第33話 ゆったりした日曜日の味噌汁はほんわかする
外出して土曜は過ぎ、日曜がやってきた。
日曜日、休日だ。テンションは昨日から引き続き高い。が、明日のことを考えると憂鬱になってしまう。
はぁ~、月曜からまた学校に行かなくてはならない。想像しただけで溜め息が出てくる。
『おはにゃーんハル。今日のラッキーカラーはピンク色だ。桃色のパンチラ見ようぜ!』
いい加減こいつは着信拒否にした方がいいのかもな。返事はせず通話をオフにする。慣れたものだ。
なんでモーニングコールしてくるんだよ。そしてなんでラッキーカラーを言う。意味が分からん。
「あ、陽登君おはようございます」
「おはよーです」
執事服に着替えて廊下を歩いているとメイドさんと会った。
歩いている方向から察するに、俺を起こしに来ていたのか。全裸でスタンバイしておけば良かった。
「今日は寝起き良いんですね」
「ま、そうっすねー」
で、今日はどんな雑用をさせられるんですか。これまでやたら掃除をしてきたけど今日も?
「お嬢様は夜遅くまでアニメを観てまだ寝ているので先に私達だけで朝食にしましょう」
金持ちのお嬢様のくせして徹夜でアニメ観賞かよ。終わってんなあいつ。
そして少し可哀想にも思える。俺が言うのも何だけど貴重な青春を無駄にしてるぞ。
「それで、陽登君に以前お伝えした話ですが」
「すいまっせーん味噌汁のおかわりお願いしまーす」
「……」
いやぁ今日も味噌汁が美味いっすね。この味噌汁でご飯一杯はイケるぞ。まぁそれくらいイケるよな、あっはっは!
「あ、すんません話ってなんすか?」
「先週言いましたよね、お嬢様の友達作りの件についてですー」
無表情のままメイドさんは淡々と言葉を出す。物腰静かで丁寧に、でも少しピリピリしている気がする。怒っちゃやーよ。
友達作り……あぁー、この前言われたなー。
「どうですか? 友達作りは順調、ではないですね?」
「あ、やっぱ分かります?」
土曜の夜に徹夜でゲームに没頭している時点でアウトみたいなもんだよ。かなりの残念系お嬢様ですね。
メイドさんも同調するように頷いて味噌汁を優雅にすすっている。さすがメイド、上品だな。その洋風なメイド服に和の味噌汁はミスマッチだが。
「陽登君が天水家に仕えて今日で一週間です。これまでにお嬢様から受けた報告ですが」
「あ、味噌汁どうもですシェフ」
やっぱ朝は味噌汁ですねぇ、あぁほんわかする~。このまったり感が良いよね。
「……朝は襲いかかろうとして、学校では無視と嫌がらせ、嘘をついてお嬢様を困らせたり頻繁に下ネタやセクハラ発言をする、差出人不明のアルミホイル製ラブレターを持ってくる等。これを聞いて自分自身どう思いますか?」
「とんでもないクズですねっ!」
「なんで清々しいの?」
いやぁ、我ながら良い具合のクズっぷりだ。ある意味褒めてあげたい。
メイドさんの言った通り、俺がここに来て一週間が経つ。素敵なニート生活を奪われて一週間が経った、とも言える。はぁ、恋しいなぁ。
ともあれ一週間も経てばこの豪邸にも少し慣れてきたよ。少しだけね。
高校に通いながら初めての仕事だ。使用人として順調に……失態を繰り返しているんだよねー。ぎゃははは。
「寧ろこんな俺を雇った天水家に問題がありますね」
「それは私も思いますー」
ニコッと微笑むが目は笑っていない。つーか目怖っ!
うさみちゃんとはまた違った意味で目が怖いよ。何あれ、人間あんな冷たい目が出来るのか。
「この一週間に起こした数多くの失態。普通なら解雇にするどころか、生きたまま地中に埋めて土の養分にしたいぐらいですが」
サラッとすげーこと言ってるよこの人。やめてやめて怖い、生き埋めとかマジで笑えないんで勘弁してください。
「一つ言えることがあります。それは『こんなクズで使えない使用人今まで見たことがない』ですー」
……それ褒めてないよね。完全に馬鹿にしてるよね。
あれ、なんか涙出そう……ぐすん。
「今まで天水家に仕えてきた使用人の中で最も酷くて人間のゴミクズな陽登君だからこそ、お嬢様が心を開いてくれる。その可能性があると私は思っています」
「すいませんもうこれ以上俺をボコボコにするのやめません? マジ泣きそうです」
「これからもよろしくねゴミク…陽登君」
今ゴミクズって言いかけたよね? ねぇ!?
俺はクズだと自覚していたが、こんな風に冷静且つ淡々と断言されたらさすがにハートに響くものがある。あれ、目尻が熱いなぁ、視界が潤んで味噌汁がよく見えないや……。
「陽登君? 様子がおかしいですが、大丈夫ですか~?」
「は、はい……」
「とんでもないクズなんですから、ほらもっと自信持ってー!」
今度は満面の笑みだ。全力の悪意に満ちたスマイル。
分かった。この人、実はSだろ。今後はマジで気をつけよう。マジで。
「ゴミクズの件はこの辺にして、明日からも陽登君には友達作りのサポートをお願いしますー」
「それなんすけど、俺自身まだ新生活に慣れていないのに他人の友達作りとか無理だと思いますよ」
ただでさえ雨音お嬢様のせいでクラスから浮いているのに。
「大丈夫だと思いますよ」
な、何を根拠に言ってんのこの人。
馬鹿なの? メイドって馬鹿なのか?
「陽登君!」
俺の名を呼ぶおっさんの声。
振り向けば庭師のおっさんがこちらへ来ていた。何やら嬉しそうな顔をしている。
「今朝娘が話しかけてくれたよ!」
「おぉー、やりましたね」
「陽登君のアドバイス通り無理に話しかけず距離を置いてみたら『最近黙ってるけど何?』って! いやぁ嬉しかったよ」
それは会話したと言えるか定かではないが、おっさんが嬉しそうだから良しとするか。
「少し間を置いて今度は何気ない会話から外食に行く約束をしましょうぜ」
「よ、ようし頑張ってみるよ。陽登君もまた一緒にご飯食べに行こう!」
「また美味い店紹介してくだせぇー」
庭師のおっさんはウキウキと上機嫌に部屋から出て行った。
娘と話した、その報告をしに来ただけかよ。どんだけ嬉しかったの?
「火村君、持ってきました」
「お、前言っていた単行本すか!」
今度は味噌汁のおかわりではなく漫画を持ってきたシェフのおっさん。
「すげー、完全版じゃないすか」
「是非読んでください」
「ナメック星での戦いが楽しみですわ」
シェフにお礼を述べて漫画の入った袋を床に置く。今日ずっと読んでおこう。楽しみ!
と、今度は運転手さんがやって来た。
「あの……今度、また打ちに行きます」
耳元でボソボソと囁いてきた。まぁお屋敷に勤める運転手が堂々とパチンコに行くとは言いづらいよね。
「花慶の新台出るらしいっすね」
「そうなんですよっ、継続率高くて昔のような高いスペックです」
「俺もそのうち行きます。どっちかが勝ったら飯行きましょね」
「黄金キセルを出してみせます」
二人で拳を合わせて互いにグーサイン。運転手のおっさんもまた上機嫌で部屋から出て行った。当たることを願ってますぜ。
「……と、このようにですね」
向かいの席のメイドさんが口を開く。
あ、そういえばメイドさんと会話してる最中だった。すんません。いやでもおっさん達が話しかけてくるから……ん、メイドさんが微笑んでいた。
「陽登君は一週間で天水家に仕える人達と仲良くなっているんですよー」
「えー、そうですか?」
おっさんと話すの面白いし同じ職場だから何かと話す機会は多いだろ。あれくらいは普通でしょ。
「コミュニケーション能力はお嬢様より遥かに高いです。一度私も一緒に野球観戦したので分かります」
「あっ、そういやあの時ドラマが延長って!」
「なのでお嬢様の友達作りに向いてますよー、よろしくお願いしますねー」
無視しやがったファッッッキン! な、なんてメイドだ……。
「使用人としては大して使えないのですから頑張ってください。来週はもっと良い報告待ってます」
……あぁ、余計に月曜が鬱になってきたわ。




