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「ああ、それで、実は、もうひとつ大事な用があってさ」
俺がそう切り出すと、その場にいた全員がうん?という顔をした。あ、マーリン、ろくなことじゃねえなって顔するなよ。真面目な話なんだからな。
船の方へと顔を向けて、テティを呼んでくれと頼む。振り返るとマーリンはなにやら複雑な表情を浮かべていた。また女か、なんて顔して俺を見るんじゃねえよ、真面目な話なんだってば。
数秒して背後から足音が聞こえたのとほぼ同時に、マーリンを含めてその場にいた全員の顔が驚きに変わる。俺もそちらを振り返ればそこには、銀色の髪を潮風になびかせたテティが、まるで海から降りたった女神のようにたたずんでいるのだった。
女神の名前を呼んで手を差し出すと、女神は俺の手を取る。その手を引いて俺の隣まで導いて、そして改めてマーリンたちに目をやると、なにやらものすごい目で睨まれていた。うわやだ、怖い。
「カイルお前…今度は、い、いったいどこのお嬢さんをたぶらかして…」
「い、いいいいくらマーリンさんでもさすがにかばいきれねえぞ…!」
ちょっとおっちゃんたち、俺がいいとこのお嬢さんをたぶらかして連れまわしてるせいで追われてるとでも思ってんのかね、失敬な。そういうボランティアは卒業したんだからな。ああほら、おっちゃんたちの顔が怖いからテティが怯えてるよ。
「今回はそういうんじゃねえって、真面目な話なの」
「今回は?」
おっと、テティにさえ睨まれてしまった。ああ、その、まあ、今度ちゃんと説明するから、テティにも睨まれたら俺すっごい針のむしろだから。こういうときはさっさと本題を切り出すに限るね。
「その、テティをセラに診てもらいたくて来たんだよ」
少し声を張り上げてそう言うと、おっちゃんたちの追及が止まった。マーリンはいまだ眉間にぐぐっとしわをよせて怖い顔ではあるが俺の言葉にピクリと反応を示す。ああ、マーリンの隣でただ一人驚いてる顔の嬢ちゃんだけが救いだよ。
「セラに?」
「うん、まあ、詳しいことはセラのところで話すから」
マーリンの俺をじろりと睨み付ける目をじっと見つめ返してそう言うと、マーリンは数秒黙った後「わかった」と言った。
「俺は足を用意してくる、アカネ、2人を交番に案内しておいてくれるか」
「あ、はい、わかりました」
俺から目をそらしたマーリンは嬢ちゃんにそう声をかけてから背を向けて走り去っていく。その代わりに俺たちのほうへ歩いてきたのは、嬢ちゃんで。
「それじゃあカイルさんと、えっと、テティさん、ご案内しますね」
そう言って嬢ちゃんは、相変わらずの曇りのない笑顔でぱっと笑う。その曇りのなさゆえにダイレクトに伝わる好意はテティを驚かせたようで、テティの嬢ちゃんを見る目がわずかに見開いたのが見えた。ああ、テティがいろんなものに驚く姿はかわいいなあ。
どうやら俺はテティをかわいいと思うとついその頬に手を伸ばしてしまうくせがあるらしい。ぺと、と触れた瞬間思い切り叩き落とされてしまった、い、痛い、手だけじゃなく心も。あ、ああ、嬢ちゃんまでそんな目で俺を見ないでお願いだから。
ああっ嬢ちゃん、テティの手を取って先に歩いていかないで、ごめん、ごめんってば。
ようやくたどり着いたセラの仕事場、そしてその地下にある居住区の一室。
テティを見せると、セラは鋭い目つきをした目をかっと見開いて頬をその髪と同じ色に染めた。
「おまっこれをどこで!ていうかわかってんのかお前!こ、こいつはっ!なんでお前が!ほ、本物か!?まじでか!?」
いつもならもう少し冷静なセラが取り乱して言葉まで支離滅裂になっているさまは少し面白い、が、興奮したままテティに近づいてくるのでさっとテティを後ろに隠したらセラは俺の胸倉をがつんと掴んでくるのだった。がふ、苦しい、あとセラ、顔めっちゃ怖い。
「お前こいつがどれだけすごいもんかわかってんのか!?分かってて連れ回してんのか!アア!?」
「げふ…だ、だからセラんところに連れてきたんだろ、苦しい、あと顔怖い」
「セラ、セラ一度落ち着け、まず説明してくれ」
すかさずマーリンが後ろからセラの両肩を掴んで落ち着かせようとしてくれている。その声にセラもだんだんと落ち着きを取り戻していったのか、胸倉を掴まれている手の力がゆるんでいくのがわかった。顔は、怖いままだけど。
そうしてやっとその手から解放されると、少し気まずそうな顔をしたセラは「とりあえず座れ」と俺たちをテーブルの方へと促すのだった。
セラの家の狭いテーブルに椅子を寄せ集め、俺、テティ、嬢ちゃん、マーリン、セラ、そしてセラの弟子が座った。
初めに声を出したのは、セラだ。
「まず、カイルの連れてきたそいつは、特別な魔法人形だ」
「えっ」
「魔法人形?」
セラの弟子と、嬢ちゃんがほぼ同時に驚いた声を出した。セラの弟子は、ええと、アルって名前だったか、丸メガネに手を添えてテティの顔をまじまじと見ると「はあ…とても魔法人形とは思えないです」と言う。セラは、そんな弟子を見て呆れたようにため息をついたけどとりあえず今は話を進めることを優先したようだ。
「そいつは伝説の魔法人形技師―ドロッセルマイヤーが残した、最高傑作だ」
ドロッセルマイヤー。
聞き覚えがあるような、ないような。テティを見ると驚いたように、その青い目を見開いていた。どうやらセラの言っていることは確かなことらしい。驚いたテティの顔に、わずかだけれど、不安や、寂しさのようなものが見えたからテティの肩に手をまわして触れると、テティは体を少しだけ、俺に寄せたような気がした。
「お前ら全員知らねえって顔してやがんな、まあ、世間に認められた天才じゃあなかったからな、無理もねえがアル、お前は少しぐらい知っとけよ」
「す、すみません…」
弟子に一言説教してから、セラはその世間に認められなかった天才の話を始める。
「まあ俺が生まれるずっと前の人間だからな、本人のことはわずかな本に残されたことぐらいしか知らねえが、ドロッセルマイヤーの作った魔法人形はこの目で見たことがある、それは、一目で心奪われるものだった」
普段は相手を射殺さんばかりの鋭さを誇るセラの目にその一瞬、なにか恍惚とした光が見えた。本当に、心奪われるものだったのだろう。
「ドロッセルマイヤーの目指すところは、まるで魂のあるような、生きてる人間のような魔法人形を作ることだったらしい、だから作る魔法人形は全部人間そっくりで、それでいてただただ美しいんだ」
きっと、テティみたいな。
「だが、実際に魂がこもったのはドロッセルマイヤーが最後に作り上げた魔法人形だけだった」
つん、と服の脇腹あたりが引っ張られた気がした。見ると、テティが俺の服をつまんでいる。
テティの肩に回した手に少し力を込めて、テティの体を寄せた。その顔が、不安そうに見えたから。
「その人形は行方が知れなくなっていたんだが…まさかカイル、お前が見つけてたとはな」
怒ってない、とはわかっているもののセラの殺し屋のような目でじろりと見られるとやっぱ怖いな。
「まあその辺の話はそいつの悪いところを診てからだな、見たところ右手首が調子悪いのか?」
言いながらセラが立ち上がる。ついてこい、ということか。しかし少し見ただけでわかるとはやっぱり、なんというか、やっぱり天才なんだよなあ。
テティの肩にまわした手を離してから手を取って一緒に立つと、テティは俺の手をはなそうとしないで、さらには青い瞳で俺をじっと見る。ああ大丈夫だよ、セラは信頼してるやつだし、俺もついてくから。そう伝えるとテティは少し、恥ずかしそうな顔をした。




