磐木 徹志(iwaki_tetuji)<4部-邂逅編>
・「初めて風迫に会ったのは、今から7年前」
・12年前起こった事件。
後に〝空の果て〟と呼ばれるその怪事件。ある日突然空が割れ、多くの飛空艇乗りが飲み込まれたという一件は、それからすぐに国内全土に知れ渡った。
当時はそれに関して様々な憶測も飛び、報道もなされた。
その中で、生き残って再び基地に戻る事ができた磐木に待っていたのは、様々な好奇の目以上の――絶望感だった。
何もやる気が起きない。
目の前であの地獄を見た。たくさんの仲間、たくさんの命が空に飲み込まれていく様。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
若い磐木にとってそれは、精神を壊すのには充分のものであった。
……しばらくは事情聴取が続き、その後医師の勧めで休養。
その後復隊、他の隊に編成されたが、一層無口になった彼が馴染めるはずもなかった。
共に生き残った原田 兵庫がすでに退役していたというのも理由の一つだった。
完全に気が抜け切ってしまった磐木の様子に、周りは失望をあらわにした。
「図体だけのでくの坊」
「まただんまりか、お前は何を考えているかわからない」
「生き残ったくせに、そんな様子で死んでいった連中に恥ずかしいと思わないのか? もっとしっかりしろ」
『湊』から別の基地に異動になっても、それは変わらなかった。
――目に映る景色は灰色。
なぜ自分が生きているのかわからない。そして、
(俺の上司は聖隊長)
心に誓ってしまった絶対たる思い。
(あの人以外の命令など)
自分が従うのは聖 晴高のみ。他の誰の指示も聞きたくない。耳が抵抗する、否定する。
だけど空軍を離れる気にはなれなかった。
それはひとえに、晴高との約束があったから。
晴高の意志を継ぎ、空を守る。
けれどももう、何もする気が起きない。
――12年前のあの日、磐木は晴高によって墜とされ、その場より逃れる事ができた。
だが心は。
晴高に寄り添い、あれからずっと、あの地獄の空を飛び続けていた。たった1人で。
・絶望の中5年が経った。
そんなある日の突然の辞令であった。
次に飛ばされるとしたら、もう、空軍ではないような気がしていたから。
飛空艇乗りとして再び『湊』へ赴任と聞いた時は心底驚いた。
・彼に拒否権はない。けれどももしそれが叶ったのなら、磐木はそれを呑まなかったかもしれない。
・磐木にとって白河は、それほど接点のある人物ではなかった。
以前、晴高の隊に属していた時――『湊』で競っていたもう1つの隊の隊長。
でも悪い印象はない。晴高や兵庫が親しげに話していたから。
しかしその部下である上島 昌平という男がどうしても好きになれなかった磐木にとって、白河は、別に好んで近づくような存在でもなかった。
何か困った事があれば、晴高や兵庫に相談すればいいし。隊の中でも1番下っ端であった彼が、他の隊の隊長と話す機会はほとんどなかった。
辛うじて覚えていたのははやり、晴高という存在が関わっていたから。それだけの事。
だが白河の方は磐木とは違っていたようで、久しぶりに会った彼に心底懐かしさと嬉しさのこもった笑みを見せ続けた。
・ああ、そう言えば。晴高と兵庫も高藤総監には殴られてた。あれは何でだったんだろう?
理由は忘れたけれども、その後皆で打ち上げだって言って町に繰り出したんだ。確か焼肉屋。晴高と兵庫は何事もなかった様子で大笑いしてたな。
・晴高とこの人は到底違う。
(もしも隊長が生きていたら)
今頃あの人も総監なのか……? ふと思う。
でも、どう考えてもあの人が権力を望むとは思えない。生涯現役を貫きそうだ。
(けれど、あの人が総監になったら)
迷わず皆がついていくんだろう。それこそその基地は、国内最強の基地になるかもしれない
・晴高はいない。そして現実に今目の前にいるのは、バッタのように頭を下げ続ける腰の低いこの男。
軽蔑するほどではないが、敬意など抱きようもない。
『湊』は変わった。この人が総監に……行く先の基地がとてつもなく薄っぺらく、また空しい物のように思えてならなかったのである。
・結局、赴任から1ヶ月。磐木の配属先は決まらなかった。
・その表書きには『辞表』。見事な筆遣いで書かれていた。
・「痛いよ。もう、頼むよ。力か有り余ってんのかお前」
・「――無理です」
「……へ?」
「隊長なんて、無理です」
・(俺が隊長?)
冗談じゃない。そういう感情しか浮かんでこない。
「無理に決まってる」
思い浮かぶ隊長の像は、聖 晴高。
まっすぐなあの瞳とあの魂。それは、隊員全員をいつも光の中へと導いていた。
揺らぐ事なく。
誰もがその先を疑う事なく、信じられるほどに。
そんな、晴高と同じ〝隊長〟に、自分がなるなんて。
(無理だ)
・(白河)この人は晴高とは違う。兵庫とも違う。
(けれども)
人を惹き付ける何かがある。
・「【ケルベロス】のジン。こいつと組めるなら、隊長の座も考えます」
・――本当は、どうでもよかったんだ。
「前に会ったんです。魔の空域に行った時助けてくれたのがその男で。……その時その飛行に見惚れました」
――よくもまぁ口から、ベラベラと出てくるもんだと思う。
「助けてくれたその心根と、腕前に感銘を受けました。俺はあいつと組みたい」
白河は困った顔をしている。当たり前である。
「あいつ以外の誰も考えられません。でなければどうぞ、一兵卒として扱ってください」
ただの口実。
磐木もわかっている。【ケルベロス】がどんな組織であろうとも、ジンという男がどんな男であろうとも構わない。
絶対無理なのはわかっているから。
断る事ができる口実として。
……白河に、もう、折れてもらうために。
「【ケルベロス】のジン以外と俺は、組む気はありません」
その名を出した。
ただそれだけ。
・あの飛行が目に焼きついているのも事実。
もう1度会いたいとは思う。そして話してみたいと思う。
(なぜだろうか)
磐木は不思議に思う。
ジン、その名に。
なぜこんなに心揺さぶられるのか。
異国の飛空艇乗りに。
もしそれに理由があるとしたならば。
(風の中で出会ったからか?)
まるであの日の。
聖隊長を失ったあの時によく似た、荒れ狂う風の中で。
あの日とは逆に。
出会った事が。
・翌朝、磐木と白河は基地を飛び出す。
操るのは2人乗りの『葛雲』。
それに乗るのは随分久しぶりで。まして後ろの席に晴高と兵庫以外の人間を乗せたのは初めての事で。磐木は最初少し緊張したけれども。
「いい風だ。気持ちいい」
白河の声は、落ち着く。
悪くないと磐木は思った。
この人を乗せる事。白河という人間は。
「……」
磐木はこの時初めて思った。白河の下につけた事、それは幸運だったのではないかと。
晴高以外の人物で、初めて抱く感情。
――この人ならば、従ってもいい。




