せた人柱第2弾が島を発つのだった。
◇
最初の関門となる徘徊者との戦闘が始まった。
前回と同様、手島はモニタリングルームで戦闘の様子を眺める。
両隣には武藤と里桜もいた。
「今回は余裕そう!」
里桜が声を弾ませる。
「あいつらはゴミでも、我が手島重工のロボットは有能だからな」
今回、クルーザーには自走式ロボットアームも乗船していた。
ロボットは剣を持っていて、海から船に上がろうとした者を切り裂く。
最新のセンサーが的確に徘徊者を認識していた。
「もうそろそろか」
手島が時計を確認する。
時刻は午前3時52分だった。
徘徊者が消えるまで残り10分をきっている。
それでも、船員達の顔には余裕の色が広がっていた。
「徘徊者の問題はこれでクリアだな。もう怖くない」
午前4時になり、徘徊者が消えた。
船員達は安堵の表情を浮かべ、ソファーで仮眠をとる。
手島たちも各自の部屋で休んだ。
◇
午前9時になるとクルーザーは航海を再開した。
手島の計画書に従い、手動で海を突き進む。
その様子を手島たちはモニタリングルームで眺める。
「これが噂の悪天候か」
船員よりも先にクルーザーのカメラが悪天候を捉えた。
前方に強烈な暗雲が立ちこめている。
それでもクルーザーは躊躇うことなく突き進んでいく。
他の船員は必死にしがみついて耐えていた。
「祐治、これ、やばくない?」
「ああ。これは想像以上だ」
悪天候の度合いは手島たちの想像を超えていた。
雷、雨、霧、風、波……あらゆる自然が牙を剥いている。
それらは全てが最強級の強さで、どれか一つでも怖くなるほどだ。
モニターに霧と水滴しか映らなくなるのは時間の問題だった。
その頃になると、音声は雷鳴と船員の悲鳴に染まっていた。
「どうなってるのかさっぱり分からないな」
おそらく船は激しく揺れているだろう。
そうは思うものの、どのくらい揺れているか分からない。
霧が濃すぎて、モニター越しには揺れが感じられないのだ。
「「「あっ」」」
手島たちが揃って言葉を漏らす。
モニターの映像が一斉に途切れたのだ。
途切れる直前、ゴボォという音が聞こえた。
「転覆したか」
手島はため息をついて立ち上がる。
「祐治、あんなの本当に突破できるの?」
「藤堂たちの突破はマグレだったんじゃないのか?」
里桜と武藤が不安そうな顔で手島を見つめる。
「どうだろうな。この島における藤堂は明らかに誰よりも先を行っていた。あいつの計画では転覆も想定内だった。転覆に合わせて救命ボートで脱出するという計画だったからな」
「そんなの無理でしょ」と里桜。
「現に藤堂は脱出を成功させている。仲間を失うことなく。ということは、計画は成功したことになる。入念に準備していたのだろう」
「俺達もその手で脱出するのか?」
「いや、その必要はない。俺達は巨大客船を使う。藤堂は操縦の都合で採用しなかったが、俺達なら問題ない」
手島と武藤は巨大客船を操縦する術を心得ている。
藤堂大地に採れなかった選択をすることが可能だ。
「この短期間でこれ以上の駒を派遣させるのは無理がある。本当なら今回ので成功させておきたかったが、なにはともあれ実験はこれで終了だ。次は俺達自身が脱出を試みる。計画を練るからしばらく時間をくれ」
「「分かった」」
◇
それ以降、手島は部屋に籠もって計画を練るようになった。
十分に情報が揃っているだけあり、計画の全体像は簡単に決定した。
今はディテールを考えている。
ベースは巨大客船だが、船員の数が心許ない。
諸々の都合を考えると、共に脱出を試みる仲間が欲しかった。
「最終的には不足分を重村に派遣させるとして……」
手島が考えていることを呟いたその時、扉がノックされた。
里桜だ。
「祐治、これ見て!」
里桜は部屋に入ってくると、すかさずスマホを手島に見せた。
画面にはトゥイッターが表示されている。
「トゥイッター? 今はSNSなんかに興味は」
「違うって! よく見て!」
里桜がある呟きを拡大表示した。
藤堂の仲間こと栗原歩美の呟きだ。
「これは……!」
呟きを見た手島は驚いた。
歩美は脱出を希望するこの島の人間に向けて呟いていたのだ。
藤堂の発案とのことで、呟きにはリンクが貼ってあった。
そのリンクをクリックすると、脱出に関するホームページが開く。
そこには、脱出時の詳細が赤裸々に綴られていた。
また、救助のヘリが島にいけないことも書かれていた。
「なるほど。こちらからはコンタクトをとれなくても、向こうからこちらに情報を発信することは可能なわけか……!」
手島は感動のあまり手が震えていた。
「これまで得た情報に、藤堂達のホームページに書いてある情報。これらを合わせたら脱出は成功したも同然だ!」
手島は握りこぶしを作り、天井に向かって吠えた。
「ありがとう、藤堂!」
書籍版は12月25日に発売します。
単巻完結、全面的に改稿、書き下ろしエピソードあり。
特典SSは以下の4種類あります。
・ローアングル:とらのあな
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(メロンブックス、ゲーマーズ、書泉ブックタワー&書泉グランデ、セブンネット)
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