第四章 二つ名を持つ少女(3)
酒場での一幕のあった翌日、再び訪れた彼らに、マスターは、とある公園を指定した。公園と言ってもほとんど管理の行き届いていない雑木林に小道が通っているだけの空き地のような場所だ。
その小道の一角の、ほとんど朽ちかけたベンチのそばにディーンとオズヴァルドが立っていると、後ろから低い声で呼びかけるものがあった。それが、マフィアの一員らしかった。
振り向くな、という男の言葉に従って小道を歩き、乗れと言われた車に乗り込むと、すぐに車は走り出した。内側からは外が全く見えないように窓にはフィルムが張ってある。こうした『顧客』をよく相手にしているのだろう。
やがて車が停まり、降りるように指示される。
そこは、郊外のモーテルの成れの果ての廃墟だ。
彼らがそこに巣くっているのではないのは明らかだ。ただそこが、周囲から目立たないから、こうした取引場所に使われているだけに過ぎない。
降りて見回したところ、彼らの取引相手となるのは、三人の男のようだった。特に黒尽くめの服をまとっているわけでもなく、ごく普通の暇な農民のような、チェック柄のシャツに作業ズボン、というような格好をしている。彼らがマフィアだと一目で分かるものなどいるだろうか、とディーンは思う。
その中でもっとも背の低い男が、一歩踏み出して、オズヴァルド、ディーンの順ににらみつける。
「お前らか、俺らのシマで勝手に商売しようってのは?」
ある程度予想はできていた言葉だった。当然ながら、彼らの基本的な行動原則として、縄張りの中でアウトローな稼業をしようとするものには何らかの楔を打っておこうとするだろう、と。
「そうだ、だが、大それたことをしようってんじゃない、ちょっと人探しをしてるだけだ、力づくでな」
「ふん、人探しか、それで金になるならこっちで請け負ってもいいんだがな」
エレナのルーツを探しているのだという意味で言えば、オズヴァルドの言い分もあながち嘘ではない。とはいえ、それに応えたマフィアの男の言うとおり、彼らに請け負わせられるだろうか。
「参考までに聞こうか。若い女を一人」
「――二十万クレジット」
男は間髪を入れずに法外な価格を示す。
ディーンが思わず、いくらなんでも高すぎる、と抗議しかけるのを抑えるように、男が続ける。
「――安全保障料も込みだ。傷物でいいなら五万。死体でいいなら一万ってとこだな。うちの組織も一枚岩ではないからな、いいところのお嬢さんなら身代金で稼ごうって馬鹿も出てくる。そういうやつらを抑えることまで含めての値段だ」
「決裂だな」
最初から彼らに請け負わそうという気はない。そもそも、エレナ本人は、今、エミリアにいるのだから。
「ふん、せっかく手間をかけたんだがな。まあいい。拳銃は売ってやる。だが、もう一つ確認しないとな」
彼が言ったとき、ディーンは突然右腕が後ろから取られ、ひねり上げられるのを感じた。あまりの痛みに、小さな悲鳴を漏らす。
「――拳銃一丁にこれだけの危険を冒す馬鹿。どうせ警察の犬だろう」
彼らがこれだけ手間をかけて、郊外に二人を連れ出した本当の目的を、ディーンはようやく悟った。
なんと言うことだ。警察の一味だと勘違いされ、ここで始末されようとしているのだ。
「ちっ、ちがう、僕らは本当に――」
「うるさいぞディーン。こんなことは分かっていただろう」
痛みに顔をしかめながらも、オズヴァルドが落ち着いた声でディーンをたしなめる。見ると、彼も同じように腕をひねり上げられている。
「この方が分かりやすくていいってもんだ」
言うが早いか、オズヴァルドは体をひねり、痛みをもろともせずに彼を押さえつけていた男を逆に押しのけ、よろめいた相手の鼻っ面にこぶしを叩き込む。
その行動に驚いてディーンを締め上げる力がわずかに緩んだのに気付き、彼もオズヴァルドに教わった護身体術の身捌きを見せ、腕の戒めからすり抜ける。あわてて取り押さえようとする男に対して、その手首を軽く取って自分の身もろともにひねりながら引き倒すと、相手はなすすべなく顔面を地面に打ち付けた。もちろん捨て身のディーンも倒れるが、受身を取ってダメージを減らす。
正面にいた三人が銃を構えるのを見ると、オズヴァルドは倒した相手を引き起こし、盾にして突っ込む。途中で起き上がろうとするディーンを蹴飛ばすと、彼の体があった場所に火花が上がり、同時に銃声が耳に飛び込んだ。
オズヴァルドは、仲間を撃つのを躊躇する一人に向けて気絶した男を叩きつけ、中央のしゃべっていた男の銃を蹴り上げると同時に肩から突っ込んで吹き飛ばす。あまりの体躯の違いに、小さな男は三メートルは吹き飛んで動かなくなる。最後の一人はオズヴァルドに向けて三度引き金を引いたが、わずか一メートルの目の前にいる相手に銃弾を命中させることができなかった。それほどに、オズヴァルドの戦闘能力に慄いていたのだった。
結局最後の男も難なく打ち倒され、ディーンが半分までしとめていた男にもとどめの蹴りを入れると、五対二の戦闘はあっけなく少数側の勝利となっていた。
これだけの強さのオズヴァルドが、それでもまるでかなわないというエレナはいったい何者なんだろう、というようなことをぼんやりとディーンが考えている間に、オズヴァルドはしゃべっていた男を引き起こす。彼はすでに奪った拳銃を持っていて、それを相手のこめかみに突きつけている。どうやら、気絶するほどのダメージを与えなかったようだ。
「さて、せっかくだ、教えてもらおうか。あんたらは、若い女に拳銃と銃弾を売った覚えはないか?」
オズヴァルドが凄むと、
「しゃべると思うか?」
口の端の傷から血を流しながら、男はあざけるような笑いを漏らす。
「ああ、思うね。何しろ、こいつがある」
言いながら、オズヴァルドは銃を下ろし、懐から無署名のクレジットクーポンを取り出した。額面は、五千クレジット。
「お前の命をもらってもこっちはうれしくもなんとも無いんだ。しゃべられることだけしゃべって小遣いを懐に入れるほうが賢いだろう?」
「ふん、相場の半分か、ま、俺の手取りになるなら悪くねえ」
言いながら、男はクーポンをひったくろうとする。オズヴァルドの右手は、それをひらりと避ける。
「情報が先だ」
「……だろうな。だが、若い女と言っても思い当たるのはいくらでもある。名前か何か、わからねえとな」
「エレナ・ユーニス・エンダーだ。黒髪、肌は白い」
とっさに、ディーンが告げる。そうしてから、果たしてそれが正しかっただろうか、と後悔するが――。
「……エレナだと? 拳銃使いのエレナという――そう、二十歳になるかならないかという女――そうだな?」
男の顔色がにわかに変わる。
「ああ、そうだ」
ディーンは自身を取り戻して、毅然と応える。
「――『不可触処女』。なんてこった、お前ら、あの悪魔を探してるのか」
「……悪魔だって?」
ディーンは思わず問い返す。
あの控えめな少女が二つ名を持つ悪魔だって?
――しかし、顔色一つ変えずに彼らを襲った敵を撃ち倒し切り裂いたのも、彼女だ。
まさに、悪魔と呼ばれてもおかしくない所業。
「二つ名はいくらでもある。『戦う女神』『不死身の女傑』――立場が変わるたびに呼び方を変えるやつもいる。業界じゃ有名な女だ。何しろ、俺たちでさえ、あの女に護衛を依頼することがある。危険なクライアントと会うときは、な。身内の始末の護衛に使うこともある。報酬は破格だ。それだけの価値がある。知らずにあの女を手篭めにしようとした売人が指を全部無くして帰ってきたなんて噂もある。なんてこった。おい、お前ら、どうしてあれを追ってるんだ」
「理由を言う必要はない。ともかくそいつ――エレナは、この大陸にいるんだな?」
「おい、まさかエレナを潰そうってんじゃないだろうな、え?」
「どこの何者かを知りたいだけだ」
「同じことだ、正体を探ろうとするやつはみな返り討ちにあったよ、おい、俺を巻き込むな」
男は、震えながら座ったままずるずると後ずさる。せっかくのクレジットを受け取ることも忘れてしまっている。
「ねぐらくらいは知ってるだろう?」
「ああ、フィフスシティだ、知ってるだろう、鉱夫の町」
ディーンは、予習したマリアナの地図を思い出す。フィフスシティ、『第五市』という味気ない名前のその町は、大陸の東端、小さな半島の付け根に位置する辺境の町。
「それ以上は?」
「しらねえよ、フィフスにいるってのも噂なんだ」
「そうか、ありがとよ」
言いながら、オズヴァルドは、クレジットクーポンを男に向かって放り投げた。
「せいぜい、俺たちの無事でも祈ってろ」
そして振り返り、ディーンを促して彼らを送ってきた車に乗り込む。運転席で震えている運転士に、町に戻るように命じると、それは驚くほどの速さで実行された。




