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「心配をかけてしまったわね、アブロ、ディット、ごめんなさい」
ガキがいつの間にか傍まで来ていたらしく、とても近い位置から声が聞こえた。ガキの後ろに立つ女は、やっぱりこの男とほぼほぼ同じ顔してんな。表情が乏しいところまでそっくりだ。
「いえ、我々がマリィ様を見失ってしまったことが原因です、すみませんでした」
「それを言うなら、わたくしが1人で行くと駄々をこねたことが原因なのだけど…いえ、お互いに反省をしてこの話は終わりましょう」
「はいマリィ様」
そして、乏しいと思っていた表情がガキに対してだけは多少豊かになるらしいところも、そっくりだな。
話を丸く収めたところで、ガキが俺へと視線を移すのが見えた。
「まあ!」
俺を見たガキは、どうしてだか知らないが、ぎょっとした顔をしてみせるのだった。なんだ、と思う間もなくガキはすたすたと俺の方へと寄ってくる。な、なんだ、どうした。
「あなた腕が真っ赤じゃない!アブロ、薬袋を」
「はいマリィ様」
ガキが女の方へ指示すると、女は懐からなにやら袋を取り出してガキに渡した。なんつーとこに、どうやってしまってたんだそれ。袋を受け取ったガキはといえばそんなことは全く気にした様子もなく、袋から口の広い瓶を取り出しているようだった。そしてその細腕で瓶のふたを開けようとしている。しかし力が足りねえのか、なかなか開かねえみたいだな。
ん?あの瓶のふたに見えるあれは…。
いや、うん、まさかな。たとえそうだったとしてもせいぜい土産物屋に売ってるレプリカだろ。
ああ、見かねた女の方がふたを開けてやっている。ふたを開けてもらった瓶を片手に、ガキがいよいよ迫ってきた。
「さ、腕を出しなさい」
そしてやはりだいぶ下の方から、上からものを言う態度を見せつけるのだ。
「こんなもんはほっときゃすぐ―」
「いいから、出しなさいっ」
ガキが強気な態度で駄々をこねるので、仕方なく腕を差し出すことにする。ああ、こんなに赤くなってたか。ちくしょう、やっぱご容赦すんじゃなかったかな。ちらりと俺の斜め後ろに立つ男の方を見てみると、すうと目をそらされた。このやろう。
「つめてっ」
「この塗り薬はよく効くのよ、なんたってアブロがわたくしのために作ってくれたんだもの」
突然襲った、ひやりとした感触に思わず声が出る。ガキの方へ顔を戻すと、ガキは愉快そうに笑っていた。なにがおかしいんだ、ちくしょう。
「何だお前、そんなにケガすんのか」
「そ、そういうわけでは、ないわよ」
どうやらそういうわけではありそうだな。まったくいいとこのお嬢ちゃんがそんなんで、親が泣くぞ。
「元気なのはいいが、ほどほどにしとけよ?可愛い顔に傷でも残ったら大変だろ」
「かわっ…」
「いてっ」
瞬間、腕をぎゅっと掴まれて痛みが走る。何してんだおい、とガキを見ると、ガキはぽかんと口を開けてなんとも間抜けな顔をしていた。まあ間抜けな顔でももとがよけりゃ可愛く見えるもんなんだなあ。
「マリィ様、包帯は私が巻きましょう」
「え、あ、うん、お願い…」
手が止まってしまったガキを見かねたのか女の方が割って入り、俺の腕を掴む手がガキの手から女の手へと交代する。
ああ、近くで見ると、こいつもやっぱキレイな顔してんな。こいつもあの男みたいにすげえ体術でも扱えるんだろうか。だとしたら相当恐ろしいぞおい。
「あいてっ」
別に痛くはなかったのだが反射的にそんな言葉が口をついて出た。ばしん、と腰のあたりを叩かれたのだ。叩いたのが誰かって、んなの1人しかいねえよ。
「あにすんだガキ」
「アブロに見とれてるんじゃないわよ」
「は?」
睨み付けてやったガキは、生意気にも睨み返してきやがってそのうえわけのわからないことを言う。なんか、まだよくわかんねーことつぶやいてんな。
「わたくしだって成長すればアブロくらい…いいえそれ以上にだってなるんだから…」
「終わりました、どうでしょうか」
おっと、ガキの暴行に気を取られている間に治療が終わったらしい。あー、ひんやりして気持ちいいな。そう告げると女は「よかった」と言って少しだけ笑った。ように、見えた。
あてっ、またガキに腰のあたりを叩かれた。だからなんだよ。んな不満そうな顔で俺を見上げやがって。
まあいいや、保護者が現れたんならもうガキのお守りは御役御免だろ。最後のわがままだと思えばわけのわかんねー不機嫌なんてどうってことねえやな。ふふん、ガキよ、大いに不機嫌になるがいい。
「それじゃ、俺は帰らせてもらうぜ」
俺はガキからついと目をそらすとそう言って、歩き出そうとした。の、だが。
またしても、つん、と後ろへ引っ張られる感覚に足止めされてしまうことになるのだった。見てみればまたガキが服の裾を引っ張っている。しかし俺を見上げるその目はさっきの弱弱しいものではなくて、本来の気の強さを前面に押し出した強いまなざし。
「帰さないわよ」
その強いまなざしでわがまま娘はそんなことを言う。
「わたくし、あなたの言う”いいもん”をまだいただいていないんだもの、ちゃんと案内してくれなくっちゃ」
それからそう言って、花が咲いたように笑うのだった。
いやただの焼き芋だぜ、とか、俺は一応けが人だぞ、とか、言いたいことはいくつかあった。つーかお前さっきまでの落ち込みようはどこ行ったんだよ。すっかり元気になって、無邪気に笑いやがって。
しかしまあ言いたいことはあったのだけど、その花の咲いたような笑顔は俺にそれらをすべて飲み込ませて、ガキを連れて歩き出させるには充分すぎるそれだった。
歩き出す前に、いいのか、と確認するように同じ顔をしたやつらをちらりと見てみると、何も言わずに俺たちの後方へと下がっていった。後ろからついてくるってことか。つまりは、いいから黙ってガキを連れて行けと。
「ほら、はやく案内してちょうだい」
ガキがそう言って俺の背中をぐいぐいと押してくる。一応、痛めている腕を掴まないようにするとかそういう気遣いはできるらしい。まったく、楽しそうに笑ってんなよ。甘やかされたわがまま娘はどうしようもねえな。
しかし、まあ、その笑った顔につられて笑っちまう俺が一番、どうしようもねえや。
この時の俺は、ガキが持っていた瓶のふたに見えた王家の紋章のようなもののことなどすっかり忘れていたし、これからガキにつきまとわれることになるなんざ少しも思っていなかったのだが、それは、まあたぶん、また別の機会に。
こらガキ、ちゃんと歩くから、背中を押すのはやめろ。




