よろしく
人に好意を示したり、別の人への好意を伝えて貰う時に用いる語。
嶋津翔生の高校では毎年、クラス替えがある。三年は進路ごとだが一年、そして翔生の二年は完全にランダムだ。
もっとも、彼に新しいクラスへの不安はない。
明るい色の髪と瞳。多少、ブレザーを着崩してもだらしなくならない爽やかさと、勉強もスポーツもサラリとこなせる器用さ。
王子と称され、女の子にチヤホヤされる彼のもっぱらの関心事は――可愛い(もしくは美人の)娘がいるかと言う少々、残念なものだった。
「……三組か」
まずは、自分の名前を掲示板に貼り出された紙から見つけ。次いで、同じクラスの女子の名前へと目をやる。
あまり知った名前はないが、それはむしろ『新しい出会い』を意味している。そう思い、こっそりとワクワクしていると――翔生の隣にいた女生徒が、不意に弾かれたように顔を上げた。
(え? 心読まれた?)
そんな訳はないので、内心の動揺を隠しつつ相手を見る。
ショートカットの女生徒は、一言で言えば『平凡』だった。だが、向けられた笑顔は翔生が思わず見惚れる程、可愛かった。
……しかし、次の瞬間。
翔生と目が合った途端、その笑顔は消えて――代わりに、死んだ魚のような目が向けられた。
※
「翔生!」
「王子と同じクラスなんて、ラッキー!」
「俺も嬉しいよ、よろしく」
「「「よろしく(ね)っ」」」
三組に入ると、翔生は直ぐ様、派手な雰囲気の女生徒達に声をかけられた。それに笑顔でやり取りすると、クラス中から視線が刺さってきた。
……話しかけられはしないが、翔生が気になる女生徒達と。チヤホヤされている翔生が面白くない、男子生徒達である。
(まあ、いつものことだよな)
幸い、運動神経は良い方なので仮に絡まれても撃退出来る。それに同性からの妬みより、女の子達と話す方が翔生にとっては重要なのだ。
(……んっ?)
そんな彼の右隣の席に座った、女の子。
名前順に並んでいるので、誰かが座ること自体は当たり前だが――それが先程の女生徒だと気づき、翔生は思わず目を見張った。
※
「俺、嶋津翔生。よろしくね」
放送がかかり、始業式の会場へ向かうよう言われる中、翔生は席から立ち上がった女生徒へと話しかけた。
出会いは正直、微妙だったが隣の席と言うのなら仲良くしたかった。ちなみに、反対側の席の娘にはもう挨拶を済ませてある。
……だが、しかし。
「別に、私と『よろしく』なんてしなくてもいいでしょ?」
目すら合わせずにそう言って、翔生の横を通り過ぎる。
そして、そのまま遠ざかる後ろ姿を、彼は呆然として見送った。
相模樹里。
それが(全くおおげさではなく)生まれて初めて、翔生を拒んだ少女の名前だった。




