ブラウン公の誤算
昨日の派手な魔法騒ぎにより体調に問題なしと判断されたリサは、王の元へ参内するように命を受けた。
リサが王の間に出廷してしばらくして、家臣の手を借りた王がヨロヨロとおぼつかない足取りで現れる。
「大丈夫ですか、陛下」
リサは思わず王のそばに駆け寄ろうとしたが、王が手を上げて制止したので、その場に踏み留まざるを得なかった。
そんなリサの傍にマイヤ女史が近づいてそっと耳打ちした。
「陛下はご心労のあまり体調が優れず、ずっと臥せっておられたのです」
その言葉を裏付けるように王もどこか窶れたように元気がなかった。
だが、それも致し方のないことだろう。王子は禁忌を犯し逃亡、愛娘である王女はこともあろうに吸血鬼になってしまったのだ。
「ようやく元気になったようで嬉しく思うぞ、エリザベート」
「国王陛下におかれましては、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。また、これより一層精進し、陛下、また万民に尽くしたく存じ上げます」
リサは王の言葉に恭しく礼を述べた。
「うむ、そなたも相も変わらずにいてくれたこと誠に喜ばしく思う・・・」
王の言葉は言外にリサが吸血鬼になったにもかかわらず、という言葉を含ませていた。
「ところで今日そなたに来てもらったのは、他でもないミハエルのことについてだ。知っての通り、アヤツは選りにも選って吸血鬼を使役して逃げ去って行ったのだが、そのミハエルに対してどのような処分をしたらよいか、意見を聞かせてくれまいか?」
リサは王の質問する意図がイマイチ掴めずにいた。なぜ周りの重臣たちを差し置いて、このような重大な決定にかかわる問題を自分に諮問するのか。
「意見と言われましたも・・・。確かに吸血鬼を召喚して使役したことは教会の教えに反し、責められるに値する行為だとは思いますわ。しかし、教会の教えに背いた行為は教会で裁かれるべきで、わが国が勝手に処断すべき事柄ではないように思うのですが・・・?」
「ふむ・・・。では、そなたはどうすべきだと思うのだ?」
「ここは教会・・・いえ、大司教様に対し、誠心誠意お詫び申し上げたうえで、判断を仰ぐべきかと存じます」
「もし、教会がミハエルを処断すると判断した場合は?」
ミハエル・・・リサにとって腹違いの兄。ゆえあって王位継承戦で戦わざるを得なかった相手だが、別に憎しみによって争っていたわけではない。幼きころは聡明で優しかった兄。一緒に遊び相手にもなってくれた兄。リサの胸中には未だにその兄の面影が残っている。
教会にいかな理由があろうとも、そんな優しい兄を罪人として処罰させるなど、リサには到底承服し得るものではなかった。むしろ教会に罪を贖ったと認めさせ免罪させる。それがリサの考えだ。
したがって、リサの答えは・・・。
「もし教会がお兄様を害するという判断をした場合は、我が国の主権と尊厳を護るために戦うもありと思いますけれど、帝国に圧迫される今、わざわざ教会も我が国の機嫌を損ねるような真似はしないと考えますわ」
「そなたの言う通り、教会も事を荒立てたくないようではある。だが、大司教の元にミハエルを釈明に寄こすよう要求してきておる」
「それならば、まず教会の要求を受け入れるのも有りかと思います」
「では、そなたにもう一つ尋ねよう」
「何なりと」
「ミハエルの元へ兵を向かわせて捕らえるべきか、使者を向かわせて説得すべきかで意見が割れておる。そなたの意見を聞かせてくれ」
「異母兄とはいえ、お兄様は私の兄上であることに変わりがありません。また閣下の子息でもあられます。ですから、兵を向かわせることには反対です」
「では使者を使わすというのか」
「はい」
「では、使者は誰が適任と思うか?」
「もし、心当たりがないのであれば、私をお兄様の説得に向かわせてください」
リサがそうきっぱりと言い切ると、近くで一人拍手する人物がいた。
―パン、パン、パン、パン―
「いや、さすがは聡明な姫殿下。このマクシミリアン、感嘆の極み」
「叔父様・・・」
「じつはな、宰相の意見はそなたの意見とまったく同じでな、他の者は兵を向かわせるべきとの意見が多かったのだ。そこでそなたにも意見を伺ったのだ。許せ」
ここに至って、ようやくリサは自分がここに呼び出されたわけを理解するに至った。
「それで叔父様のご意見では使者はやはり私が候補に挙がっていたのですか?」
「うむ、そなたかフィリップのどちらかを使者にとな」
「病弱なフィリップでは荷が重すぎると思います」
「余もそう思ったのだが、如何せん、そなたも臥せってしまってどうなるかわからなかったからのぅ・・・。それで使者として護衛の兵はいかほど必要かな」
そこにブラウン公が口を挟んだ。
「陛下・・・。この前もお伝えした通り、下手に兵を出してはミハエル殿下が反旗を翻しかねませんぞ」
ここでリサは叔父であるブラウン公に罠にはめられたのではないかと感じた。
「宰相、だからと言ってまったく護衛をつけないわけにも参るまい」
「護衛など必要ありませんわ。陛下」
「誠か?エリザベート」
「あくまでも兄上を説得しに赴くのですから余計な兵は置いて行きます。近時の者たちだけで充分です」
もしブラウン公が自分を罠にはめたのであれば、護衛を出さないように様々な理由をつけてつけてくるだろう。であるならば、言うだけ無駄であることは明白だった。
それに、王位継承戦を離れた今、兄と争う気はリサにはサラサラない。兄妹の情からして兵を差し向けるということもしたくないのが本音だ。あくまでもミハエルの説得・・・それがリサの基本方針だった。
「護衛は必要ないと言っても、ミハエルはあの吸血鬼を従えているのだぞ?もしそなたを襲わせるようなことがあればどうするのだ?」
もともとミハエルは魔術師としての素質に欠ける。たぶん自分一人でも余裕で勝てるだろう。リサはそう考えた。
問題はカミラという吸血鬼だ。だが、今の勇人であれば以前よりもっとあのカミラと渡り合うことができるだろう。加えてミーナの魔力、シュンとサスの技量、そしてクリスとティナ彼らの力を頼りにすればなんとかなる。リサはそう考えた。
「私の従者は以前より強くなっておりますし、加えてシュン、サス、ミーナの三人も幼いながら傑出した才能の持ち主です。それに近衛兵長のクリスとティナがいれば充分です」
「ふむぅ・・・・」
リサがそう言うものの王にはクリス以外の者の力は伺い知ることができない。
「ロイス伯」
「はい、陛下」
「今エリザベートの申した三人の子供について余は名前しか知らん。伯の見解を述べてみよ」
「恐れながら・・・。姫殿下が今述べられたシュンとサス両名につきましては、姫殿下の仰られる通り、子供ながらに傑出した才能の持ち主であります。下手な護衛をつけるより心強いかと」
「ふむ・・・。ではミーナと申す者についてはどうじゃ?」
王の諮問にオイゲン校長が前に進みでる。白髪の長いソバージュで白い眉毛が目を覆うほど長い老人だ。
「陛下・・・」
「オイゲン校長か」
「そのミーナと申す子供については私が保証いたしますぞ」
「誠か・・・」
「はい、私が見たところ、その子供は王家でもまれにみるような才能の持ち主でございます」
「なんと、確か浮浪児だったという話ではないか」
「左様ではございますが、もしかするとそのような血筋のお方ではないかと」
「ご落胤というヤツか・・・ふむ」
「陛下」
「宰相、なにか」
「そのようなどこの馬の骨ともわからぬような浮浪児を護衛につけるなど以ってのほか。ここは兵士を護衛につけるのが良かろうと思われますが」
「兵を出すはミハエルや帝国を刺激すると申したのは宰相、そなたではないか」
「そ、それは確かに申しましたが、しかし」
「くどい、エリザベートが兵は要らぬと申すし、ロイス伯とオイゲン校長のお墨付きも得た。その子供たちをエリザベート護衛の任に当てる」
「くっ・・・御意・・・」
ブラウン公は自分がミスを犯した、そんな面持ちで俯くばかりだった・・・。




