孤児院での常識?
朝食が済むと、皆は孤児院の結構広い庭で遊び始める。
私は二階の自室で読書。最近ようやくこの世界、というかこの国で使われている文字の読み書きが出来るようになった。ベリーさんは頭がいいって褒めてくれたけど、内面が成人の年齢なんで少し微妙。
文法も形も全く異なる文字にてこずるかと思ったけど、意外にもそうはならなかった。まあ、その話は今は関係ないのでまた後日。
外では他の孤児たちが鬼ごっこをしている。どの世界でも似たような遊びがあるらしい。しかし、ここで敢えて元の世界と違う点を挙げるとすれば、鬼役と逃げ役の身体能力の差だろうか。
まずこのスフェック孤児院では今のところ上は十四歳、下は三歳といったところだろうか。二十数名の孤児が住んでいる。場所が特殊なだけに、訳ありの孤児が多いというか、ハッキリ言って、純粋な人族は全体の四割で、残りは私を含めて、何かしらの人外の血をひいている。
で、まあそういう人種はお約束なことに、人よりも何か秀でてる部分があるもので、今やってる鬼ごっこでも、それが顕著に現されている光景が広がっている。
まず、獣人族。これは前にも挙げたとおり、身体能力が特化されている。虎の獣人で、庭を好き放題に走って蹂躙している子もいる。時々孤児院の壁も利用して四方八方、立体的にまで動いてる。
他には鳥人族。これはまあ言葉でわかるように、鳥の特徴を持った人種で、空を飛べる。しかも羨ましいことに、翼は出し入れ可能らしい。ただ、鳥人族全員に共通する弱点があって、夜目が効かない。夜は他の子に手を繋いでもらいながら歩いてるのを見たことがある。
変わったところでは、影族なんてのもいる。影から影へと移動が出来る能力を持った人種で、意外と便利かも? って思ったけど、予めマーキングして、かつそこに影が重なってないと、移動できないらしい。正直いって使いどころの判断がいりそう。といっても、視界に入っている影同士ならマーキングなしで移動可能らしい。
まだほかにも多種多様な人種がいて、人族平気か? って思うけど、多分平気。だってそんな子供たちを文字通り鬼のような勢いで追いかけまわして捕まえてるのが、人族だから。
「マーク! そんなへっぴり腰では俺から逃げられんぞ!」
「へっへーん! 捕まってたまるかって―の! 今日こそ逃げ切ってやる!」
虎の獣人のマーク(確か私より三つぐらい上だったかな?)が壁を駆け上がって屋根まで上がる。
鬼役のガタイのいいおっさん――キドゥさんは、諦めるかと思いきや、一旦呼吸を整えて――
「フンッ!」
一っ跳びで屋根を超えた。
「ウソだろおっさん!?」
念の為言っておくと、この孤児院は四階建てだ。そんなところを一息で駆け上がるマークも凄いけど、キドゥさんも凄い。
ここであっけにとられてマークは捕まるかと思ったら、そう簡単にはいかなかった。何故かこの孤児院には特別ルールがあって、腰に巻いた紐が奪われない限りは、捕まったことにはならない。つまり抵抗もOKとなる。よって、鬼役の方も腰紐を奪うついでに反撃したりもする。
「うらぁっ!」
マークは飛び蹴りをお見舞いしようとしたんだけど、キドゥさんにあっさり足を掴まれた。
「いっ!?」
「建物の上で暴れるな馬鹿者」
そのまま屋根の縁まで歩くと、キドゥさんはマークの腰紐を抜いてあっさりと掴んでいた足をポイっと放した。そうすれば当然、マークは為す術もなく落ちてくわけで。しかもそれは偶然私の部屋の真上だったらしく、外を眺めていた私と、顔をひきつらせて頭から落ちていくマークの視線が、バッチリ合ってしまったのには正直ビビった。
繰り返すようだけど、ここは四階建てだ。普通そんな高さから落ちたらタダじゃ済まないんだけど、獣人族の丈夫さは折り紙付き。まだ幼いとはいえ、マークもその例に洩れない。……まあ頭からいったんで気絶はしてるけど。
「さーて、次はシシルだ! そこで待っておれ!」
「ひっ!?」
今度のキドゥさんのターゲットは、息を殺して木の陰に隠れてた影族の女の子――シシルだ。
キドゥさんはドスン、という音をたてて地面に着地すると、すぐさまシシルの元へ疾走する。呆れるほどにその速度は速い。
「あわわっ……」
シシルも慌てて影の中へ潜るけど、キドゥさんは巨体に似合わない俊敏さでシシルへと手を伸ばした。
しかし間一髪でシシルの首元までが影に潜ってしまった。流石にマークのように女の子を乱暴に扱うわけにもいかないらしく、一瞬キドゥさんの動きが止まったうちに、シシルの体は沈んでしまった。
しかし、キドゥさんはここで諦めるようなやわな人間じゃあない。
「はっ!」
キドゥさんがおもむろに影を殴りつける。地面を叩くだけに見えたそれは、何故か影に波紋を起こし、近くの木陰までその波紋は伝播した。
「…………」
「………………気持ち悪いぃ……」
数秒のちに、顔色を真っ青にしたシシルが、入ったのとは別の木陰から出てきた。
「ハハ八ッ! 残念だったのうシシル嬢」
キドゥさんは豪快に笑いながら意外と丁寧にシシルを影から引っ張り出して腰紐を抜いた。
「あぁ、うー。ば、罰ゲーム……?」
「ん? そうだのう。今日はお前さんら二人が最初に掴まったからのう」
「あぅ……」
あーあ。見るからに落ち込んじゃって。気持ちはわかるけどね。確か今日の罰ゲームはビリ二人の食事に混ぜる毒の量一・三倍、だったかな?
…………いやいや、今日の罰ゲームは軽い方だよ? ついこの間なんてお仕置きで毒入りご飯じゃなく毒そのものが食事で出された子がいたらしいから。もちろん致死量ではありません。ちょっとお腹壊して三日三晩高熱でうなされる程度です。
私の食事で混ぜられてたことはないからよくは知らないんだけど、この孤児院には、やたら毒物に詳しい薬師がいるらしく、その人が毎日毎日極微量の毒を混ぜている、らしい。万が一毒に敏感な体質の子でも解毒薬は常備しているので、本当にマズい事態になったことはないらしい。
しかしそもそも、どうして食事に毒なんて混ぜるのか。これは、院長先生曰く、『人生何が起こるかわからないのだから、あらゆる事態に対応できるように』とのこと。
……………………………………どんな人生?
けれど何故かここで世話をしてくれる大人たちはその言葉に否定もしなければ疑問も持たなかったらしい。どうしてかと聞いたところ、皆少なからずそういう状況になったことがあるとのこと。
……………………皆さんどんな波乱万丈な人生送ってるんですか?
もしかして、ここの大人達が皆元傭兵や暗殺者って噂、ホントなのかな……。