第97話 君臨するお嬢様
「モザイクアートだってさ」
「すごいね。大きい……」
「これにつば吐いたら怒られるかな?」
「お、怒られるでは済まないと思うよ」
木下さんと二人、モザイクアートの展示を見ている。大量の写真をちまちま貼って作り上げた一枚の大きな写真。こうも大きいと見上げるだけで首が痛くなるぜ。
この巨大作を台無しにしたい、そう思ってしまう俺の心は工場の廃液ぐらい汚いのだろう。
「んじゃあ次行ってみるかー」
「う、うんっ」
にしてもまさか木下さんと一緒に文化祭を回ることになろうとはね。確かに何度か遊び行った仲だし、嫌われてはいないのは分かっていたが。
文化祭だぜ? 一緒に回る人って結構大事な気がする。果たして俺なんかで良かったのか。
「お、射的だって。入ってみようぜ」
ま、気にしても仕方ないことだな。もう一緒に回っていることだし、存分に楽しもうじゃないか。朝は冷めた目で文化祭を嫌っていた俺とは思えない発言である。
俺と木下さんは『スーパー射的!』の看板が置かれた教室の中へと入る。何をもってスーパーなのか分からん。スーパー要素が見当たらなかったら射と的の間に精の一文字を書き加えるからな。
「いらっしゃい。輪ゴム鉄砲の射的やっていきませんかー!」
どうやらお手製の輪ゴム鉄砲を用いた射的らしい。棚の上には空き缶や小さなコルクが置かれてあり、それらを倒せば景品がもらえるのだろう。
係の生徒がこちらへと来て鉄砲を渡してくる。強制参加かよぶっ殺すぞ。
「木下さんやってみたら?」
「え、わ、私?」
「大丈夫だって。こうやって、ほら簡単に撃てるから」
お手本として、輪ゴムをセットして係の奴に撃ってみた。な、簡単だろ。目の前で男子が「なんで俺に撃ったの!?」と憤慨しているのは無視してどうぞ。
「ほら早くしろよ」
「わ、分かった」
木下さんは輪ゴム鉄砲を構える。あたふたと慣れない手つきで一生懸命輪ゴムをつけている姿は見ている側の気持ちを癒してくれる。
どうでもいいが木下さんがゴムを着けている、と言ったらすげーいやらしく聞こえる。俺のアソコも発砲寸前だ。シンプルな下ネタ嫌いじゃない。
「え、えいっ」
なんでこの子はかけ声も可愛いの? 狙っているの? 狙いは空き缶じゃなくて、あざといの狙っているんじゃない?
この天然あざと女め、などと心の中で悪態ついている間に木下さんは全ての弾を撃ち終えたみたい。成果はゼロ。
「ご、ごめんなさい……」
しょぼんと落ち込んで涙目の木下さん。申し訳なさげに頭を下げてきた。
「気にすんなよ。楽しくやろうぜー」
別に怒ってないから。失敗でもいいさ、やったことに意義があるんだ。やだ俺とっても前向き! 俺のアソコは上向き。被せボケも嫌いじゃない。
「じゃ、俺に任せーや」
俺はニッコリ微笑んで木下さんから輪ゴム鉄砲を受け取り、係の生徒には輪ゴムよこせと強気に催促。すると先ほど俺に撃たれた奴が不満顔で輪ゴムを渡してくれた。そう怒るなよ、顔は危ないから股間狙ってやっただろ。
「ひ、火村君は得意なの?」
「全然やったことない」
輪ゴム鉄砲なんて作ったこともねーよ。だけどさ、なんか出来る気がする。それには訳がある。
のび太君っているじゃん? 彼はいつも寝てばかりで青タヌキ頼り。クズの俺とそっくりだ。そんなのび太君には特技がある、射的だ。クズののび太は射的が上手い、つまりクズの俺も射的が上手いとこれにて証明終了!
「うん、駄目でした」
同じクズでも俺に射的の才はなかったらしい。結局落とせたのは空き缶一つだけ。景品はガムだった。しょぼい。
「でも一つ当てたからすごいよ?」
「励ましサンキュー。ガム食べようぜ」
小さなガムを二つに分けて木下さんに渡す。このガム懐かしいよね。小さい頃、まだ目がキラキラしていた少年時代の時は十円玉握りしめて駄菓子屋に行っていたものだ。
「あ、ありがと」
「二人並んでガム噛みながら歩いて風紀乱そうぜ」
懐かしいガムの味を堪能する。昔はこうやって友達とガムを分け合った。寄り道したら駄目、と注意してくるあいつの口に無理矢理ガムを放り込んでさ、あいつ元気にしてるかな。
「が、ガム美味しいね」
「そだな」
俺はクチャクチャと敢えて音を立ててガムを噛む。どうもヤンキーぶってる系男子でーす。
ふと、隣を歩く木下さんの足が止まる。視線の先を追ってみれば壁にチラシが貼られていた。体育館で行われるバンド演奏やイベント等のタイムスケジュールが書かれている。
「興味あんの?」
「ふぇ、え、えっと、ちょっと気になる……」
しどろもどろに答える木下さんは顔を俯かせる。別に俯かなくてもいいのに。
「バンド演奏かー」
文化祭の定番だな。メンバーを集めてバンドを結成。練習を重ねて人気アーティストの曲を中途半端に真似してボーカルの奴が自己陶酔に浸り、クオリティの低いパフォーマンスとグダグダのMCを見せつける。ギターを持ったままファミレスに入店して打ち上げ、ここまでがテンプレ。所詮はバンドやってる俺カッケーな奴らだ。
「やめておいた方がいいぞ」
「そ、そうなの?」
中には本当に上手い奴らもいるが大概は微妙だ。それに体育館はそんなバンドを盛り上げて自身のテンションも上げる生徒達でごった返す。確実に暑苦しい。
俺的には行きたくねーけど、木下さんチラシずっと見てるやん。ガン見やん。
「ま、暇だし見に行ってみるか。せっかくの文化祭だし」
行こうぜ、と木下さんに声かけて俺は歩く。木下さんは慌てて俺を追って隣に並ぶ。俺は嫌でもさ、木下さんは見たがっている。調理部で働いた後だし存分に楽しんでもらいたいよね。
「木下さんがバンドに興味あるって意外だな」
「ば、バント演奏は別に。それじゃなくて噂で……」
「噂?」
「う、ううん何でもないっ」
ん……? まぁいいか。とりあえず体育館行こう。
楽しみにしている木下さんには悪いが体育館には軽音部がいるはず。レッド・ポテト・サラダーズのクソみたいな演奏を目の当たりにしたら失望すること間違いなし。
ごめんな木下さん、あなたの期待ぶち壊してしまいます。お詫びに俺が彼氏になってやるよっ。わーい、ありがた迷惑の極み~。
「あれ、ハルじゃん」
声をかけられた。横を見れば、はっぴを着た芋助が立っていた。手には看板を持っている。ソープ店の呼び込みのボーイみたいだな。
「なんでお前ここにいるの」
「模擬店のシフト時間だから。言っとくけど俺はハルの分もやらされて二倍働いているからな!」
ご苦労なことで。絶対サボる宣言して逃げた俺は知ったこっちゃねーです。喚く芋助から視線を逸らして見た先は、見慣れた『1-A』の文字。ここ俺の教室じゃん。
芋助が手に持つ看板には『きゃぴ☆ミネラルウォーター喫茶店』と書かれてある。ウチのクラスのセンスはどうした。
「お前軽音部はいいのか」
「一年生は午後のメインステージじゃなくて午前のステージに出たよ。……うん、最高に盛り上げたぜ」
後半の落ち込みようを見るに嘘だろそれ。レッポテの演奏で盛り上がるわけがない。大怪我を負ったに違いない。放課後はファミレスで反省会な。
「そ、そんなことはいいんだよ。おいハル、俺しんどいから呼び込み代われ」
「嫌だ馬鹿。俺は今から体育館に行く」
「何言ってる。人間性終わったハルが文化祭を楽しむはずが……っ、き、木下さん!?」
ここで俺の隣に木下さんがいることに気づいた芋助は大きく後ずさる。口はパクパク、目はピクピク、だが三秒後には歯をギリギリさせて俺の胸ぐらを掴んできた。
「て、テメェ。サボりのくせして一丁前にデートしてんのかあぁん?」
「落ち着きたまえ土方君。この世は理不尽なんだよ。諦めて君は呼び込み頑張れ。俺は木下さんとエンジョイしてくる」
「ああぁん!? ふざけんなどうしてお前ばっかり!」
芋助が目を血走らせてガンつけてくる。とてもウザく面倒くさくなってきたので俺は芋助の顔面にガムを吐き捨てる。俺はアメリカの不良かな?
「うわ、何これすごい汚い! あ、髪について取れない!?」
「木下さん行こうぜー」
「え、う、うん」
芋助を撃退し終えた。お前は俺の分まで青春を味わってくれ。
さーて、レッポテの出番が終わったなら後はまともなバンドが演奏していることだろう。早く体育館に行かなくては。
「陽登」
この声は雨音お嬢様だ。後ろから聞こえてきた。
そういえばお嬢様はクラスの女子に連れて行かれたんだったな。ぷぷっ、どんな格好しているんだろ。
ワクワク&ニヤニヤ、期待して後ろを振り返ってみると…………っ!?
「その女、誰よ」
今までで一番不機嫌な顔をして、真っ黒な瞳で俺を睨む雨音お嬢様がそこに君臨していた。




