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気を付けろよ、と声をかけながらそれの手を取って舷梯を上っているとき、それの足がぴたりと止まる。
どうしたと言ってそれの顔を見ると、それはその海を閉じ込めたような青い目でいぶかしげにこちらを見ているのだった。
「…あなた、わたしが何だか分かっているのよね?」
そしてそんな目をしたまま、そんなことを言う。
「さあな、俺が知ってるのはお前が、宝物だってことだけだ」
俺は、事実だけを教えた。俺の答えにそれは、納得いかないと言いたげに眉間のしわを増やすが、事実なんだからしかたねえだろ。こんなところで立ち止まってないで船に乗るぞ、と手を引いて促すと諦めたようにため息をついて歩き出した。
船の中の客間に通すと、それは少し驚いたような顔をして部屋を見回した。それから俺の顔を横目でちらりと見やったその目は、またいぶかしげなものに戻っているのだった。
「大切に運べとでも、言われているのかしら」
さっきから敵意むき出しで何を言ってんだか、ほんとにわかんねーやつだな。
「さっきも言ったが、俺が知ってるのはお前が宝だってことだけで、お前が何者かなんてことは何も知らねえよ」
まだいぶかしげに俺を見るその青い目をじっと見ながらそう言ってやると、それは驚いたような目をみせた。あのじじいが何も言わなかったせいで何もわかんねーんだよ。まあ船に乗り込んでようやく落ち着いたことだし、ここらでわからねえ点をはっきりさせておくとするか。
「俺はあの場所からお前を奪い取って、そして守ってくれと頼まれただけだ」
それからそう教えてやりつつ俺は椅子のある方へ向かって歩き出す。背中に視線が刺さるのを感じながら椅子の前まで歩いていくと、それに大げさに腰掛けてみせた。ついでに足を組んでおくか、より海賊らしく見えるだろ。立ち話もなんだし、座れよと促すとそれは少しだけためらったあと、ゆっくりと歩いてきて机を挟んだ向かいの椅子に座った。
そして凛とした顔でその口を開くと
「わたしは、魔法人形」
と言って、自分の正体を明かすのだった。
その手に触れた時にたぶん、そうじゃないかとは思ったが本当にそうだとはね。いやしかし。
「自分で魔法人形だと名乗る魔法人形なんて、初めて見たな」
「わたしだって自分でそう言ったのは初めてだわ、あなた本当に何も知らないのね」
俺がそう言うと、魔法人形は呆れたようにため息をついてそう言った。なんだよ、その界隈ではそんなに有名だとでもいうのかよ。いや、まあ、こんな流ちょうにしゃべる魔法人形なんてたしかに珍しいんだろうけどさ。
「わたしはパパに作られた特別な魔法人形、本来ならあなたみたいな海賊がお目にかかることなんてできないほどの貴重な存在なのよ」
「ふーん、そうかい」
「…目の色すら変えないのね、じゃあ、教えてあげる」
俺の目の色をうかがっていたらしい魔法人形はそう言って、その青い目でじろりと俺を睨み付ける。
「わたしを欲しがる金持ちはたくさんいるわ、そういう人間にわたしを売ればあなたが見たこともないような大金が手に入るわよ」
魔法人形がそう言った途端、俺の中でなにかが、すとん、と落ちた気がした。ああ、こいつの目が、強いくせにどこかうつろに見えたのはきっと、これが理由なのかもしれない。
辛いと思っているくせに、諦めたようにしている。諦めたようにしてるくせにどっかで、辛いって叫んでる。たとえば自分の右腕を強く握りしめるその、左手とか。
俺は、俺も、魔法人形の目をまっすぐに見ることにした。
「そいつは、たしかに魅力的な話だな」
魔法人形の肩がぴくりと動いたのが見えた。それでもこいつが目をそらさないから、俺もまたその海を閉じ込めたような青い目から、目をそらさずにいる。
「でもそれは、約束を反故にしてお前を手放す理由にはならない」
そうしてその目をじっと見ながらそう言ってやると、その海を閉じ込めたような青い目が静かに見開かれていくのがわかった。そしてそれが、揺れる水面のようにゆらゆらと、揺れたのも。
「じゃ、じゃあいったいあなたは何が望みだって言うの、海賊のくせに」
「海賊だからだよ」
言葉を遮るように少し強めにそう言うと、魔法人形は驚いたようにぱっと口をつぐんだ。
「お前の思う海賊がどんなものかは知らねえが、俺たちは金と天秤にかけちゃいけないものを知ってる海賊だ」
たとえば人の命。誰かの大切なもの。誰かの不幸。そして。
「心の傷つけられた魔法人形を、俺は金なんかと天秤にはかけない」
人の心もまた、金なんかと天秤にかけられるものじゃ、ない。
「…ああ、ははっ、柄にもなく真面目な話しちまったな」
そう言って笑ってみせるのだが、魔法人形はその青い目を見開いたまま何も言わない。俺の言ったことが信じられていないのかもしれない。まあ、それは、仕方ないことだろうな。
「今すぐ俺を、俺たちを信じろとは言わねえよ」
そう言うと、魔法人形に反応があった。ぱちくりと一度まばたきをしたその目がたしかに俺をとらえたのがわかったのだ。俺は、笑ってみせた。安心させるように、しっかりと。
「ただ、俺はお前を守ろうと思ってるってことだけは言っておくぜ」
それはたぶん、約束がなくても俺は、そうしたかもしれない。
魔法人形はやはりまだ信じられないようで、唇をぎゅっと巻き込んだり、眉間にしわを寄せてみたりと難しい顔をしたが、最終的にはため息をひとつついて
「今はとりあえず、仕方がないから、あなたについていってあげるわ」
という結論を出したのだった。ま、今はその言葉だけで十分だ。
まあ湿っぽい話はこれで終わりにして、だな。飯でも食うかと言って立ち上がると魔法人形からは思いがけず冷やかな目で見られてしまった。「魔法人形がモノを食べると思っているの?」と。知らねえよ、魔法人形なんて持ってたことねえし、そうじゃなくても特別な魔法人形だって言うからモノも食うかと思うだろ。まあ、口には出さねえけど。
努めて優しく、じゃあ今日はもうゆっくり休め、と言い残して俺は部屋を出ることにした。いや、出ることにしようと、したのだった。
「そうそう、お前、名前は?」
「な、まえ?」
扉を開いて部屋の外へ出ようとしたそのとき、魔法人形の名前を知らないことに気が付いたのだ。いつまでも魔法人形と呼ぶわけにもいかねえし、振り返ってそう聞くと魔法人形は、なぜか驚いたような顔をした。
「さっきパパに作られたって言ったろ、パパはお前に名前をつけたんじゃねえのか」
続けてそう聞けば魔法人形は目を伏せて、そしてまた左手で、右腕をぎゅうと掴んだのが見えた。
「…テティ」
テティ。
「パパはわたしのことを、そう呼んだ」
テティの、海を閉じ込めたような青い目がゆっくりと俺を見た。
「だからそれが、わたしの名前」
笑って、そうか、と返すとテティは瞳の中の海を揺らした。それから、テティ、と呼んでみる。あ、少し恥ずかしそうにしたな。
「も、もう教えたんだからいいでしょう、さっさと出て行きなさいよ」
「はは、そうするよ」
おっと、ご機嫌を損ねちまったかな。言われた通りさっさと出て行くとするか。
「ああそうだ、寂しくなったらいつでも俺を呼んでいいんだぜ、テティ」
「い、いいからさっさと出て行って!」
ははは、なんだ、叫ぶ元気もあるんじゃねえか。




