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 ガキを抱えた俺が向かった先は、港だった。

 この時間の港は船が入ってこない。だから船もなければ人気もないのだ。そんな港の、海の一望できる先端まで歩いて行って、そこで止まる。

 港に着くまでのみちのりでガキはだいぶ落ち着いたらしい。地面に降ろしてやると、もう涙は止まっていた。ああ、でも、だいぶ目を腫らしちまったな。そう思っている傍からガキが目をこすろうとするのでその手をぱしと掴んだ。



「こらこら、もっと目が腫れるだろ、可愛い顔がもったいねえだろ」

「かわ…」



 と、柄じゃねえこと言っちまったな。んだよ、そんな目で見てんじゃねえよ。



「あー…ほら、見てみろよ」



 俺をじっと見るガキの視線に耐えられず、それをそらせようと頭を両手で挟んでぐいと海の方へ向けてやる。あ、ガキの髪は柔らけえな、これは、絹のようなさわり心地と言えばいいのか。ああ、んなことに気を取られてる場合じゃねえよな。

 俺とガキの目の前には、一面青色をした海が広がっている。



「広いだろ」



 俺の目には青くうつる海。けれどきっと今、ガキの目には、真っ黒にうつっているのだろう。落ち込んだときに見る海は、黒い。



「俺はな、気分が沈んだときはここで海を見るんだ」


 真っ黒な、海を。



「そこに座って、ぼーっと見てるとな、だんだん頭がすっきりしてくんだよ」


 そうすると真っ黒な海も、だんだんと青さを取り戻していくのだ。



「別に広い海を見て、自分の悩みがちっぽけだとか思うわけじゃねえぞ、ただ―」



 今、海を見つめるガキの丸い目にも、海は青さを取り戻していくように見えているのだろうか。



「海はなにもかも吸い込んでいくもんだって、知ってるだけだ」



 さっきはガキに手をはたかれて未遂に終わったが、今度はたしかに、しっかりと、ガキの頭をくしゃりと撫でた。細くて柔らかい髪は、やはりさわった心地がいい。



―きゅるる



 こっそりガキの柔らかい髪を堪能していると、小さなかわいらしい腹の虫が聞こえた。ガキを見てみると、自分の腹を抱えて少し恥ずかしそうにしている。こらえきれずに思わず噴き出すと、そのまん丸い目で睨まれてしまった。

 ああそうだ、海は、なにもかも吸い込んでいくもんだ。



「たとえば、胃袋の中身とか、な」



 そう言って思い切り笑ってやったら頭を撫でていた手を思い切りはたかれた。はっは、結構痛かったな。



「腹が減ってちゃ元気も出ねえぞ、ちょっと待ってろ、いいもん持ってきてやるよ」



 この時間なら、ちょうど焼き立てが食えるかもしれねえな。ガキにそう言って背を向け歩き出そうとすると、つん、と後ろへ引っ張られる感覚に足止めされてしまった。振り返ってみれば、ガキが俺の服の裾を掴んでいる。

 ガキの俺を見上げる目は、さっきまでのあの気の強いものではなくて。下の方からおそるおそる見上げるようなそれは、まるで小動物を思わせる弱弱しさ。さしもの俺も父性本能的なものをくすぐられるような目で俺を見上げたガキは、ダメ押しとばかりに弱弱しくつぶやいた。



「…ひとりに、しないで」



 これは、本当に、さっきまでのわがまま娘なのだろうか。

 わがまま娘のそんな態度と言葉は、俺にそいつの小さな手を取らせるには充分すぎたのだった。






 ガキの手を取って歩いていると、ふとぞくりとした。

 後ろ、だ。



「おわっ!?」



 振り返った瞬間、顔のすぐそばを何かがかすめる。それが拳だと分かったのは振り返った俺の目に、男の顔が飛び込んできたからだった。目を見開いて、驚いた顔をしている?と思う間に次の攻撃が来る。しかし一瞬間があったおかげで身構えることができた。右、だ。


「…!」



 男の顔が悔しそうに歪んだのが見えた。ふん、それぐらいの攻撃一瞬間がありゃ見えるんだよ。

 ん、いや待て、左手に何もない。ガキはどこいった!

 あ、しまっ―



「だっ!」



 ぐう、間一髪だった。

 俺がよそ見をしたのをこの男は見逃さなかった。しかし間一髪、両腕で顔を覆って男の攻撃を受けたはいいが、腕が、痛い。この男の攻撃は、速いだけでなく重たいようだ。こいつ、その細い体のどこにそんな力が。

 あ、やばい。次が来る、ぞ。



「ディット!やめなさい!」



 ガキの鋭い声が聞こえたのと同時に、構えた両腕の前で男の拳がぴたりと止まるのが見えた。

 いったい、なんなんだ。



「アブロ、ディット、その者はわたくしの恩人よ、だからやめなさい」

「…失礼いたしました」



 ガキの言葉に合わせて、男の拳がすっと下ろされた。もう、攻撃が来ることはない。俺も大きなため息をついてから構えていた両腕を下ろすことにした。ああ、いてえな、ちくしょう。

 そして声のした方を見てみるとガキはそこにいた。表情は凛としている。その後ろには目の前の男と同じような顔をした奴が立っていた。しかし性別は、たぶん違うようだ。



「大変失礼しました」



 目の前の男からそう声をかけられたので顔をそっちへ戻す。改めて見ると、随分キレイな顔してんだな。この顔からさっきの鋭くて重い攻撃が飛んできたのか、恐ろしいなこりゃ。しかし、なんつーかアレだな、表情が乏しいせいか大変失礼しましたって顔でもねえぞおい。



「宿舎でマリィ様を見失ってしまい探していたところ、悪人面をした巨大な男が可憐な少女を抱えて歩いていたとの目撃情報を得まして、もしやと思いつい手荒な真似をしてしまいました、どうかご容赦ください」



 誰が悪人面だ、誰が。つーかその目撃証言したの誰だよおい。



「…はあ、まあ、ガキを心配してのことだろ?だったら仕方ねえよ、ご容赦してやる」



 腕はいてえけど。そう言って笑ってやると、男は深々と頭を下げた。

 よせやい、照れるじゃねえか。







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