19
わたしがこの町に来てや月めになった。
「そろそろ寒くなってきたね、あったかい紅茶がおいしい」
「そうだねえ、あったかい紅茶がほっとする季節になるね」
寒さ近づくころ、わたしはアルちゃんのおうちで紅茶をたしなんでいた。
アルちゃんはセラさんとあのドームに住んでいるわけではなく、丘を少し降りたところに部屋を借りているのだそう。だからわたしも気兼ねなく遊びに来ることができた。何度も遊びに来るうちにアルちゃんとわたしは同じ年だということが発覚。もっとはやく発覚してもよさそうなものだったけれど、なんにしろそれ以来わたしたちはアルちゃん、アカネちゃんと呼び合う仲なのだ。
アルちゃんが作った汚れを感知するセンサーは結局不採用となった。ただしそれは作品第一号の話であって、採用を目指してアルちゃんは現在第二号を鋭意制作中らしい。すごいなあ。
アルちゃんのおうちにある魔法製品はほとんどがアルちゃんの手作りらしい。修行中の身だから作品も未熟で、とアルちゃんは謙遜しているけどわたしにとってみたらすごいの一言に尽きる。そしてアルちゃんの作品はどれもかわいい。たとえばトーストをコックさんの帽子に見立てたポップアップトースターとか、目玉の飛び出るハト時計とか。
”デデッポウ デデッポウ”
噂をすればハト時計が鳴いた。
「あ、もうこんな時間、わたしお豆腐買いに行かなくちゃ」
「ありゃほんとだ、じゃあ今日のお茶会はこれでお開きだね」
名残惜しいけれどまたすぐ会えるのでわたしは紅茶を飲み干すとアルちゃんに別れを告げた。
アルちゃんの家を出たらすぐに豆腐を買いに行けるよう、ボウルをしこんだかごは持ってきた。つまり準備万端なのだ、ふふん。自分の用意周到さに少し浮かれながらわたしは港へ向かって長い道のりを歩いていく。少し浮かれたのを後悔することも知らずに。
港についてもまだ少し浮かれたままだったわたしは、背後から忍び寄る不審な影に気が付かなかった。
「じょーうーちゃん」
「ぎゃー!?」
いきなり背後からひしと抱きしめられた。思い切り肩を跳ね上げてすぐにその腕を振り払う。お豆腐を買う前でよかった、思い切りかごを振り上げてしまったから。犯人はすぐにわかった。
「なななな何するんですか!」
「ありゃ、ずいぶん嫌われちゃったなあー」
わたしの目の前にはニマニマと笑うカイルさん。ごめんねと言う姿にはまるで誠意がみられない。
「わ、わたし!お豆腐買いに行くところで忙しいんです!失礼します!」
女は度胸だ、とそんなカイルさんを切り捨てる様にわたしは強引に別れのあいさつを告げその場を立ち去る。立ち去った、のだけれど。
「ああ、待って待って」
カイルさんは少しだけ焦ったような声を出して追いかけてきた。
「ね、歩きながらでいいから聞いてくれる?」
わたしは答えなかった。どう答えたらいいか迷ったからだったけれど、カイルさんはそれを肯定ととったらしい。
「この間の口説き方は卑怯だった、ごめん、駐在さんを悪く言うのはもうやめるよ」
カイルさんの口から出たのは謝罪の言葉だった。それも、さっきみたいな軽い謝罪ではなく、なんとなく本気が感じられる謝罪。
「俺も本気であいつのことばかにしてるわけじゃなくてさ、マーリンは恩人だけど友人でもあるからつい、ああ、言い訳しか出てこないけど、俺はマーリンのこと友人として大切に思ってるんだってことだけはわかってほしい」
誠意は感じられる、誠意は感じられるのだけれど、いきなり背後から抱きつくというあいさつをされたことが少しひっかかるせいで素直に謝罪を受け取ることが出来ない。すぐに許せば許したで調子に乗りそうだし。
考えている間にお豆腐屋さんに到着したので、お豆腐を一丁と油揚げを三枚頼んだ。お豆腐屋さんはカイルさんと知り合いらしくて、わたしの後ろにいるカイルさんに声をかけた。ごめんなさいお豆腐屋さん、わたし今カイルさんに怒ってるのでぷいとそっぽを向いて立ち去ってしまいますね。慌ててカイルさんが、待ってと追いかけてくるのが聞こえる。
わたしは思い出していた。駐在さんがカイルさんのことを話してくれたあの日のことを。
わたしは足を止めた。それから振り返る。カイルさんが驚いたような目をしている。
「駐在さんはカイルさんのこと、バカだとか、軽薄だとか、女にだらしがないとか言ってました」
「え、えー…」
カイルさんの表情に落胆が浮かぶ。
「でも、カイルさんは仲間の事とか、ほかの海賊の事もよく気にかけてやる良い奴だってそうも言うんです」
「え」
こんどは驚いた顔。
「駐在さん、あいつは悪い奴じゃないって楽しそうに教えてくれるんです」
それはほんとうに、親しい友人のことを話しているようで。
「だからわたし、カイルさんに怒るのもうやめます」
「え、じゃあ、許してくれるの?」
「えっと、まあ、そういうことです」
だからわたしは、駐在さんのお友達に怒ることをやめる。
カイルさんは表情を明るくしてくれた。見たことないような嬉しそうな顔でカイルさんは笑う。
「ありがとう、嬢ちゃん」
「い、いえ、ほんとはもう怒ってなかったんですけど、さっきいきなり後ろから抱きつかれたからわたしも意地はっちゃいました」
「あー導入で失敗したか、ごめんね」
カイルさんはまた誠意のない謝罪をする。
「ほう、そりゃ興味深い話だな」
「う、げっ」
そんなカイルさんの背後から忍び寄った影が、カイルさんの後ろ襟をつかんだ。
「誰が誰の背後からって?」
「や、やだなマーリン、ほんのあいさつじゃん顔怖いよ」
カイルさんの言うとおりカイルさんをしめあげる駐在さんの顔は怖い。駐在さんはその怖い顔をわたしの方へ向けた。
「アカネ、先に帰ってくれるか、俺はこいつと少し話をしてから帰る」
「た、助けて嬢ちゃ」
「はい、わかりました」
「嬢ちゃん!」
だけどわたしは駐在さんが怖くない。




