109話 魔獣討伐
五月になると、王宮の中でも『ベラトール魔獣専門傭兵団』のことは人々の口に上るようになっていた。
ルベンの耳にもその噂は届いていた。
「王女殿下、ベルランテ王国から来た魔獣専門傭兵団が我が国に支店を出したそうです。なんでも、ベラトール男爵が率いる傭兵団だそうですが、凄腕の集団なのだそうですよ。男爵の領地の魔獣も一掃したとか…」
ベラトール男爵?
セレスティアは、聞き覚えのない名前だと思った。
フローレンスの出した宿題で、貴族の名前を覚えたことがある。
領地を所有している貴族の名前はすべて覚えたつもりなのだが、ベラトール領も男爵の名前も記憶になかった。
きっと覚えた後から爵位を賜った人なのだろう。
「それで、その傭兵団がどうしたのですか?」
「はい。我が国の魔獣討伐隊だけでなく、傭兵団にも依頼しようという動きが出ているそうです。ただ彼らには医療チームがないそうなので、王女殿下に負担がかかるかもしれません」
「まあそんなことでしたら心配いりませんわ。どのような方が負傷しても、わたくしはいつも通りに仕事をするだけです」
「さすが王女殿下ですね」
六月になってすぐ、王都よりも北に位置する領主から連絡が来た。
大量の魔獣が出現し、領主が雇っている騎士だけでは対処できないので、至急討伐隊を派遣して欲しいという内容である。
直ちに討伐隊が出動し、セレスティアたちの医療チームもそれに続く。
二日かけてたどり着いたその場所は、領地の奥深い森の中だった。
木を伐り出す仕事をしている最中に大量の魔獣を見つけた木こりたちは、慌ててその場を逃げ出したので被害こそなかったが、怖くて森に入れないと領主に訴えたのである。
放っておけばたいへんなことになると思った領主は、すぐに討伐隊の派遣を要請した。
今回の討伐隊の人数は、今までよりも大規模な人数になった。
医療チームは、森の中でも開けた場所にテントを立てた。
今回の医療チームは三チームで、診療所のテントが三つ並んでいる。
騎士たちによる討伐が始まったが、しばらくすると腕を噛まれた足を噛まれたと言って、騎士たちがバラバラと診療所にやって来た。
「魔ウサギが大量に発生しています。小さい魔獣ですが、すばしっこくてなかなか捕まえられないのです」
追い詰められた魔ウサギは騎士に飛びかかり、その牙で噛みついてくると言う。
噛みつかれた騎士は短剣で突き殺すのだが、服の上からでも嚙みつかれれば大きな傷ができてしまう。
セレスティアたちは、次から次へとやって来る患者の対応で大忙しだった。
魔石液で消毒し、傷薬を塗って包帯を巻く。傷が深い患者には痛み止めの薬も渡す。
騎士たちは、手当てを受けたらまた討伐へと飛んでいくのだ。
それを繰り返していると薬がどんどん減っていく。
セレスティアは、このままでは傷薬が足りなくなることに気がついた。
そしてこの場所まで来る途中に、傷薬になる薬草が生えていたことを思い出す。
その場所はテントのすぐそばだ。
「あの薬草を摘んで来て、すりつぶせば使えるわ。リリアンたちは患者の手当てを続けてください」
「えっ? お、お嬢様?」
三人とも傷の手当に忙しく、セレスティアについて行くことはできなかった。
テントの前で護衛をしている騎士は五人いるが、三つのテントを兼ねているのでいつもよりは手薄である。
セレスティアがテントを出たとき、ルベンは討伐隊副隊長と業務連絡を取り合っている最中だった。
すぐに戻るから大丈夫ね。
セレスティアは、薬草を入れる袋を手に持ち急いだ。
急ぎ足で三分ほどの距離に薬草は生えていた。
馬車から見たときは、目と鼻の先だと感じていたのに、歩いて行くと思っていたよりも遠かった。
セレスティアはしゃがみこみ、急いで薬草を摘んで袋に入れてゆく。
たくさん必要なんだからと、わき目も振らずに夢中になって薬草を摘んでいるときだった。
ガルル ガルルルル
遠い昔に聞き覚えのある恐ろしいうなり声が聞こえた。
はっとして振り向くと、昔見たのと同じ黒いオオカミのような魔獣がセレスティアを睨んでいる。
人の倍ほどもある魔獣は、セレスティアに狙いを定めていた。
セレスティアは牙をむく魔獣と目が合い、恐怖で身がすくみ、動けなくなった。
逃げたくても逃げられない。
足が手が、ブルブルと震えだす。
突如、魔獣はセレスティアに向かって飛びかかってきた。
「キャアー」
セレスティアは目を瞑り両腕で顔を覆う。
ザシュッ!
肉が切れる音と血生臭いにおいがした。
魔獣の牙は、セレスティアに届かなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前に背の高い男が背を向けて立っていた。




