1.受け入れられない世界
2026.6.6 連載開始 全31話
優しい世界観です。ぜひ、お楽しみください。
「生まれ変わるなら、どんな人生を歩みたい?」
誰でも一度は、夢見る魔法の言葉。
それを、死んだ今、神様に問われている。
「……生まれ変わるなら……」
何にも恵まれなかった私の、最後の願い――
「生まれ変わるなら、綺麗な人に……なりたい」
「それなら、とびきり綺麗で美しい人になりなさい」
柔らかな声が、優しく頭を撫でる。
「貴女の願いが、次の人生を豊かにしますように」
その言葉を、私は疑わなかった。
……そうして、新たな人生を握り締めた私は、自分の願いに涙する――
――――――
「アイリ! アイリは、どこにいるの?」
「は、はい……私ならここに……」
「早く来なさい。シオン様がお待ちよ」
婚約者が、事前の連絡もなしにやって来たのは、相当な理由がある……から。
「シオン様……お待たせ、しました」
「遅っ……はぁ。君の顔を見ていたくないから、手短に話すよ」
「…………」
「これは、俺の両親から預かった。君が目を通したら、そのままご両親に渡す。中を確認してくれ」
「……はい」
短く書かれた『破談にして欲しい』の文字。
……人生は、そう上手くいかない。
「承知しました……」
「本当、最後まで可愛げのない奴だったな。顔は不細工、要領も器量も不釣り合い……。残念だよ」
そう言われて頭を上げられる程、強い心は持ち合わせていない。
ただ……立ち去るまで、顔を上げず耐えた。
――バンッ!
乱暴に閉められた扉に、ため息を溢し、部屋に置かれた鏡を見る。
「こんなに……綺麗に生まれたのに……」
笑いにもならない引き攣った顔で、鏡から目を背けた。
神様から貰った美しさは……この世界で、まるで受け入れられない棘。
学園を卒業しても、雇ってくれるところは何処にもない。だからお父様は仕方なく、家と領地の仕事を私に与えた。
与えたと言っても、書面に蔓延る数字の意味、記された各国の言葉、円滑に回すための文書構成は全て独学。間違えれば叱られ「これだから顔の整った奴は」と言われ続けた。
それでも……生きる意味を自分で掴むために、必死に学んだ。おかげで今では、誰よりも働いている……つもり。
「アイリ! 次は、これをしなさい」
「アイリ! まだ、あれが終わってない」
――ねぇ、神様。
とびりき綺麗で美しい人って……どんな人?
寝る前、瞳を閉じては、いつも神様に問い掛けた。
そうでもしないと涙が流れてしまいそうだから……。前世叶わなかった夢を叶えたら、もっと生きやすいと思ってた。友達も沢山出来て、楽しくお話ししたり、可愛い素敵な服が着れると……本気で思ってたのに。現実は、意外と残酷だ。
翌朝。
年に一度の領主会議に補佐として参加するため、お父様が起きるよりも早くから資料や荷物をまとめて準備している。この会議を上手くやらなければ、税収の増額や領地削減と言った制約が課せられるのだ。
年々、人口減少や異常気象で領地の経営はどこも厳しい。だから、均等を図るためには、正しい領地経営と運用が必要なのだ。
「アイリ、行くぞ。遅れては目をつけられる」
「はい」
馬車に揺られ、年に一度だけ目にするお城の大会議室。
多くの領主と補佐、それに貿易を行う各国の要人に大使まで一堂に会する。
「お前は、私の少し後ろに座りなさい」
周囲から見えにくいように、椅子を動かす。これも、もう三度目。
言われなくても、自分で動かす予定だったけど……余計なことは口にしない。周囲の目が私に向いていようと、資料に集中するだけ。
会議が始まり、それぞれが決算と今後の方針を報告していく。今年は、陛下ではなく次代の王太子殿下が上座に座り、意見を述べられる。
かなり鋭い質疑が飛び交うのを見ると、国として税の取り立てを上げたいのは一目瞭然。
その中でも、私の基準で言う“綺麗な人”の意見は、なかなか受け入れて貰えないのが現状。自分を自分で綺麗というつもりもないけど、比較的顔の整った人は後ろに下がり、服装も地味だ。
ふと、私の後ろを通った人が、椅子に足を引っ掛けてしまった。
「申し訳ございません」
反射的に頭を下げる。いつものように、冷たい視線か侮蔑の言葉が飛んできたり……最悪、トラブルになったりしたら――
「いや、こちらこそ」
「……え?」
そこにいた若い男性は、不思議そうに私を見ている……まるで、普通の人を見るみたいに。
「では、失礼」
むしろ、にこりと微笑んで自席に向かって行った。
あんな人は……初めてだ。
「――では、次。ウォルティス伯、報告を」
「はっ、はい」
お父様が、慌てた様子で資料を掻き回し、折角並べた順番がバラバラになった。
見兼ねた私は、テーブルの陰になるよう低い姿勢で、資料を元に戻していく。
「――ですから、我が領では――」
汗をかきながらも、手元の資料を無事読み終えた。
……問題はここからだ。
「貴殿の領は、安定して収益を増やしている。これなら税は――」
突っ込まれそうな問題点は、揃えてある。
質問に対し、適切な回答を一枚ずつテーブルに出せば、お父様が得意げに殿下へ述べていく。
「――なるほど」
質疑応答が全て終わり、お父様が椅子に座った。
私の仕事もこれで終わり――
「おい、資料を出すのが遅い」
「……申し訳――」
「資料も分かりにくいし……お前は、使いものにならん」
「え、でも……」
「もう良い。家に帰りたきゃ、歩いて帰れ」
領主会議が終わり、テーブルに資料を残したお父様は、本当に一人で会議室を出て行った……。資料を置いたまま……片付けてから帰れ、と言わんばかりに。
"資料、作るの頑張ったんだけどな……"
誰にも認められなくても。
精一杯頑張っても。
結局、受け入れられることはない。
「あの……」
資料に手を掛けたところで、あの声が聞こえた。
「この資料を作ったのは、貴女ですか?」
「……はい。ですが、出来が悪くて……」
「……これで?」
何十枚もある資料をじっくり捲る若い男性に、読みにくいだろうと申し訳なさが募る。
「領主は、どこですか?」
「……帰りました」
「貴女はどうやって帰るのですか?」
「……そうですね、乗合の馬車か……何かで……」
終始、なるべく目が合わないように下を向いてはいるけど、いつ怒鳴り声が飛んでくるとも限らない。
「……帰りたい、ですか?」
「え……?」
「僕の、秘書になりませんか?」
今まで出会ってきた人の中で、こんなに目を見て話をしてくれるこの人が、かつて居ただろうか。それにしても――この方は、誰?
毎日9時更新予定です。




