理解
他人の気持ちや立場を察すること。
普通に考えれば、男と女。すぐに追いつける筈だった。
しかし、ここで思わぬ障害が立ち塞がった――担任による、日誌のチェックである。気遣って、翔生が一緒に持っていたのが仇になった。
「……よーし」
「失礼します!」
言葉と共に、日誌を閉じる前には翔生は踵を返していた。そして職員室を出た瞬間、猛ダッシュで教室へと戻った。
そんな普段の彼らしくない様子に、女生徒達が驚いて振り返る。
けれど、それらを全て振り切って翔生は段抜かしで階段を駆け上がった。
「っ!」
「……見っけ 」
そして二年三組へと飛び込み、今まさに帰ろうとしていた樹里を見て――詰めていた息を、笑みと共に零した。
追いついたことに安心し、笑った翔生だったが――それすら、樹里の気に障るらしい。キッと睨まれてしまった。それを「あ、見てくれた」と思う辺り、我ながら重症だと思う。
「そうよ、オヤジ好きよ。雑誌とか番組チェックしてるわよ。額に責任を持った人とか、どストライクよ 」
翔生の乙男心を余所に、樹里は鞄を抱えて言った。好みのタイプについて語るのに、表情が固いのは先程の、翔生の発言のせいだろうか――それとも。
そんな翔生の視線の先、睨んでくる樹里の目が不意にじわり、と潤む。
「だけど、好きになっても子供扱いされる……全然、相手にされないの。恋愛で苦労したことないあんたには、解らないでしょ!?」
「……解る!」
そして、一気にぶつけられた感情に――気がつくと、翔生は負けじと拳を握って怒鳴り返していた。
「解る! だって、お前も同じじゃないか……オヤジじゃないからって、俺のこと全然相手にしないだろ!?」
……沈黙が落ちることを、天使が通ると言う。
だとすると今、どれくらいの団体さんが通ったんだろうか――翔生が、思わずそんな現実逃避をしていると。
「……どっちが」
ポツリ、と落ちた呟きがその沈黙を破る。
「えっ?」
破られたのは良いとして、意味が解らず翔生は疑問の声を上げた。それに対し、樹里が真顔で答えを口にする。
「どっちがハードル、上げてんのよ。さっきも言った通り私、オヤジが好きなの。高校生なんて、まだ卵状態としか思えないの」
「えっ、生まれてすらいないのか!?」
子供より更に下扱いだったと本人に言われ、改めてショックを受けた。
そんな翔生を、しばしジッと見上げると――不意に、樹里は笑みを浮かべた。
最初に会った時からずっと、翔生が見たいと思っていた笑み。
それだけでも嬉しいのに、初めて『彼』に向けられた笑顔に翔生の胸は高鳴った。
「そんな私を、知ってて好きになるなんて……うん、確かに同じだね」
「相模さ……」
「でも、それが決めた道だから! お互い、頑張ろうねっ」
「……えっ?」
気合いを入れるように拳を握る樹里に、翔生は伸ばそうとした手を止めて固まった。
そんな彼を『仲間』認定した樹里は、ニコニコと笑っていた。
……嶋津翔生、十六歳。
今まで人生楽勝だった彼の、初めての恋の相手は――なかなかに、手強そうである。




