完結編 第1話 「お前、嫌いだ」
「お坊ちゃま」
自分が呼ばれたのは分かっていた。
でも、その呼ばれ方は大嫌いだ。
「…久遠蒼真だよ、教官」
溜息をついて自分の名前を口にした。
教官は「あ…」とバツの悪そうな顔をしていた。
「あーめんどくせぇ」
神代家の決まりで直系である俺は執事訓練所へ入所した。
俺のだらしなさに目を瞑ってきていた天音だったが
こればかりは、許せません。と入所は避けられなかった。
幼いころから連盟本部も遊び場にしていた俺を
連盟の人間も”お坊ちゃま”と呼ぶ。
初日に名前で呼んでくれと頼んだが、そう簡単に癖は抜けない。
「おっ、蒼真」
訓練室へ向かっていると大和さんと出会った。
「あれ?なんでここにいんの?本部は?」
大和さんは天音の右腕だ。
本部にいるはずの大和さんがなぜここに…と思い襟元のバッジが目に入った。
「それ、教官のバッジじゃん。…え…大和さん教官やんの?」
ゲッ。とする蒼真をみて、橘は笑うと
「そっ、今日から教官に復帰だ。橘教官って呼べよ」
大和さんは厳しい…よく本部の廊下や屋敷を走り回って
何度もげんこつをもらっている。
この人が教官復帰って…俺の代、最悪なんじゃ…。と思っていたら
大和さんの後ろにもう1人誰かがいたことに気が付いた。
目が合ったけど…。
お互い言葉を発する事はなかった。
背丈が同じくらいな所を見ると訓練生だろうか。
「紹介するよ、こいつは黒瀬蓮、途中入所になるが、お前ら同期生だからな」
「仲良くしろよ」
黒瀬は何も言わず、俺を見ていた。
いや…睨みつけてる。
なんか…ムカつくやつだな。
なぜか目を逸らせない。
「「お前、嫌いだ」」
黒瀬と声が重なった。
「真似すんな」
「…してねぇ」
言い合う俺たちを大和さんは微笑んで見ていた。
「……(やっぱ、面白れぇなこの2人は)」
ーーー俺たちはまだ知らなかった。
この出会いが運命の歯車の一部だったと言うことを。
黒瀬が入所して1週間。
いまだにあいつが誰かと話しているのを見ていない。
まあ、ムカつくやつだしな。
「なんだよ、蒼真。黒瀬のお守頼まれてんじゃなかったのか?」
…紫苑だ。
何かと俺のお坊ちゃまネタをからかってくるので苦手だ。
「頼まれてねぇよ」
紫苑が話しかけてくるなんて珍しい。と思ったが…
「ほら、また紫苑はそう言うー!言い方!」
天馬も居たらしい。
紫苑への喋り方指導が始まった。
天馬は誰とでもよく喋って明るい奴だ。
だから、黒瀬と喋らないのが俺には不思議だった。
「つーか、なんで誰も黒瀬と喋んねぇの?」
「お前、なんも知らないのかよ…」
さすが、ダメ人間だな。と呟く紫苑。
近くで会話を聞いていた他の奴が急に割り込んできた。
「黒瀨は出自が一般なんだよ。ここの入所も橘教官が特例で押し込んだって」
こそこそと俺に耳打ちして、続ける。
「この格式ある規律の整った結誓連盟に一般ってさぁ…」
そこまで聞いた俺は耳打ちしてきた奴を腕で押しのけるとすぅっと息を吸った。
教室全体に届く声で
「格式あるとかー、規律とかぁ、どーでもいいわ」
「出自?じゃあこの中で一番の旧家で名家の俺を見ろよ。だらしねぇぞ?お前ら、相手の家柄で人見てんのか?ここじゃ、実力が一番じゃねぇのか?」
そして、息を大きく吸い込むと
「俺はそんなの関係なく、黒瀬が嫌いなだけ!そんだけ!ムカつくだけ!」
「だから、てめぇら俺の真似してんじゃねぇよ」
最後はドスの効いた低い声で言ってやった。
教室の全員がしんっ…とした。
各々が気まずそうな表情をしていて、誰も俺と目を合わせなかった。
いや…黒瀬だけが目を見開いて俺を見ていた。
目を逸らそうとしたけど…やっぱり逸らせない。
「おい、蒼真ー。声がでかいぞー」
いつの間にか休み時間は終わって、教橘官が部屋に入ってきた。
そして、何事もなかったように全員が席に着いた。
「さて、教本のーー」
授業を進めながら橘は、やっぱり面白れぇ2人と心の中で呟いた。
そんな俺を見ながら紫苑は
「カッコつけやがって」と呟くのが聞こえた。
天馬は紫苑の言動にハラハラしているみたいだ。
「よし、次は訓練場で戦闘訓練だからなー」
橘教官の声で授業が終わったことに気が付いた。
授業前の俺の言葉のせいか、まだ教室は話す者が居なかった。
準備をし、訓練場へ向かった。
そういえば…黒瀬は戦闘訓練が初めてだな。
腕前を見れるチャンスだ。
俺があんだけ言っといて、こいつ弱かったらどうしよ…。
ーーーが、そんな不安はすぐに消え去った。
竹刀での摸擬戦の実技だった。
あっという間に黒瀬が勝利していく。
速い…正確な攻撃ばかりだ。
「黒瀬、すごいな…」
ぽつりと天馬が呟いた。
天馬のこういう素直な所がいい。
「ふんっ、たまたまだろ」
早々に黒瀬に負けている紫苑が強がっている。
「面白そう」
俺は立ち上がると黒瀬と対峙した。
息が上がっている黒瀬だが
誰にも負けたくない。と目が燃えている。
だけど…。
「…さっきは、ありがと」
「は?」
「…実力が一番って…」
「だって、本当の事だろ」
何言ってんだ、こいつ…。
そしてーーー橘教官の合図に俺達は竹刀を振るった。
「ーー辞め!」
どれくらい時間が経っていたか分からなかった。
俺も黒瀬も完全に息が上がっていた。
勝敗が着かなかった。
時間いっぱい、2人で夢中で竹刀を振るい合っていた。
「なぁ…蒼真が勝てないって」
「黒瀬…すごくねぇか?」
周りがざわついている。
俺は一瞬、目を瞑り、黒瀬の目を見直した。
黒瀬はまだ、真っ直ぐに俺を見ていた。
「また、やろうぜ、蓮」
「次は勝つ、蒼真、覚悟しとけ」
2人を見ながら橘はやはり微笑んでいた。
2人の間の壁を取り払うには一度勝負をさせるしかないと橘は考えていたのだ。
いつか蓮は蒼真を支えるだろう。
いつか蒼真は蓮に支えられるだろう。
俺と天音がそうだったように。
いや…同じ形にはならないかも知れない。
それでも…蒼真、蓮は2人で成長するはずだ。




