第四章 二つ名を持つ少女(5)
その建物はあっさりと見つかった。
フィフスシティの西部は中央部から地形的に分断されており、そのせいもあって町全体が完全に廃墟になっている。そんな中に、いくつか耐久性の高そうな建物が残っている。そして、そうした建物のうちでマフィアのリーダーのしゃべった特徴に一致する――丘の中腹の立派な建物――は、一つしかなかった。
地上三階建て、地下にも何階かがあるように見えるその建物の玄関は、昔はおそらくガラス張りだっただろうが、それはとっくに破れ、鉄格子の戸がついている。あまり錆の回っていない太い鎖と丈夫な南京錠でしっかりと閉じられているところを見ると、確かに誰かがねぐらとして使っているように見える。高価な知能機械を使えば破れるような電子ロックではなくアナログな方法であるだけにそのセキュリティは堅固だ。
この鎖を断つような機械がこの星で手に入るだろうか、とディーンが悩むその横で、オズヴァルドはおもむろに手荷物の中から拳銃をふた周りも長大にしたようなものを取り出して構える。
「ディーン、離れろ」
その声に驚いて飛びのいた直後。
白熱の光線が鎖を貫き、さらに奥の壁にも赤熱する孔を穿った。
耳を劈く轟音に、ディーンはたまらずにしりもちをつく。
「熱針銃はこう使うもんだ」
オズヴァルドはまだ排熱のための高いファン音を響かせている熱針銃を右手で肩の横に掲げて見せた。おそらく二十キログラムはあるだろうし、あの威力ではすさまじい反動もあるだろうに、それを片手で扱うオズヴァルドの怪力に改めて息を呑むディーン。
そんなディーンを尻目に、オズヴァルドは銃を荷物に放り込むと、まだ赤熱している鉄格子を右足で蹴飛ばし開け放った。
熱気の中足を踏み入れると、通路一面に崩れ落ちた天井材やガラスなどが散乱してとても人が住めそうには見えなかったが、しかし、誰かがいるに違いない、という目で見てみるとまた違ったものが見える。明らかに瓦礫が少なく、床面が露出している廊下があるのだ。
その『道』をたどっていくと、それは、非常階段の、下方に向かう階段側に続いていた。
地下に降りてすぐの扉はやはり同じように鉄格子に取り替えられ、頑丈な鎖で封じられていたが、再びオズヴァルドが灼熱の針で吹き飛ばす。奥の『手がかり』まで吹き飛ばさないよう注意して床に向けたため、赤熱する床が冷めるまで一行は立ち往生する羽目になった。
扉の向こうは右に折れた一本道の通路で、正面の壁は比較的最近、モルタルで塗り直しされたもののようだ。曲がってみると、その一本道の通路全てが打ちっ放しのモルタル壁で、突き当たりには動力式の扉があった。その扉の脇のセキュリティパネルには、小さな緑色のランプが点っている。
つまり、ここは『電源が生きている』のだ。
ただの浮浪者のねぐらではありえない。それなりの知識とカネを持ったものが、ここを厳重に維持管理しているということになる。
ディーンは、エレナが無造作に懐から取り出したクレジットクーポンを思い出す。
無尽蔵とも思えるエレナの知識と知恵、そして、財力。
全てが符合する。
ここはエレナの隠れ家でしかありえない!
熱針銃で吹き飛ばすにしても、この重厚な扉に人が通れるほどの穴を開けるには何発も必要だ。動力式だから錠を破壊しても開けるのは難しい。
とディーンが考えている間に、諜報担当の侍従がパネルを操作し、どうやら本国においてある知能機械ジーニーの助けを借りて錠を解除したようだ。実に鮮やかな手並みだ。
やがて鋼鉄の扉が左右に引き込まれ、エミリア王女一行を迎え入れる。
その内側は、そこまでの廃墟然とした外観とはまるでかけ離れた、清潔できれいに整頓された部屋だった。
「……これは、研究室だ」
ディーンはぼそりとつぶやく。
この雰囲気は間違いなく何らかの科学の香りだ。ほこりの立ちやすい布類はどこかにきれいにしまいこまれ、広いテーブルや机などおおよそ上面が平らなものの近くにはすぐ届くところに筆記用具がある。資料はきれいに整理されているが不要と思われる紙束は無造作に床に積んである。この雰囲気は、研究者である彼が普段目にしていたそれとそっくりだった。
「……研究室?」
リーザが不思議そうな顔をして鸚鵡返しする。
「ここは、何かの研究室だ。……ほうっている紙束はすっかり古びてるから、もうあまり研究はしていないのかもしれない。けれど、かつて何かを研究していたそのありのままを、ずっと残してある……ように見える」
ディーンは言いながら数歩前にでて、床に落ちている紙の一つを拾う。彼には理解できない数式が山のように書いてある。
「どうやら僕は門外漢のようだ」
そう言って、彼は紙を元の場所にきちりと戻す。
「……それで? ここは、あの女の巣なの?」
リーザのきつい口調に、ディーンは反射的に首を振る。
「分からないよ。状況から言えばそうとも言えるし、と言って、エレナがこんな難しい研究をしていたかと言われると、違うんじゃないかという気もするんだ」
そう言いながらも、ディーンはさらに部屋の奥に進んで、鍵のかかっていない棚をいくつか開けてみる。
埃のほとんど無い棚板の上に、多数の資料が並んでいるが、そのどれもが、ディーンにとっては意味不明の言葉ばかりだ。だが、『量子脳科学』などといった言葉は、医学か生理学に関するものではないかと想像させる。
あのエレナが、医学の研究をしているだろうか?
もう少し先に進むと、棚の影に扉があるのが見えた。特に錠前の無い普通の扉で、押すと簡単に開いた。
その奥にあったのは、並んだマシンラックとその中に納まった明滅するいくつかの機械。何らかのコンピュータや通信機器のようだ。
そして、左手に似つかわしくない古ぼけた木製机があるのに気が付く。
吸い寄せられるようにディーンはその前に立つと、引き出しを開ける。
そこにあった数冊の紙のノート、その表紙には通し番号とおおよそ三百年ほど前の日付、そして、R.E.のイニシャル――そう、マリアナの誇る天才科学者、リチャード・エンダーと同じイニシャルが記されていた。




