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第98話 天水雨音と木下ゆず

漆黒の瞳に光が宿ることはなく、いつもはサラサラな長髪は荒れ狂い、どす黒いオーラを纏って仁王立ち。


「その女、誰よ」


俺の主、天水雨音お嬢様は怒りに満ち満ちていた。文化祭の楽しげな雰囲気を薙ぎ払い、灼熱の憤怒が宿る鋭く冷たい瞳がその先を凍てつかせる。

ヤバイ。本当にヤバイ。お嬢様がブチギレている……。というか不機嫌だ。今まで見たなかで最大級の不機嫌っぷり。お嬢様が睨む先には、俺と木下さん。


「は、はぅわあぁ……!?」


木下さんから声にならない悲鳴が聞こえてきた。お嬢様の圧倒的なオーラにやられたのだろう。俺ですら気を抜けば意識を持っていかれかねない。それ程にお嬢様から発せられる威圧感は凄まじかった。


「あばばばば」


現に芋助は気絶した。白目を剥いて泡を吹いている。覇王色の覇気みたいだなおい。

つ、つーかどうしてお嬢様は怒っているのだろうか? 俺何かした?


「陽登、聞いているの」


頭から冷水を浴びせられたような感覚。お嬢様の声は氷よりも冷たく、俺はたまらず震える。は、初めてかもしれない。この人が怖いと思うのは……!


「え、えっと、その……何でしたっけ?」


「だから、そこの、女は、誰だと聞いているの」


フリーザが指先からビームを放つかの如く、お嬢様が指差す先には木下さん。今にも襲いかかりそうな形相で木下さんを睨みつけているではないか。え、いや、木下さんが、え?


「き、木下さんだろ? クラスメイトじゃないですか」


「は? だから?」


こえーよこいつ!? どうやったらそんなに低い声が出せるんだよ。

一歩、また一歩と。お嬢様がこちらへと迫ってきた。容易に予測が可能だ。今のこいつに近寄られるのは非常にヤバイ。


「あ、あぁぁあ……」


木下さんは足ガクガク、顔は真っ青で唇が激しく震えていた。中学校の同級生と会った時とは比にならないくらいに怯えているじゃないか。

さすがにヤバイ、ヤバイしか言ってないけど本当にヤバイ。これ以上お嬢様が近づいたら木下さん絶命する恐れがあるヤバイ。


「木下さん俺の後ろに隠れて」


「ぅ、うぅ」


俺は木下さんの前に立って庇う体勢に入り、お嬢様の怒り狂う双眸から守るように立つ。

すると、目の前から襲うオーラがさらに増幅した。


「あ? そこどきなさい」


「お、落ち着いてくださいよ~。何をそんなにキレているんですか」


ついに目の前まで迫ってきたお嬢様の表情は変わることなく、黒いオーラが直に俺の体に当たる。熱い、冷たい。全身から汗が流れ、全身が震える。ヤバイよヤバイよ俺も気絶しそう。


「ひ、火村君……うぅ」


その時、木下さんが俺の体にしがみついた。恐怖のあまり何かに抱きつかないと精神が狂いそうなのだろう。後ろから抱きつく木下さん、柔らかくて背中に温もりが広がる。前に回した木下さんの腕がお腹をくすぐって、あぁ気持ちが和らいできた。


「は? 何してんのよ」


ぎょえええぇ! 死ぬうぅぅ!? 至近距離で放たれた怒号が温もりを吹き飛ばすぅ! 怖さのあまり失禁しそう。

木下さんが抱きついた途端にお嬢様がキレた。より激しくより熱くより冷たく。もう俺の日本語は意味不明だょ。


「ひっ、ご、ごめんなさい」


「アンタ陽登の何よ」


「いやだからクラスメイトだって」


「陽登は喋るな。そこどけ」


「う、ういっす」


木下さんごめん。俺も限界です。お嬢様の威圧感に耐えきれず俺は横へと逸れる。せめてもの抵抗として腕を出して木下さんとお嬢様の間に境界線を作る。

……なんてことだ。二人が俺の腕を挟んで正面から向き合っている。


「アンタ、陽登と付き合っているの?」


「ふ、ふえぇ……つ、付き合っていないです」


ライオン対リスみたいだなと思った。雨音お嬢様は睨みを効かせたまま質問して、対する木下さんは涙目で精一杯答える。

特訓のおかげか定かではないが木下さんはなんとか言葉を返している。が、頑張れ木下さん。


「付き合ってない? ただのクラスメイトなのに? どうして陽登と一緒にいるの」


圧迫面接にも似た一方的な質問の連続。どうして怒っているんだよマジで。何この状況っ、なぜこうなった!?


「そ、その、一緒に文化祭回ろうと私が火村君をさ、誘ったからです」


「へぇー。私の使用人に色目使ったの? やってくれるわね」


「っ、ぁ、その……ひぃ」


「ちょっと待てよ。木下さんは悪くない」


これ以上は木下さんのメンタルが持たない。涙が溢れて全身震え上がっているんだぞ。俺は再び木下さんの前に立ってお嬢様と向き合う。


「はあ? 陽登は引っ込んでなさい。私がこいつと話があるの」


ふー……大丈夫だ俺よ。確かに目の前には今までで一番怖くて不機嫌なお嬢様がいる。けどここで俺が行かなくては木下さんが死んでしまうっ! 冷静に、いつもの調子でヘラヘラと対応してみせろ。


「俺と木下さんは仲が良いんですわ。もう親友、ぼくのベストフレンド的な? だから一緒にいてもおかしくないだろ」


「うるさい。アンタは私の使用人なのよ。他の女と遊ぶなんて許さない」


「主人とはいえ俺の交友関係まで言われる筋合いはねーよ。俺が誰と仲良くしようがお前には関係ないだろ」


いつもの調子を取り戻せた俺は饒舌にお嬢様と渡り合う。後ろの木下さん、そっと俺の背中を掴んで震えている。

お嬢様には見えない位置で掴むのはナイスだよ。また怒りを発火させる要因になりかねないからな。


「はぁ? アンタは私の使用人、下僕なの。勝手なことしないで」


「うるせー。お嬢様にとやかく言われる筋合いはない!」


「……何よ」


「あ?」


「陽登は私の……」


怒りのオーラが少しだけ収まった。お嬢様は唇を一文字に結んで俺を睨んでいた。でもさっきまでの睨み方とは違う。不機嫌って感じではなく、不満げ……?

なんだか、拗ねているみたいな……んん? それって不機嫌とどう違うのか、俺には分からない。


「なんだよ。意味不明~」


「っ、とにかく駄目なの! そこの女、今すぐ陽登から離れろ」


「は、はい」


ゴニョゴニョ唸っていたお嬢様だが、再び勢いを取り戻して木下さんをガンつける。ヤンキー並みの睨みっぷりに木下さんが抵抗できるわけなく、震えながら俺から離れた。あぁ柔らかい感触が消えた……

と、木下さんの手から何か落ちた。床に転がる、ピンク色の包み。


「なんか落としたぞ?」


「あ……そ、その……それは……っ」


木下さんは落ちた包みを見て、今度は俺の顔を見て、また視線を落とす。口が開きかけては閉じて、何やら逡巡しているみたいだ。


「は? もしかして……はぁ?」


「どうしたお嬢様」


「アンタ、それ渡すつもりなんじゃ……!」


「あ、あうあう……」


お嬢様が睨んで木下さんが怯える。リアルであうあう言う人初めて見た。天然でやっているならマジで末恐ろしいぞ。可愛いから全然オッケーなんですけどねっ。

それにしても、あー……この空気しんどい。どうやって場を収めようかな……。

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