ランスリッド・カーマイン
ランスリッド・カーマインは幸福な男の子だった。
それは、彼がその名にカーマインの姓を生まれ持ったこともそうであったし、たっぷりの愛情を注がれて育てられたこともそうだった。
カーマイン家は代々優秀な騎士を排出してきた家であり、ランスリッドもその才能を充分に受け継いでいた。ものごころがつく前から剣をおもちゃとして与えられた彼は、成長して剣の修業を始めるとたちまち頭角をあらわした。それはカーマインの家で長く剣術の指南をしてきた師範が、10年に一度の逸材だと褒めたたえるほどで、ランスリッドは誰からも称賛を受けた。
ランスリッドが受け継いだのは剣の才能だけではなかった。家名をあらわすカーマインの瞳。小麦畑のような金色に輝く髪。そしてそれを彩るように整った顔立ちと、均衡のとれた体躯は男女問わず人を魅了した。天は二物を与えるのだと、人はランスリッドを見て感嘆のため息をついた。
そしてランスリッドはそのような称賛を浴びながらも、誠実で、明哲な青年に育った。
それは彼の祖父が、彼に言い聞かせた言葉がそうさせたのだった。
「ランスリッド、決して驕らず、周りの人に感謝し、そして愛しなさい」
祖父はこの言葉をランスリッドに言い聞かせる時は必ず、ランスリッドの肩に手を置き、じっとそのカーマインの瞳を見据えた。そうして幼いランスリッドの心には、祖父の言葉が刻み込まれたのだった。
ランスリッドは祖父の言葉通り、決して驕らず、常に周りの人に感謝し、そして愛してきた。
そうしてランスリッドは、より周囲によく愛され、そして誰からも称賛を受けて育ったのだった。ランスリッドを称賛する人は誰もが、ランスリッドにこう声をかける。
「あなたは、とても幸せね」と。
そんな誰もが称賛をするランスリッドに、こんなことを言った人間がいた。
「ランスリッド、あなたは可哀そうな弟ね」
それは姉だった。
ランスリッドの姉は恋をしていた。相手は、姉と幼いころから親しかったディースバッハ家の長男だった。
やがて姉は彼と結婚をした。家を出た姉は、時々カーマインの家へ帰ってきては幸せそうな顔をランスリッドに見せるのだった。そして姉はやはりランスリッドにこんなことを言った。
「ランスリッド、やはりあなたは可哀そうな弟だわ」
ランスリッドは姉の言葉の意味がわからなかった。誰もランスリッドにそんなことを言った人間はいなかったからだ。
「ランスリッド、あなたはだれか一人に夢中になったことがある?その人のことを想って眠れない夜があった?その人の一挙一動に胸がしめつけられる思いをしたことがある?その人と思いを通わせたいと、切に願ったことがあるかしら」
姉に言われたことは、どれもランスリッドが経験したことのないことだった。ただ目を丸くして聞いているだけのランスリッドに、姉はやはりこの言葉をかけた。
「可哀そうなランスリッド」
姉の、かつて彼女の家名だったカーマインの瞳が悲しげに揺れて、ランスリッドを捉える。
「あなたは、恋をしたことがないのね」
ランスリッド・カーマインは幸福な男の子だった。
けれど彼は恋をしたことのない男の子だった。




