第四章 二つ名を持つ少女(2)
事務処理、というよりは諜報が得意な女性の侍従の一人が瞬く間に船を手配し、リーザ一行六名は間もなく夜になろうというのに海に漕ぎ出していた。
実のところ、海賊稼業を営むマフィアもあるのだと言うが、どうやらその心配は不要らしい。何しろ、マリアナ政府の海上警備艇四隻がリーザたちの船を遠巻きにしているのだから。大マカウ国に属している関係から公式な護衛はできないものの、間接的に恩を売っておきたいという彼らの複雑な利害意識が、そのような行動をとらせたのだろう。おそらく、大陸に上陸しても、同じようなつかず離れずの護衛が続くに違いない。
一昼夜を経た明け方、大陸の中央を流れる大河『マリアナ河』の中流東岸に開かれた巨大な港に、船は入る。
すぐ上流には長大な鉄橋があり、これが大河で分断された大陸の東西をつないでいるようだ。そして、この港が、大陸で産出される資源運び出しの玄関口ということなのだろう。
港町は比較的治安が良いと見え、小さな繁華街には子供の姿さえ見えるが、この町から離れるととたんに治安が悪くなるのだと聞く。むしろ、リーザたちの目的は、そうした無法者の巣食うところで、旧式銃の出所を探すことなのだから、この町には用はないと言えよう。
その町の小さな行政庁舎を訪れ、軽く目的を告げて了承だけをとると、すぐに一行は出発した。目指すのは、港町から東に五十キロメートルほどのところにある都市だ。マリアナの歴史の初期からある大きな町なのだそうだが、農業を除けばそれと言った産業もなく、農家を相手とした興業――つまりマフィアの縄張りであるそれが、町を華やかにしているだけの場所になっている。
あまり目立たないオフロード車両を借り、また、リーザも王女らしからぬ地元民のような格好に着替える。ボーダー柄の長袖シャツとデニムパンツにスニーカー、長い髪は結んで上げ、つばの広い日よけ帽の中にしまった。ディーンやほかの侍従も似たようなもので、一見、大学生の集団くらいに見えなくもない。もちろんオズヴァルドの巨躯はその雰囲気を見事にぶち壊しているのだが。
道路ですれ違う車もなく、二時間ほどで彼らは東のジューダ・デ・ラ・アカデミアと呼ばれるその都市に到着していた。
***
安ホテルに宿を構え、夜を待ってから、ディーンとオズヴァルドだけで情報収集に出ることになった。学生ご一行様ではまるで相手にされないところ、つまり、ちょっとした色町に潜入するのである。そういったところこそ、マフィアの縄張りに違いないからだ。
相手を警戒させない程度の人数で、十分な腕っ節とエレナの情報、という必要条件を満たす組み合わせは、ディーンとオズヴァルドしかなかった。だから、強面と優男というでこぼこコンビは、本来の目的からいえば当然なのであったが、他の目にはずいぶんと奇異に映っているだろう。
そうして彼らは、遊女の取次ぎもしているらしい小さな酒場を見つけ、連れ立って入る。酒場のマスターの正面のカウンターに座ることは、そうした案内を始める合図らしかった。
「――どんな娘がお好みで?」
マスターは変に笑いを浮かべたりせず、柔和で紳士的な態度で尋ねてきた。ここに来たものに恥をかかさない最低限の礼儀なのだろう。
「実は違うものを探してる」
オズヴァルドが応える。マスターは、少し表情を変え、眉をひそめた。
「一応言っておきますが、ここでは酒と女以外は世話できませんよ?」
「だろうな、だが、どこに行けばいいのかくらいは知ってるんじゃないかと思う――こんどこいつを相棒にしようと思ってな」
オズヴァルドは、あごでディーンを示した。
「相棒」
「ああ、まあ、その、稼業の、な。それで、こいつに、こういうやつを買ってやりたい」
と、彼は右手の人差し指と親指を伸ばして、拳銃の形を作った。
「――あんた、よそ者だね」
マスターの口調が冷たく変わる。
「ああ、ここじゃいい商売ができると聞いた」
オズヴァルドは隠そうともしない。
「悪いことは言わない、やめときな。そういうはぐれ者は確かによく来るが、その後についていいうわさは聞かない。やるなら、どこかに入るのがいい」
「そうもいかねえのさ。次の約束があってね――さて、どうにかならんもんかね」
「マフィアの息のかかってない工房はないよ。どっちにしろマフィアに声をかけるんだ、仁義を切っておくがいい。俺のとこの上になら声をかけてやれる」
「そりゃご親切に。だったら甘えようか」
オズヴァルドの目配せに、ディーンもうなずく。ともかく、どこかでマフィアに手がかりを得て、『若い女に銃を売った』という少しばかり珍しい体験談を聞かねばならないのだから、どこのマフィアであろうとよかろう。
「明日もう一度来い。そうしたら、どこで待っていればいいか教えてやろう。そこにあちらさんが現れるかどうかは――まあ五分五分だろうな」




