厄年
厄難にあう虞が多いと信じ、一年間忌み慎む年齢(※今回は男性・四十二歳を指してます)
新学期が始まって、数日。
翔生は、右隣の女生徒――樹里との接し方を、計りかねていた。
(んー、意識はされてるみたいなんだけどな)
拒まれたことはないが、興味を示されないことはあった。好みではないとか、他に好きな相手がいるとか――好きの反対は無関心とは本当、よく言ったものである。
……だが、樹里は。
休み時間は、同じクラスの友達のところへ行き。授業中は『近寄るなオーラ』を出していた。ここまでだと、間違いなく嫌われている。
けれど、一方で。
翔生を気に入ってる女教師に授業中、当てられたり。他の娘と話していたりすると、ふと視線を感じるのだ――目をやると、全身全霊でそっぽを向かれるが。
(ツンデレ? いや、俺だけだからデレツン?)
そう、翔生以外に対しては樹里は見かけ通りに『普通』だった。話しかけられれば答えるし、笑顔だって見せる。
(目立ちはしないけど、可愛いんだよな)
初めて会った時以来、翔生にだけ向けられない笑顔。それをまた向けて欲しいと言うのは、贅沢な望みなのだろうか?
(俺、何かやったっけ? 今まで告白された娘……ではないし)
二股などはかけないが、翔生は告白されるままにつき合い、フラれるをくり返したことがある。
最初から「女友達と遊ぶの、止めないよ?」と言っているので修羅場にはならないが、大抵、最後に言われるのだ。
「翔生の一番には、なれないんだね」
流石に、友達と彼女は違うと思うのだが――フラれた後、友達に戻れるのなら確かに『一番』ではないかもしれない。
それ故、最近は彼女を作るの自体をやめているが――もしかしたら、そのせいで敬遠されているのかもしれない。
(だとしたら、笑ってなんて貰えないよな)
我知らず、肩を落とした翔生に声がかけられた。
「話、あるんだけど」
サラサラロングと、切れ長の瞳。表情は少し乏しいが、そのせいで逆に容姿が際立つ――樹里がいつも話している友達は、そんな相手だった。
※
樹里の友達――弘前弥生に呼び出され、放課後に連れて来られたのは屋上に繋がる階段だった。
施錠されているので、屋上――外へは出られないが、おかげで人が来ない。それ故、この『屋上前』は告白スポットの一つになっている。
「えっ、と……何の用? 弘前さん」
だが、翔生は弥生からの唐突な呼び出しを、告白とは『勘違い』しなかった。
学年、いや、学校全体でも、トップクラスの美人だが――弥生は、翔生に対して全くの『無関心』なのだ。
「は? 用がなきゃ、わざわざ声かける訳ないでしょ? 録画はしてるけど私、好きなアニメはリアルタイムで見たい派なの」
……これである。
今の台詞で解る通り、弥生はオタクだ。声高に騒ぐタイプではないが去年、同じクラスになって翔生と隣の席になった時、彼との仲を勘繰った女生徒達に弥生はこう言ったのだ。
「私、二次元しか興味ないから。むしろ、三次元とか無理」
樹里の『死んだ魚のような目』も強烈だが、弥生の『虫けらを見るような目』も相当である。
だから、勘違いなどする訳はないのだが――続けられた言葉に、翔生は軽く目を見張った。
「単刀直入に言うわ。樹里のことは、放っておいてあげて」
「……えっ?」
「私と違って基本、普通の娘だから。あんたに興味持たれて、周りに目つけられたら可哀想だもの」
「ちょ、ちょっと待って?」
まさかの熱い友情に、翔生は困惑した。確かに教室で話しているのを見かけるが、弥生のキャラを考えるとどうも違和感がある。
そんな翔生の動揺を余所に、弥生は更に言葉を続けた。
「あんたがいくらその気になっても、あの娘、絶対相手にしないわよ」
「どうして?」
強く言い切られたのに、流石にカチンとした。あの挙動不審ぶりを見る限り、少なくとも気にはかけられている筈だ。
だが、そんな翔生にむしろ胸を張って、弥生は答えたのである。
「あの娘が反応してるのは、あんたの『声』だけよ。あんたの声、ロジャー総帥にそっくりだから」
「……外国人?」
想定外の名前が出たのに、翔生は思わず間の抜けた声で尋ねた。
そんな彼をビシッと指差し、弥生が答える。いや、訴える。
「ロジャー総帥は、帝国軍の名将よ! オールバックと白い軍服! 皇帝からも信頼され、部下からも慕われる最高のオヤジキャラよ!」
「……その声が、俺にそっくり?」
「何、ショック受けてるのよ。イケメンボイスを誇りなさい?」
いや、申し訳ないが褒められている気が全くしない。
カラオケなどで絶賛される自分の声が、まさかのオヤジ声――結構なダメージを受けたが、ここで翔生は、今更ながらに気づいた。
「相模さんも、オタクなのか?」
「違うわよ」
アニメキャラが好きと言うことは、と思ったが意外にも弥生に否定された。そして訳が解らなくなった翔生に、言葉が続けられた。
「あの娘は、年上……って言うか、ぶっちゃけオヤジ好きなの。だから、高校生のガキには興味ないのよ」
「ガキって……」
「やっぱり男は厄年からよね、って言ってたわね……まだ、文句ある?」
「……っ」
同じ年の弥生から言われてイラッとしたが、樹里本人の台詞を聞いたら何も言い返せなかった。確かに、二十歳以上の年の差ではガキ扱いされても仕方ない。
……けれど、一方で。
始業式の日に見た、樹里の笑顔が浮かび――今の話を聞いても尚、諦められない自分に戸惑った。
(弘前さんの時はすぐ、仕方ないって思ったのに……何で今回は俺、こんなに)
自分の声にしか、反応してくれない相手なのに――それ以外はむしろ、嫌われてるのに。
そんな翔生にため息を吐くと、弥生は彼を一人残して立ち去った。




