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打ち合わせが始まる前に、わたしはひとつ伝えておきたいことがあったのを思い出した。
「あの、ひとついいですか?」
「うん、どうぞ」
そう聞くと、アルベルトさんは快く承諾してくれた。わたしが伝えておきたいのは、さっきゴーロさんにも伝えたこと。
「わたしのこと、ぜひ掃除屋と呼んでくださいませんか?掃除代行業者として来ているので、けじめをつける意味でもそう呼ばれたいんです」
アルベルトさんは私の言葉に、少し驚いたような顔をした。それからまたあの穏やかな微笑みを見せてくれる。
「もちろん、我々が掃除を依頼したのはアルの友達だからではなく、掃除屋としてあなたが優れていると判断したからです、対等な立場であるということを示すためにも我々は掃除屋、隊長と呼び合いましょうか」
思ってもいなかったような言葉が返ってきて、思わずぽかんとしてしまう。
「あ、は、はい!よろしくお願いします!」
数秒してようやくアルベルトさんの言ったことが飲み込めたわたしはあわてて返事を返す。なんだか、アルベルトさんに敬語を使われてしまうとむずがゆいというか、慣れなくて恥ずかしい。それとなく伝えるけれどアルベルトさんは、我々は対等ですからとにっこり微笑むのだった。そ、そうか、慣れるしかないのか。
そしてようやく、打ち合わせが始まる。
テーブルの上にはいくつかの紙筒があり、これらは本部の建物ならびに敷地内の建物の見取図だとアルベルトさんは言う。これらの建物の掃除をわたしに依頼したいのだそう。
その見取図を広げるにあたり、アルベルトさんが険しい顔をした。
「こちらの見取図は仕事のためにお貸しする、ということになるのですが、機密扱いの関係上これで知り得た情報はどうか口外無用でお願いしたい」
アルベルトさんの言うことは当然だし、わたしを疑ってのことではないというのはわかる。わかるけれど、やはり初めて見るアルベルトさんの険しい顔は、その、怖かった。
わたしが怯えたことに気が付いたのか、アルベルトさんは敬語を使うことも忘れてわたしを安心させようといろいろと言葉をかけてくれた。
「ご、ごめんごめん、見取図は大事なものだからつい、もちろん少しも疑っていないから、ね?」
必死に言葉をかけてくれるアルベルトさんに、わたしはただうなずくことしか出来なかった。わかってます、わかってるんです他意はないってこと。でもやはり隊長たる人の迫力は、すごかったんです。
胸に手を当てて何度か深呼吸すると落ち着いてきた。
「もちろん、ここで知り得たことの口外は絶対にしません」
そしてアルベルトさんにきちんとそう告げると、安心したように微笑んでくれた。
まずアルベルトさんが広げて見せてくれたのは、騎士団本部敷地内の地図だった。ただその地図は、なんというかその、こう言ってはなんなのだけど、小学生の図工のような。端的に言えば、下手くそだった。
「僕の手書きだから少し見にくいかもしれませんが、ご容赦を」
「た、隊長の手書き、ですか」
端的に言ってしまえば下手くそなこの地図はなんとアルベルトさんのお手製だという。あまりの衝撃に、そんなことないですよなんてお世辞のひとつも言えなかった。それどころか、少しどころじゃないですよとつい口をついて出てしまいそうになったけれどそれはなんとか飲み込んだ。アルベルトさんの変わらない穏やかな微笑みを前にそんなことはけして言えない。言っては、いけない。
自分の笑顔がひきつっているのを感じながらもなんとか地図に集中しようと頑張る。
「まずこれが今我々のいる本部建物です」
そう言ってアルベルトさんが指したのは地図上でもっとも大きな、建物と思われる絵。
「そしてこちらが宿直棟」
次に本部建物から北東の方角へつつと指を滑らせ指したのは、それより少し小さく細長いような建物と思われる絵。
「その下にあるのが倉庫ですが、これはひとまず置いておきましょう」
それから、と言ってアルベルトさんの指は本部建物の北西に移る。そしてそこにもあった縦長の、やはり建物と思われる絵を指して言うのだ。
「これが宿舎です」
やっぱり、建物なんだ…。アルベルトさんはやはり変わらない穏やかな微笑みで言葉をついだ。
「団員の一部がここで生活しています、それからお話ししておいた通り掃除屋さんに客間を一室用意してありますのでどうぞお使いください」
それからアルベルトさんは、荷物はすでに部屋へ届けてあると説明してくれた。
「この3つの建物の掃除を今回お願いしたいんです、よろしいでしょうか?」
「はい、わかりました」
依頼内容はわかった、では実際に建物を見てスケジュールをたてたいと思っているとアルベルトさんの方から話を切り出してくれる。
「それじゃあそれぞれの建物を案内させましょう、入れ」
アルベルトさんが扉に向かって呼びかけると、はっという返事が聞こえてから扉が開かれる。
開かれた扉から現れたのは、紺色を基調とした騎士団の制服に身を包んだ、見目麗しい青年だった。
青年が一礼するとその小麦畑のように輝く金色の髪が揺れた。
「ランスリッド・カーマインです、どうぞランスと呼んでください」
青年は凛とした表情でそう言った。それからわたしの顔を見ると、目を見開いたような気がした。どうしたのだろう、もしかして掃除屋がこんな、自分で言うのもなんだけど、いたいけな少女だとは思っていなかったのだろうか。
言葉が継げないでいるらしい青年に代わってアルベルトさんが口を開く。
「ランスには掃除屋さんの補佐を務めてもらおうと思っているんです」
「え、補佐、ですか?」
アルベルトさんの言葉に驚いて聞き返してしまう。目の端にランスさんが見えて、はっと我にかえっている様子がうかがえた。ランスさんの方へ顔を向けると、凛とした表情でこちらを見ている。
「ええ、荷物持ちなど任せてもらって構いません」
そうは言われても、なんだか申し訳ない気持ちになるなあ。でも、と食い下がろうとするわたしにアルベルトさんは畳み掛ける。
「もちろん疑ってはいませんが、一応監視としての意味合いもあるので申し訳ないと思う必要はありませんよ」
アルベルトさんが人の心を読むのが上手いのか、わたしがとてもわかりやすいのか。そう言われてしまってわたしは言葉をなくした。
「あの、では、よろしくお願いします」
結果わたしはソファから立ち上がり、青年に向かって一礼を伴いそう言うしかなかったのである。青年が、こちらこそよろしくお願いしますと言うのが聞こえた。顔を上げてから改めて見る青年は、やはり見目麗しかった。




