ep1:災厄
世界の西に位置するアーガルト王国。
鉄壁を誇ると言われたその王都バルサスが炎に包まれてから9年の月日が経つ。
王都バルサス守護魔法師団団長ロック・ローランド。
かつて勇者パーティの一員として魔王討伐を共に果たした男は、その魔王の猛攻からも仲間を守り抜き、最高の守護者の称号を手にしていたが、王都バルサスを襲った元凶のモンスターとの戦いにより相討ちになったと伝わっている。
王都バルサスを襲った元凶にして、魔王配下の一体、黒炎のスルード。
スルードが率いた大量のモンスターによって引き起こされた一連の襲撃は、後に【スルードの災厄】と呼ばれ、人々を恐怖に陥れた。
多大な犠牲を出しながらも、スルードが消えた事で集められたモンスターは散り散りとなり、再び平和が訪れたはずであったが、それで終われない者達がいた。
住む場所を失った者、家族を失った者、怪我を負った者、そうした人々は国王や政治を担う者達を糾弾する為、王宮に詰めかけた。
モンスターが存在するこの世界において、人々が国や街に納める税金は自分の身の安全を確保する意味合いが強い。
街中や街道等、住民に限らず行商人や冒険者なども利用する保護対象エリアは、国や街の責任において安全を確保している。
その安全性の高さが人口の増加へと繋がり、人が増える事で物の行き来も活発になる。
こうした循環が国や街をより繁栄させ、多くの資金が集まっているのだ。
理由がなんであれ、安全を脅かされた住民達には王宮を糾弾するだけの理由があった。
防衛の象徴であったロック・ローランドが居ながら、王都内に甚大な被害を出してしまった事は王宮内にも混乱をもたらしていた。
皮肉な事だが、過去の栄光による期待が高かったからこそ、成し遂げられなかった事への批判や失望感は大きくなってしまう。
王宮に対しての糾弾は増し続け、住民の流出が止まないことで国王は大きな決断を下すこととなる。
ロック・ローランドを先の災厄で王都を守りきれなかった最大の戦犯とし、団長を務める守護魔法師団は解散された。
その上で、住民に課される税金や行商人や冒険者の通行料は減額され、復興に掛かる費用及び被害者への補償をすべて王宮が行う事を発表した。
王都バルサスが襲撃を受けてからわずか5日後の出来事である。
もちろん守護魔法師団を中心にロックと近しい人達から反発の声は挙がったものの、守り切れなかった負目や被害者の気持ちに対する配慮から、その声は次第に弱まっていく。
実質トカゲの尻尾切りとされたロック・ローランドの存在や所属した守護魔法師団の面々とは裏腹に、王宮の取った決断は成功。
税の低さと復興需要を商機と見た商人達がこぞって訪れた。
物が動けば人も動く。
早々に活気を取り戻していった王都バルサスは順調に復興を進めていく事となる。
なお、後に国王はこの決断に強く反対したが、ロック・ローランドばかりが称賛を集め、存在感を薄めていた宮廷魔法師達が暗躍する事で国王の主張を押し切ったという噂が流れたが、その真偽は定かではない。
時と場所は変わって、アーガルト王国の辺境に位置するセクレト村に程近い平原で、剣を振るう2つの人影があった。
筋骨隆々の背の高い男と、まだ幼さの残る顔立ちの青年が互いに剣を振るっている。
青年は眼前に繰り出される斬撃に対して、手に持つレイピアを向けて土属性防御魔法の盾生成魔法を創り出す。
斬撃を受け止めた盾生成魔法は、その威力を相殺させると消えていく。
「良い防御だ。では、これはどうする」
褒められたのも束の間、刀身に炎を纏わせた強力な一撃を振りかぶっている。
咄嗟にレイピアを縦に構え、先程よりも魔力を込めて声にする。
「盾生成魔法!」
レイピアを起点に左右に一つの大きな盾が形成されていく。
魔力量を上げた事でより頑丈に創られた盾生成魔法は、その攻撃を防ぎ切った。
相手の力が弱まるのを感じて魔法を解除するが、眼前に相手の姿は見当たらない。
「あれ…」
前方には持ち主と纏っていた炎が消えた剣が地面に落ちている。
「強度は十分だが、視界を遮り過ぎたな」
後ろから僕の肩を叩きながら義父さんは言った。
模擬戦じゃなければ攻撃出来ていると言わんばかりに、反対の手には短剣を持っている事をアピールしている。
「普通はあれくらいの大技を出した直後は少し動きが止まるものだよ。硬直なしで回り込んで来るなんて義父さんくらいしか…」
少し呆れたように告げる。
「外の世界にはこれ以上の事が出来る者も、モンスターもいるさ」
「…出来ればそんな相手とは戦いたくないね。いっそのこと盾を球体みたいに展開して全方位守ってしまえば安心かな?」
僕が言った事を想像したのか、少し笑いながら義父さんは返してくる。
「発想は面白い。しかし、視界をすべて遮断してしまうのは危険だな。見えるモノだけで判断するのは良しとしないが、視覚から得られる情報は多い。複数の感覚を使って状況判断する。要するに経験を積めって事だ」
「うぅ…これからもご指導よろしくお願いします…」
義父さんと話をしていると、妹のフローラが肩まで伸びた僕と同じ栗色の髪を風で揺らしながら、こちらに向かって叫んでいる。
「お義父さーん、お兄ちゃーん、ご飯だよー」
「もうそんな時間だったか。行こうアッシュ」
義父さんに声をかけられて一緒に歩いて行く。
僕の名前はアッシュ・メイソン。
スルードの災厄で親を失った僕と妹のフローラは、義父ノックス・メイソンに保護され、ここセクレト村で一緒に暮らしている。
実父の名前はロック・ローランド。
最高の守護者とも呼ばれた人物の子供ではあるが、ロック父さんは僕とフローラの存在を公にはせず、一部の近しい人にしか知らせていなかった。
ロック父さんが何故そうしたのか理由は聞いていないけど、あんな事があったのだから、結果的に良かったんだと思う……
ノックス義父さんはまだ若いから、僕達くらいの歳の子供が居る事を不思議がられる事もあったけど、スルードの災厄で親を亡くして保護されたと言えば、それ以上深く聞かれる事は無かったので助かった。
あの災厄の日、ボロボロの格好でノックス義父さんが訪ねて来て、ロック父さんが亡くなった事実を知らされた。
その話を聞いた時はとても信じられなくて、フローラと二人で悲しくて泣き続けていた。
母を早くに亡くしていた僕達兄妹にとって、唯一の肉親はロック父さんだけだったから……
でも、ノックス義父さんと一緒に過ごした時間は、その悲しみを優しく包み込んでくれた。
王都バルサス守護魔法師団副団長ノックス・メイソン。
当時の義父さんの立場を考えれば、王都に残る選択肢も…いや、残るべきだったかもしれない中、僕達兄妹の気持ちを考えてセクレト村に移り住んでくれたんだと思う。
今だからわかるけど、感謝してもしきれない。




