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テティは今、眠っている。セラがそうしたのだった。
その状態でテティの右手首を診たセラ曰く、長い間強く圧迫されたせいで少し歪んでいる、とのこと。ああ、自分の心を押し殺そうとしたテティが、自分で強く握っていたせいだな、と思った。
テティの右手首はしばらく動かさないようにしていればそのうち自然に歪みは治っていくらしい。だから動かさないように、とセラが固定具を施した。
「で、一体何があってこうなったんだ」
セラの鋭い視線が刺さる。怒ってるわけじゃない、のはわかるのだが、ほんと怖い。
「いや、きっかけはさ、ちょっと不思議な話なんだけど」
そう切り出して、俺はここしばらく自分の身に起きた出来事をセラに話した。
とあるさびれた酒場でじじいに出会ったこと、そのじじいに海図と一本の鍵を渡されたこと、海図に示された場所へ行き、そこで、テティを見つけたこと。それから、おそらくテティがどんな運命をたどってきたかということも話した。セラは俺の憶測を入り混ぜた話を聞いて思い当たる節があるようで、ふむとうなる。
「ドロッセルマイヤーは死の直前になって、唯一信頼していた友人のところにこいつを預けたらしい、ただその友人も死んだ後のことはなにも、わかっていない、まあおそらくお前の言うとおりいろんな持ち主のところを転々とさせられたんだろう」
「死の、直前…」
当然そうだろうとは思っていたけれど。
ただ、死、と言葉にするとその事実は重たくのしかかる。テティだって、わかってはいるはずだ。けれどセラの話が本当ならテティはドロッセルマイヤーの、パパの最期に寄り添うことができなかった。通りで、パパのことを想うテティは、悲しそうな顔をしていたわけだ。
「なあカイル、お前これからこいつをどうするつもりだ?」
「えっ」
眠るテティの顔を見つめていたらセラがそう言ったので、顔をそちらに向けた。
どうする。できれば、ずっと傍に置いておきたいが、でも、テティは。
「…テティはそいつを、パパって呼ぶんだ、悲しそうな目して、会いたいって顔して」
言葉には決して、しないけれど。
「だからまずは、パパのところに連れて行ってやりたいと思う」
「…そうか」
セラはその殺し屋のような目を少しだけ落ち着かせて「そうしてやるといい」と言った。
こいつにはきっとわからないんだろうな、それが、テティのためだけじゃなくて、俺のためでもあるってことが。あれ、こいつ彼女とかいたことあったんだっけ?片思いの相手とか、いるのかな、この犯人面が。
そう考えて少し笑ってしまったのはすぐにばれた。「アア?」と言って睨まれる、うわ、こわっ。
テティはしばらく眠ったままになるらしい。
どうすっかな、あんまりテティの傍からは離れたくないけど、セラの家に缶詰になってるってのもな。そう思っているとマーリンからの誘いがあった。
「ちょっと港に行かないか」と。
嬢ちゃんはいいのかと聞くと、セラの弟子と一緒に帰るんだそうで。しかしその顔に余裕が満ち溢れているのはきっとやっぱり、そういうことなんだろう。意味ありげに笑ってやるとその怖い顔をさらに怖くしたものの恥ずかしそうにしたのがわかる。そんなマーリンをからかいつつ俺たちはゆっくりと時間をかけて、港へと向かうのだった。
たどり着いた港はちょうど夕日が沈むころで、海に浮かぶ漁船が赤く染まっている。
「ちょうど、お前の妹が生きていたらあれぐらいの年だな」
港に着いての第一声はマーリンのそんな言葉だった。
「まあそれを言えば今まで連れてきた女は全員そうだったし、アカネも、そうだ」
なんだよ仕返しのつもりか、と言ってごまかそうとすると力強く名前を呼ばれた。わか、ったよ、覚悟決めるか。
「…ま、確かに今まではずっと、そうだったかもしれない」
「今までは?」
あの日波にさらわれていった妹の影がいつも、つきまとっていた。
でも、ああ、そうか、気が付かなかったけどテティを見つけてから、テティと会ってから俺は、妹の夢を何回見たっけか。以前ほど、見ることはなくなっていたんだ。
「妹のことを忘れたわけじゃねえけどさ、テティと会ってから俺はずっと、テティに満たされてるんだ」
「カイル、お前…」
「テティは確かに魔法人形かもしれねえが、でも、それ以上に、テティだから」
こんなに惚れ込んでるんだろうな、と言った自分の頬が緩みきっているのがわかる。あー、我ながら情けねえツラしてんだろうな。やだやだ、恥ずかしいなチクショウ。あ、マーリン、笑ってんじゃねえぞこら。
セラのところに戻ると、テティが起きるのは明日の朝になりそうだと言われたのだった。
なら今日は、セラのところに泊まらせてもらうかな。
セラはこのドームみたいな家に一人で暮らしている。前にも何度か泊まったことはあるけれど、セラの料理はあれから進歩してねえのかなあ。まずくはないんだがちょっと味付けが濃い目っつーか、おおざっぱつーか。
そういう理由は言わずに、今日は俺がなんか作ってやろうか、と言ったらセラは特に考えるそぶりも見せず「じゃあ頼む」と言った。ま、テティが世話になった礼のひとつにもなるかね。
そうして俺の作った飯をセラと2人で食っているときに、ふと気になっていたことを思い出した。
「そうだセラ」
「あん?」
「その、ドロッセルマイヤーさん?の、写真とか肖像画ってねえの?テティの生みの親なら顔ぐらい見ときたいと思ってさ」
そう聞くとセラは「あー」と言って箸を咥えたまま立ちあがった。行儀悪いなおい、まあ、俺しかいねえからいいけど。そして壁際にある本棚から一冊の本を取り出すとその本の間から更に何かを取り出したようだった。
戻ってきたセラから「ん」とだけ言って差し出されたそれを受け取ると、これは、古い写真のようだな。どれどれ、お義父さんはどんな顔して。
「…は?」
からん、と持っていた箸を落としてしまった。
いや、待て、えっ、うそだろ、だってこれは、え、じゃあ、あれは。
「お、俺は船幽霊のたぐい以外は信じてねえからな!」
「はっ!?いきなりどうした!」
驚いて箸で掴んだイモを落としたセラにやや興奮気味に訳を話して聞かせると、セラの口がぽかんと開いた。セラが「まじでか」と言う。うん、俺も信じられない、いや信じたくない。
なぜなら写真に映った、この気難しそうな顔をしているじじいは、紛れもなく、あの月の無い夜に酒場で俺が会った、あのじじいなのだから。
だから、俺は、船幽霊のたぐい以外は、信じてねえんだってば。




