第四章 二つ名を持つ少女(4)
ジューダ・デ・ラ・アカデミアからフィフスシティへはおおよその道のりで千キロメートルに及ぶ距離がある。借りた車で走破できない距離ではないが、道々には武装した山賊が出没するという情報もあり、比較的安全な海路をとることとなった。
沿岸から五十キロメートルほどの距離を保って船を走らせると、大陸東岸に回り込む大きな岬を境に北東側へ針路を変えるまでに丸一日が消費され、そこから突き当りの半島にたどり着くまでにさらに四時間を要した。一般の惑星なら航空機や高速鉄道を使うべき距離を高速艇で走るしかないというのだから、不便というほかない。この惑星ではかつて内戦があり、大マカウ国が支配してからも目立った産業の発展は見られず、安く掘り出せるレアメタルだけが惑星の経済を維持している。それさえも尽きれば、ロタ島のちょっとした観光資源を除いてこの惑星の存在価値は極限までなくなってしまうだろう。エミリアのような観光に特化した惑星の存在さえ考えに入れてしまうと、惑星そのものを放棄してしまう方が良いのかもしれない。
それでも、まだここには住民が住んでおり、多くは非合法とはいえそれなりに経済が循環している。そして、フィフスシティは、そんな中でも飛び切りに非合法経済の比率の高い地域として有名である。
フィフスシティの主産業は鉱物産業で、まさに地面からクレジットが湧いているようなものである。当然ながら、非合法組織はそうしたクレジットに群がる。非力なマリアナ政府の治安維持装置ではそうした非合法勢力に対抗できない。ある意味で、マフィアの存在がフィフスシティを安定化しているから、あえてメスを入れず、安定した鉱物産業を守っているのだという説もある。
リーザたちの船を取り囲んでいた護衛船も、フィフスシティの港湾に入る前に姿を隠した。護衛をやめたわけではないだろうが、堂々と入港するのははばかられる、といった風だ。そのため、入港から当面は護衛を無くした心細い旅が続く。とはいえ、リーザ一行には一騎当千のオズヴァルドがいるし、この惑星ではほとんど見ることのないはずの最新兵器もある。神経銃や熱針銃である。照準さえ誤らなければ相手を瞬く間に昏倒させる神経銃、分厚いコンクリートの壁さえ熱したバターのように穿つ熱針銃。ひそかに持ち込んだそれらの武器は、まさに虎の子だ。まさかこれらを使うほどの事態はまず起こらないだろうが、いざという時の奥の手があることが、ディーンには頼もしく思える。さすがは惑星一つを統治する王家の一員と言うべきだろう。
上陸してからすぐに車を手配し――どうやらその車の貸し主も非合法の境目に立っているようだ――緩やかな斜面に沿って広がる市街の中心に向かう。
新しい建物は数えるほどで、多くは数十年は経たと見られるボロボロの外観で建ち並んでいる。百年以上建っているであろう建物さえ見える。造られた当時は何重かの壁材で断熱防音を施されていたのであろう壁は、その層の何枚かまでがひび割れ剥がれ落ちているのが見える。それでも、窓から洗濯物が干してあったりするのを見ると、人が住んでいるようだ。
情報はほとんど事前に手に入らなかったが、それでも、全く行政の手が行き届いていないというわけでもないため、政府の官僚などが訪問するときに使われるホテルを見つけておくことはできた。ホテルの駐車場も地下で、車を借りるときには、くれぐれも地下駐車場に着くまでは車を降りないように、と念を押されたものだ。それほどに、昼間でも治安が悪いということなのだろう。
ホテルの何部屋かを難なく押さえると、ひとまずそれぞれに旅の疲れを癒すこととなった。
そして、『エレナ探索』のために外に出ることになったのは、その日の夕刻だった。
***
その晩の探索には、リーザが出ることになった。
侍従の幾人かはそれを止めたが、ともかく、主人でありエミリア最高権力者の一族である彼女がそうと決めたことを曲げることは結局できなかった。
ディーンも心配には思ったが、先日の晩に見たオズヴァルドの桁違いの強さがあれば彼女を守ることなど造作もないだろう、と、彼女の同行を真っ向から否定するまでには至らなかった。
行先は決めていない。
ホテルのフロントで、夜間の外出は危険だと止められたが、無視して外に出る。
町はほとんど真っ暗だが、港湾に近いエリアの上空の雲に、にぎやかな光が反射しているのが見える。
道中で特に危険なことは起こらず、彼らは無事にその小さな繁華街に車を乗りつけることができた。見てみると、同じように乗りつけた車が十数台、路上にでたらめに駐車している。几帳面な運転手の侍従が路側にぴったりと平行に車を停めると、かえって目立つほどだ。
看板の明かりで路上が明るくなっているエリアに入ると、何人かでその辺に座り込んで酒瓶をあおっていたり、閉まったシャッターをひとつ残らず蹴飛ばしては大声で笑う酔った男が徘徊していたりと、実に『無法』の表現の似合う街並みになってくる。
そんな中に、目立たない服装をしたとはいえ、輝くばかりに美しいブラウンのロングヘアをなびかせて歩く美貌のリーザが闊歩するのだから、注目を集めないはずがない。笑いながら小突きあいをしていた男たちでさえ、その手を止めて、通りかかったリーザに視線を集めて呆ける様だ。
だから、結局のところ、彼女らがどこかの酒場で情報収集を始めるよりも、どこからともなく現れた少し下品な男たちに声をかけられる方が先になった。
「おい姉さんたち、そんななりで歩いてると、危ないぞ、え?」
絡んできた四人の男のうち、口ひげの男が最初に言葉を発する。
「どうぞご心配なく。――ああ、そうですわね、一つ、聞いてもよろしくて?」
とげとげしくも高貴な声色でリーザが返す。
「まずはこちらの質問に答えてもらえるなら、ひとつくらいは教えてやろうかね」
口ひげがにやりとするが、周りの三人はつられて笑いを漏らすでもなく、油断なく身構える。
――マフィア、か?
ディーンはとっさに考える。
明らかに組織的な動きを見せる四人の姿からは、その答えしか見つけられなかった。何しろ一度はオズヴァルドとともに本物と対峙したディーンだ。この星のマフィアの油断無さは目の当たりにしている。
果たしてリーザはそれに気付いて、彼らを向き合っているだろうか?
「――なに、いきなり痛い目に遭わせようってこたねえ。あんたらが、俺らのシマを荒らしに来たってんじゃなければな」
口ひげが言うその後ろで、背の高い男が右手で何かを軽く合図しているのが見えた。おそらくあれがリーダーなのだろう、と、素人のディーンにさえ分かった。あれは、どこかに控えている仲間に、何かの合図を送ったのだ。
そう、いざとなればこいつらを痛い目に遭わせろ、と。
「それもご心配なく。私どもはここいらの野良犬にはまったく興味ございませんの」
「おい、舐めた口をきくな、クソアマ――」
口ひげが罵りを舌の先に乗せたとたんに、オズヴァルドともう一人の侍従がすさまじいスピードで踏み出し、同時に口ひげを殴り飛ばそうとする。
驚きの表情でその先の言葉を出せない口ひげの正面で、リーザは両手を広げて飛び出そうとする二人を押しとどめた。
「――っとと、ずいぶん危ねえ狂犬を飼ってるじゃねーか、ええ? あんたが止めなきゃ二人とも蜂の巣だったぜ?」
冷や汗が伝うのが見えるほどに狼狽している口ひげは、しかし、顔を引きつらせながらも笑みを浮かべて見せた。
「さあ、どうでしょうね? 今からでもけしかけてみましょうか」
「挑発するなよ」
ディーンは思わず口に出す。
この状況で、リーザに対して対等に口をきけるのは、実のところ自分だけだ、と気付いたからだ。
ほかの侍従は、恐れ多くも『王女殿下』に諫言をなすことなどはばかるだろう。
リーザはちらりとディーンを振り向き、軽く肩をすくめる。ちょっとお遊びが過ぎたかしら、とでも言いたそうな顔だった。
「おふざけはここまでだ、お嬢ちゃん」
口ひげが言うのと同時に、長身が右手を上げる。
とたんに、周辺のビル影やビルの屋上に黒い影が現れるのが見える。
彼らを倒すだけが目的なら、姿を現さずに銃を乱射でもすればいい。あえてそうして姿を見せたのは、これ以上の軽口を許さないという威嚇なのだ。
「さあ、お嬢ちゃん、あんたが何者で、何の用でここに来たのか、言ってもらおうか」
リーザはうつむいて、見えないようにくすりと笑い、下げた右手の人差し指を一本立てて、オズヴァルドに示した。オズヴァルドは、一度咳払いして、そのサインを受け取ったことを知らせる。
「人を探しにきたのです。あなたのような野良犬のお仲間を、ね」
「――ふん、政府かマカウの内偵調査か? 行方不明の調査員を増やしてやろうか」
口ひげが言い終わるかどうかの瞬間、リーザは、口ひげの頭部をまっすぐに指差した。
とたんに、口ひげは、肺が空気を漏らす小さな音を立てて、その場に崩れ落ちた。
ディーンには何が起きたか分かっている。
オズヴァルドが、神経銃で口ひげを撃ったのだ。音もなく離れた相手を瞬時に昏倒させる対人最強武器。それが、口ひげを黙らせた。
「なっ……」
ついに口を開いたリーダー格の長身を気にも留めず、リーザはその脇の男に指を向ける。指を向けられた男は沈黙のまま、より深い沈黙に落ちる。
次いで、ビルの窓際、路地の陰、屋上。
敵が潜んでいるところを次々と指差す美貌の王女、同時に崩れ、倒れ、あるいは窓から落ちる黒い陰。
それは、まさに魔女にしか見えなかった。
リーザの芝居に付き合いつつも周りを取り囲んでいたマフィアの兵隊たちをあらかた片付けたオズヴァルドは、最後の一兵を倒すと同時に、ちいさく、結構です、とつぶやく。
それを聞いたリーザは、最後に残した長身を微笑みながらにらみつけ、魔法の指を脇に下ろした。
「――さあ、リーダーさん? 私の言うことを聞く気になりまして?」
リーザは、言いながら、二歩踏み出し、長身との距離を詰める。
長身は思わず一歩引くが、リーザが再び魔法の右手を持ち上げるしぐさを見せたとたんに硬直する。
「――『不死身の女傑』……」
エレナの二つ名をディーンから伝え聞いていたリーザは、その小さな呟きを捉えて、にこりとする。
「あなたからその名前が出るとは、手間が省けますわ」
「おっ、俺たちに用は無いだろう!」
顔色をさっと青く変えた長身は、震える両手を広げて無抵抗を示す。
「……ええ、あの女……エレナは、そうでしょうね。でも私は、エレナに用があるのです」
「お、お前、エレナじゃないのか」
長身は明らかに安堵の表情を一瞬浮かべたが、それでも、その前にリーザが使った魔法の恐怖に再び顔をこわばらせる。
「ええ、あの女を捜しているのですわ。あの女の居場所をご存知?」
「し、しらん」
「じゃあもう結構ですわ」
リーザが右手を上げかけると、
「待て! ……待ってくれ、噂くらいなら知ってる、待ってくれ」
彼はまた狼狽して両手を前に出し、リーザの死の魔法の行使を思いとどまらせようとする。
「この街の西の方に……廃墟街がある、百年以上前に無人になった廃墟だ、あそこら辺にねぐらを持ってる野良犬どもが、エレナらしい女を何度か見てる、丘の中腹の美術館だか図書館だかの跡みたいなところだ、本当かどうか、誰も試す勇気なんかない、それほど、あの女は誰からも恐れられてるんだ――あんたらも、やめておけ、後悔する」
「ご心配どうも。あなた方には迷惑はかけませんわ」
そう言って、リーザは右手を水平に持ち上げ、人差し指を長身に向けた。
「ま、待ってくれ、しゃべっただろう!」
「どうぞ、おやすみなさい」
彼女の言葉をトリガーに、オズヴァルドが過たずに神経銃で長身を打ち抜く。長身の神経系は特殊に調整された一連の信号の怒涛を受け取ると、それを中枢神経系に中継し、そして――彼も部下たちと同じように、数十時間の昏倒に陥った。




