31.生まれ変わるなら……
「生まれ変わるなら、どんな人生を歩みたい?」
あの時、問われた神様は……まだ、私を見てくれているだろうか。
「生まれ変わるなら、綺麗な人に……なりたい」
何も持たなかった私の、最初で最後の願いだった。
「それなら、とびきり綺麗で美しい人になりなさい。――貴女の願いが、次の人生を豊かにしますように」
心が折れそうになる日もあった。
涙すら流れない日もあった。
“でも、神様……。今、私はとても幸せです。帰るべき温かい場所を得て、必要としてくれる仲間に出会うことが出来ました“
そんな気持ちで、空を見上げた。
「アイリさん」
愛しい人の声に、振り返る。
いつもの優しい笑みで、私の名前を呼んでくれる。
「……リク様」
「一休みですか?」
「はい。一仕事終えたので、少し風に当たりに」
「そうでしたか。とても気持ち良さそうなので、ご一緒しても宜しいですか?」
「勿論です」
「そう言えば……イースタンの方から大使館宛に手紙が届きました。こちらです」
確かに大使館宛に届いた、可愛らしい花柄の封筒。
「……私が見て、宜しいのですか?」
「むしろ、貴女が見るべきだと」
差し出された封筒を受け取り、そっと中から手紙を取り出した。そこに書かれた、可愛らしい文字。
――昨年まで記入が必須だった容姿欄が廃止となり、努力した分だけ評価が上がりました。両親が、とても喜んでくれたんです。こんな私でも……頑張れば報われるかもしれない、そう思えました。イースタン大使様、アイリ・ウォルティス様、本当にありがとうございます。
「……変わって、いるんですね」
「はい。それに、ケイトの報告によれば、イースタンの学校にも変化があったようですよ」
「変化、ですか?」
「授業でヒリア王妃の歴史を取り入れたそうです」
――――――
「それでは、ヒリア王妃について学びましょう」
先生の配る資料に目を向け、真剣に耳を傾ける生徒達。
国の発展に貢献した王妃が、制度の歪みに苦しんだ人物として紹介される。すると、一人の生徒が言った。
「先生、ヒリア王妃は悪い人じゃなかったんですね」
微笑んだ先生が、次の資料を捲りながら――
「そうですね。少なくとも先生は、そう思います」
窓際に、綺麗な顔立ちの少女が座っている。
でも、誰もそれを気にしていない。ヒリアの願いがまた一つ、叶った瞬間だった。
――――――
「ヒリア王妃が願った未来には、まだ遠いかもしれません。それでも確かに、一歩は踏み出しています。きっと、未来は明るい。そう思いませんか?」
……何度だって、同じことを思う。
リク様の言葉には不思議な力がある……と。
リク様が口にすれば、全て叶ってしまうじゃないかと思えるくらい、言葉の一つ一つに想いがある。
「……はい。私も、そう思います。この手紙……私が預かっても、良いですか?」
「えぇ。手紙を書いた少女も、それを望んでいるはずです」
そっと胸元に手紙を抱き寄せた。
「ありがとうございます……リク様」
「……今日は、このまま一緒にサボりましょう。気分が良いので、ここで貴女と花茶を飲みたいです」
「でも、ケイト様が――」
「言われた仕事は終わらせましたから。少し待ってて下さいね。ここから動いたら、ダメですよ?」
何度も確認して、リク様が部屋に取りに行った。
胸に引き寄せた手紙を見つめて、今日くらい……サボっても良いかな、なんて思ったりもする。
「リク様もサボったりするのね。ケイト様の呆れる顔が目に浮かぶわ」
でも。ケイト様はいつだって、リク様が幸せそうに笑うと一緒に笑う。それはそれは、嬉しそうに。呆れたって、嘆いたって、どれだけ尊敬し敬愛しているか伝わる。そんな信頼関係を、私もリク様と築けたら嬉しい。
空を見上げて、目を瞑る。
自然とリク様の笑顔が思い浮かんだ。
「……幸せ」
***
花茶のセットをトレーに乗せ、一番上の引出しを開けた。小さな箱を取り出して、それもトレーの隅に乗せる。
「……ふぅ」
変な緊張を落ち着かせるために、息を吐いた。
仕事で緊張することは殆どない。緊張はいつだって、彼女が関わってた。贈り物をした時、それに……気持ちを伝えた時――
「……喜んで貰えると、良いな」
カチャン……と音を鳴らしてトレーを持ち上げた。
そのまま先程の庭園に行くと、彼女が空を見上げて目を閉じている。
ふと、風に乗った香りと共に、何か聞こえる。
「……幸せ――」
――ドキッとした。
その綺麗な横顔に、心から吐いたであろう「幸せ」の言葉。それが、自分に向いた言葉だったら、どんなに幸せな事だろう。
「……アイリさん。お待たせしました」
「リク様……!」
「花が開くところ、好きですよね?」
「はい」
上からそっとお湯を注いげば、ゆっくり……ゆっくりと一枚ずつ花びらが開いていく。
「……綺麗ですね」
「えぇ。とても、綺麗です」
花が開いてから染み渡るまで、しばしの間。
「花茶は、まるでアイリさんのようですね」
「私が……ですか?」
「はい。秘めたものが有るのに、蕾のままだった貴女が、色々な刺激で花開いていく……。それは、とても美しい花が咲きました」
「……言い過ぎです」
「決して大袈裟な話ではありません。僕は、貴女と言う花をずっと綺麗に咲かせてみせます」
「リク様……」
「僕と……結婚して下さい」
トレーに乗せた小箱を開け、彼女の前に出した。
それは、婚約者として、愛しいアイリさんへ贈る指輪。
「……っ、」
「もっと早く贈りたかったのですが、なかなか決められなくて……すいません」
小さく首を振って、目に涙を溜めた。
「……手を、良いですか?」
スーッと頬を涙が伝いながら、彼女の出した手に触れ、そっと指輪を嵌めた。細く、可憐な手に光るダイヤが、角度を変えるたびに瞬いた。
「ありがとうございます……。リク様の隣にいられるだけで幸せなのに、こんな素敵なものまで。ずっと、ずっと大事にします」
誰よりも美しく、輝く彼女を僕は、命に変えても守る。
何度生まれ変わっても、同じ人生を選ぶだろう――
―END―




