ハッピーハロウィン!
「石野くん! 石野くんも一緒に写真に入ってちょうだいよ!」
「えっ?」
俺に声をかけたのは、後ろのテーブルの西田さんだった。いつも俺に優しく接してくれるおばあちゃんだ。西田さんは、同席しているお友達に自分のスマホを託した。
「あ、はい! どんなポーズがよろしいでしょうか?」
「ドラキュラっぽく、ガオーってしてるのがいいんじゃないかしら?」
「が、ガオー……ですか?」
(それ、ドラキュラじゃなくて、狼男のポーズなのでは……?)
そう思いながらも、俺は左手でマントの端をふわっと広げ、右手は爪を立てるような形にして、八重歯を見せるように口を開けてみた。
西田さんは、俺の隣で「キャッ!」と両手で頬を覆って、かわいらしく驚くポーズを作ってくれた。
パシャリ。
画面で確認すると、お互いにどこかわざとらしい、なんとも言えない絶妙なツーショットだった。
「いいじゃない〜! すごくかわいく撮れてるわ!」
西田さんは大満足のご様子だ。俺は「あはは……」と苦笑いするしかなかった。
ところが、それをきっかけに、「石野君、私も〜!」「石野君、こっちも撮って!」と、別のお客様から次々と声がかかって、俺は裏方のアシスタントどころか、ファンサの渦に巻き込まれてしまった。
*
目まぐるしく過ぎた、あっという間の2時間。
お帰りになるお客様お一人お一人に、「我々からの愛の印」として、真っ赤なバラを1本ずつお渡ししてお見送りした。
接客には、それなりに慣れているつもりだった。それでも、この熱量のイベントは、2時間が限界だ。パタン、とドアを閉めた瞬間、俺は吸い寄せられるように近くの椅子に崩れ落ちて、テーブルに突っ伏した。バイト中にこんなふうになるなんて、今まで一度もなかったことだ。
「あはは、お疲れ! 石野君、ファンサすごく頑張ってたねぇ」
ミーキンさんは、息ひとつ乱さず、まったく疲れを見せていない。女性の扱いに慣れているからだろうか。それとも、もともとのノリが近いからなのか。それに比べて俺は、余計な力が入って、頑張りすぎたのかもしれない。
ふと気配がして顔を上げると、リッジウェイさんが、俺の斜め向かいの席に腰を下ろすところだった。白い額に、うっすらと汗が光っている。
「石野君、お疲れ様。日本のハロウィンって、すごく楽しいけど……体力を使うんだね」
「あ……俺が言い出した企画なのに、言い出した本人が一番ヘトヘトで、すみません……」
「ううん、そんなことないよ。お客様たちが本当に嬉しそうにしてくれて、企画してよかったと思ってる。皆さん、いつもよりずっとはしゃいでくださってたね」
「うん、間違いなく楽しい思い出になったと思うよ! ……そうだ、このまま三人で街に繰り出さない? 俺たちのハロウィンってことでさ!」
ミーキンさんの明るい呼びかけに、疲れきっていた体の奥に、小さな灯りがぽっとともった。
三人で、このドラキュラの格好のまま、夜の街へ繰り出す。そんなの、想像しただけで楽しすぎる。
「行きます……!」
「よし、決まり! ほらリッジウェイ、立って立って!」
「ふふ、二人とも若いなぁ……」
「何言ってるんですか! リッジウェイさんだって、俺とそんなに年変わらないじゃないですか!」
俺がツッコミを入れると、リッジウェイさんは、困ったように、でも嬉しそうに目元を緩めた。
*
ネオンが輝く夜の繁華街。
街のあちこちに、オレンジ色のかぼちゃのライトや、お化けのオブジェが飾られていて、ちらほら仮装を楽しんでいる若い人たちとすれ違う。
ひんやりした秋の夜風をマントに受けながら歩いていると、二人と一緒に、このままどこか遠い幻想の世界へ行けてしまいそうな、そんな気がした。
「――くしゅん!」
思わず小さなくしゃみが出ると、隣を歩いていた二人が、同時に振り返った。
「寒い?」
「い、いえ! 全然大丈夫です!」
強がる俺を見て、リッジウェイさんは優しく目を細めると、自分が羽織っていた漆黒のマントの端を広げて、ふわっと俺の肩ごと包み込んでくれた。
「風邪をひいたらいけないからね。このまま行こう」
(――きゃああああっ!)
声にならない悲鳴が、頭の中で炸裂して、寒さなんて、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
「お、いいじゃん。あったかそう」
振り返ったミーキンさんが、にやにやしている。
重たいベルベットと、リッジウェイさんの体温でほんのり温かい布の内側。冷えていた腕や首筋が、じわじわとほどけていく。すぐ隣に肩があって、歩くたびに、布越しに腕が触れた。どうか、心臓の音が、マント越しに聞こえてしまいませんように。




